第29話 おかしな門番
日が昇るのと同時に、塔に風が舞い込む。
それは、サモンの掛け布団を吹き飛ばし、「起きろぉ!」と揺さぶり起こす。
サモンがベッドから転げ落ちると、風は慌ただしく窓から出ていった。
サモンはまだ眠りから覚めない頭で時計を見やる。朝の三時を過ぎたばかりの時計に、サモンはため息をこぼした。
サモンは床に寝そべったまま、ベッドから布団を引っ張り落とし、身体にかける。頭にコツン、と落ちた巻き手紙を、唸りながら広げる。
「ん〜〜〜……ったく、どうしてせっかちなんだ」
サモンはぼうっと、手紙に目を通す。
サモンはけれど、そこにあるのは鍵と錠前の絵。そしてふんわりと香る甘い何か。
サモンは最初、意味が分からなかった。だが、鍵と甘い香りを象徴する人物を知っていた。手紙の意味を知ると、サモンはまた唸る。
「苦手なのだよね……あの二人」
そう呟いてサモンは眠る。
ベッドよりも固くて冷たい地面は、普通に寝るよりもよく眠れた。
***
──さすがに背中は痛いか。
サモンはうんと背伸びをする。その度に背中がビシビシと悲鳴を上げて、サモンを苦しめる。
午前中の授業はない。
しかし、授業の準備や教材の発注、会議の資料作りなど、それなりに仕事はある。そういえば、そろそろレーガに狙った所に「ハイド・アンド・シーク」を使えるように教えないと。杖の振り方を教えるだけで、魔法の技術が上がらなければ、なんの意味もない。
「……いやいや、レーガが勝手に来てるだけだ。別に私が進んで教えるわけでは」
レーガの練習についつい意識が逸れてしまう。それよりも、用事を済ませてしまわないと。
今朝の巻き手紙を持って、サモンは地下室に向かう。
遠い昔、この学校が創立されたばかりの頃。地下室を錬金術の授業用に造ったのはいいが、教室までの道順が複雑で、生徒や教師が迷う事案が発生。ある時、地下から出られなくなって死んだ生徒が出て、この地下は閉ざされた。
今は、学園の門番の秘密基地兼、住居兼、この学園の警備室となっている。
サモンは食堂で貰った昨日の固くなったパンをちぎり、道に落としながら地下室を目指す。
これが、門番達に会うための『ルール』なのだ。
そして、自分の身を見るための『命綱』だ。
サモンはパンをちぎりながら、右へ左へと進んでいく。
ようやくたどり着いた先で、金属のドアをノックする。
手を痛めながら、三回のノックと、咳払いを一回。そして二回ノックをする。
「
ドアの向こうからそう聞こえると、サモンはため息をつく。頭をポリポリと掻き、「また変なことを」とボヤいた。
「鏡に映った自分は他人。それなら私は
そう答えれば、くすくすと笑い声がして、カチンとドアの鍵が開く。サモンがドアを押し開けると、その向こうには、壁一面のモニターと警備システムの制御装置、そしてテーブルいっぱいのお菓子と紅茶が、サモンを待っていた。
「ボクたちの言伝、受け取ったようね」
「アタシたちずっと待ってたんだぜ?」
見た目と言動が一致しない。
つり目のオッドアイが、紅茶を
赤と緑の目を持つ
「お友達は元気? あら、お兄さんだったかしら?」
「どちらでもあるが、どちらでも無い。アズマをメッセンジャーにするのはやめてくれ。夜明けと共に叩き起されるのは辛い」
「うふ。サモンの寝起きはセクシーだと聞いてから、ついついクセになっちゃって」
黄色と水色の目を持つ
「なぁ、廊下で何考えてたんだ? いつもならさっさとここに来るお前が、珍しく悩んでたじゃねぇか。呼び出し頼んでここに来るまで、アタシの計算から十三秒も遅れてる」
「仕事の準備の事だよ。常に計算通りに来ることは無いよ」
男と女は顔を見合せた。
「変ね。クラーウィス」
「変だな。シュリュッセル」
