第30話 魔法の特訓
「『
二階にある一室で、レーガが杖を振る。前より降り方が良くなったお陰で、魔法がちゃんと発動し、バスケットボールが部屋から消える。
サモンは立ち上がり、レーガと一緒に隣の部屋に向かった。
隣にある暗い部屋にはガラスのショーケースがあった。中が空っぽなのを見て、サモンはため息をつく。
「下手くそ」
「うぐ……」
レーガはサモンの一言を受け止め、胸を押える。
一週間かけて、ようやくレーガは『
けれど、隠したい所に隠す技巧はまだ
「きちんとイメージしたかい?」
「しました。ガラスのショーケース」
「違う。『隣の部屋の』『ガラスのショーケース』『の中』だ。ガラスのショーケースだけをイメージしても意味が無い。何度も言わせるんじゃないよ」
「すみません……」
一体、学園のどこのショーケースに飛ばされたのか。サモンは学園長に見つかった時のことを想像して、頭を抱えた。
次はグラウンドの草むしりか? いや、学園長の罰則ルーティン的には、多分食堂の窓拭きだろう。よりによって、面倒くさい罰則の時にやらかしてくれる。
レーガはしょぼくれ、「やっぱり才能ないんですかね」なんて笑う。その顔には、諦めと疲れが見える。
サモンは呆れるより先に、レーガに「間抜け」と言い放った。
「問おう。妖精はいると思うかい?」
「え?」
「答えなさい。妖精はいる?」
「え。い、います……よ?」
「じゃあ、妖精の魔法はあると思うかい?」
「はい。だって、サモン先生使ってるじゃないですか」
「自分は魔法が使えると思うかい?」
サモンの質問に、レーガが口ごもる。
それは、と言って、きゅっと口を結んでしまった。
サモンは更に畳み掛ける。
「アンタは魔法が使えるんだろう? 魔法が使えないと思うのなら、どうして今ここにいる。人間嫌いの私を引っ張り出して、付き合わせて、どうして出来ないことをしようとする? 杖が折れた時、直してくれと頼んだのはアンタだ。魔法使いになるのは諦めたのか? 諦めてないんだろう? そうでなければ、ベルリオンに新しく杖を作って貰うことはなかった」
サモンの追い討ちに、レーガは声を震わせて「使えます」と吐き出す。
「僕は、魔法が使えます。将来の夢だって、諦めてません! 才能が無くても、使えるようになってみせます!」
「そうか。はい、じゃあもう一回」
「へぁ!?」
レーガの意思を、サモンはサラッと受け流す。
レーガは今しがた固めたばかりの決意を打ち砕かれて、その場にへたり込んだ。
サモンは「あのねぇ」と眉間にシワを寄せてレーガを見下ろす。
「妖精の魔法は生活に役立ち、戦闘を妨害する魔法だけれど、とても根本的な部分を、きちんと知る者にしか使えないんだよ」
「こ、根本的な部分?」
「『妖精はいる』、『妖精の魔法はある』なのに、アンタはどうして『魔法が使えない』と思い込む?」
妖精の魔法はあるのに、魔法は使えない。
自分に適性があるのに、自分にそれに見合う魔力はない。
そんなの、サモンにとってはやらない者の
レーガはしばらく考えて、「あっ」と気がつく。
やはり、妖精学皆勤賞は伊達ではない。サモンは「そうだよ」と、レーガに発言を促す。
「……使えると
サモンは「その通り」と指を鳴らした。
妖精には存在を信じて貰えないと、消えてしまうほど儚い種族がいる。妖精の魔法は、あらゆる妖精と同じだけの魔法が使える、強い力がある反面、それを『余すことなく使える』と信じないと、力が発揮出来ない特性もある。
それは、趣味程度に妖精学を
「妖精の魔法は信じる者にしか扱えない。アンタは自分の実力も、妖精の魔法も信じてない。まずは、信じることから始めなさい。私が金魚掬いを教えた後、アンタはポイポイと取ってみせた。知らないことを知った直後からの成長速度は、他の誰よりも速いんだからさ」
サモンがそう言うと、レーガは「はい!」と元気な返事をした。
レーガは部屋に戻り、新しいボールを出して、魔法の練習に集中する。
サモンは部屋を出て、肩を回しながらアトリエを出る。
レーガはすっかり忘れているのだろうが、サモンは忘れていない。
「さてと、『
杖を振るい、妖精の手を借りて探し物を見つけに行く。
サモンはうんと背伸びをして、ついでに欠伸もする。
「ふぁ……あ。どこに行ったかな。バスケットボール」
どこかのショーケースに転送されたバスケットボールを探しに、サモンは学園の方へと向かった。
***
──早く見つけて、学園長の叱責から逃れないと。
二日に一回は怒られているサモンでも、学園長の罰則は嫌だし、怒られると怖い。
草むしりも廊下の掃除も、窓拭きも備品磨きも、柵の補修も買い出しももうごめんだ。……けれど、やめる気もさらさら無い。
サモンには、学園の全てを掃除した自負がある。全部魔法で片付けてきたが、そろそろ魔法を禁止されるかもしれないと思うと、流石に焦る。
それなのに、レーガが隠したバスケットボールはどこにも見つからない。
妖精たちがあらゆるショーケースを探してくれたのに、どこにもそれらしいものが無かった。
「そうかい。ありがとう。あとは私が一人で探そう」
妖精達を森に帰し、サモンは学園のショーケースのある場所を思い出す。
体育館前の廊下の、運動部の実績が飾られたケースには無かった。
家庭科室前の、展示ケースにも無かった。
錬金術の教室にある薬品保管庫もハズレ。魔法薬学準備室の新しいケースもハズレ。
「残るは──……」
学園長室の前にある、ショーケース。
学園創立から今の今まで得てきた名誉ある盾やら、メダルやらが飾られたケース。
サモンは「無いことを祈る」と呟いて廊下の角を曲がった。
学園長室の前に、クロエが立っていた。
サモンはクロエの姿に肩を揺らす。クロエは「くふ」と笑い声を漏らした。
「うふふ。そない驚かんでもええやんなぁ。うふふふ」
「う、うるさいな。学園長に用でもあったのかい?」
「何とな〜く、校内を散歩しててん。そしたらなぁ? たまたまここを通りかかってぇ、大きな音がしたさかい。見に来てみたら、こんなもんがショーケースに入ってたんやわぁ」
そう言って、クロエはバスケットボールをサモンの前に出す。
「ショーケースに飾るんには、大きすぎるやんなぁ」
サモンはため息をつく。
「後片付けは私がするから、それをこちらにお寄越しなさい」
サモンが手を出すと、クロエはボールを後ろに隠す。
耳をピコピコと動かし、尻尾を揺らすクロエに、サモンは何となく次に来る言葉を察した。
「……イタズラは感心しないなぁ。クロエ先生」
「別にイタズラするつもりはあらしまへんえ? サモン先生、後片付けしたるさかい、ウチのお願い、聞いてくれはります?」
サモンは「やっぱりな」とボヤいた。
クロエは杖を振るって、ショーケースの中を整え、魔法の痕跡を消す。
ボールをサモンに返して、サモンが断れない状況を作った。
「助かるわぁ。流石サモン先生やわぁ」
「有無を言わさない姿勢は褒めるよ。私の扱いをよぉく知ってるようだね」
「せやろぉ?」
「今のは皮肉のつもりなんだけど」
「ウチには到底敵わんよ」
「そうだね。そうだった。……で? お願いって何?」
サモンが尋ねると、クロエは目を細めて笑った。
まるでタチの悪いイタズラを仕掛けるかのように。
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