シュリュッセルと呼ばれた男は、サモンにずいと顔を近づける。
クラーウィスと呼ばれた女は、シュリュッセルとは反対側から顔を近づけた。
「嫌だわ。サモンじゃないみたい」
「なぁ、サモン。この指何本に見える?」
「どうしましょ。保健室の先生、今日から出張よ?」
「どうしよう。知り合いに医者はいねぇぞ」
サモンを置いて、二人は勝手に話し続ける。サモンはため息をついて、食器棚からティーカップを拝借すると、ポットのお茶を注いでお菓子を食べる。
「双子の門番。そろそろ『お茶会』を始めよう」
サモンが声を掛けると、双子は目を見開いて口を止める。
そしてにやり、と裂けんばかりに口角を上げた。
「何から聞きたい?」
「何だって教えられるぜ」
サモンは「妖精の売買」と、単刀直入に聞いた。
シュリュッセルは赤い封蝋を押した手紙をサモンに見せた。
「
跡地……ということは、きっと何も残っていないのだろう。
妖精の生き残りはいるのか、いないのか。それすら定かではない。
「火鼠の皮衣は?」
クラーウィスがティーカップの下から手紙を出す。
それをサモンに押し付けた。
「火鼠の皮を模倣して、似たような毛皮が売り出されている。火鼠と同じだけの効果があるところを見ると、恐らく血に浸けてんだろうよ」
火鼠の血に衣を浸し、三日三晩血が乾かないように足しながら様子を見ると、普通の毛皮でも火鼠の皮衣と同じだけの防火性が生まれる。
それはつまり、火鼠の殺害と乱獲を示唆している。
「王都で裏業者が横行している原因は? 出入り関連はどこから? 詳細のリストと輸出入業者が知りたい。今のままじゃ情報が足りなすぎる。森が襲われたなら、妖精そのものの売買もあるはず。その状況と、ルートは──」
シュリュッセルはサモンの口に指を添えた。
困った顔で「ごめんなさいね」と呟く。
「ボクたちもまだ、アズマちゃんのように情報を集めてるところなのよ」
「特に王都は、王子が死んでから情報が入りにくくなってんだ。ウチと王都を行き来する業者でもいない限り、情報のやり取りは難しいぜ」
サモンは唇を噛み、「そうかい」と呟いた。
クラーウィスは「でもよ」とマーブルクッキーをかじった。
「ちょっとなら入っては来るんだぜ。オーサマとオキサキが、王子を探してんだとよ」
「は、いもしない子供を探してるって? 馬鹿馬鹿しい」
サモンは席を立つと、「そろそろ行くよ」と手紙を受け取り、代わりにポケットのチョコレートを置いた。
「また何か情報が入ったら私に教えておくれ。出来ればアズマを使わずに」
「え〜? 寝起きのサモンのセクシーなお顔の話聞きたァい」
「次やったら、君たちのそのお菓子没収してしまうよ。地下は学園長の目が届かないからって、好き勝手するんじゃない」
「それ言ったら、サモンの塔だってそうだろうよ」
「私は良いんだよ。そういう契約だからね」
サモンは警備室を出て、パンくずを辿って地上に戻る。
妖精族に直接害が及んでいるのなら、早めに対策を練った方がいい。
情報を集めるばかりでは、今の状態では遅すぎる。
「……一度だけなら」
そう思ってしまう。
サモンは眉間のシワを伸ばして、授業の準備をしに、塔に戻った。
***
サモンがいなくなった警備室で、クラーウィスとシュリュッセルはお菓子を貪る。
「サモンは相変わらずだったわね」
「何もおかしなトコねーな」
「でもどうしましょ。ボク伝え忘れちゃったわ」
「気にすんなよ、シュリュッセル。どうせ伝えた方が面倒だ」
双子は同じタイミングで紅茶を飲んだ。
受け皿に置く音が重なって、オッドアイ同士で見つめ合う。
「妖精族と『
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