第27話 失せ物と亡き者 3

 サモンは「間抜け!」と怒鳴った。

 マリアレッタの相談から戻って来たら、とっくに十匹は取れていそうな金魚が、まさか一匹しか取れていないとは思っていなかったのだ。


「アンタはぶきっちょか!!」

「こ、これでも頑張ったんですぅ!」

「どこがだ! 移動時間込みで一時間も潰してきたのに、何で一匹だけなんだ!」


 サモンが怒鳴っても、レーガの腕が上達するわけでは無い。どうしたら袖がぐっしょり濡れるのか、足元が水浸しになっているのか、皆目見当もつかない。

 レーガは木のスプーンを握りしめて、バツが悪そうに俯いた。



「ごめんなさい。金魚掬いは初めてで、上手く出来ないんです」



 ──そもそも、金魚掬いをしたことが無かったのか。


 それなら取れるものも取れないだろう。

 サモンは「やり方を間違えた」とぼやき、レーガの隣にしゃがむ。

 スプーンを持つと、「隣にお座りなさい」とレーガをしゃがませた。


「まず、スプーンを水に対して平行に持つ。金魚は自由に泳いでいるから、こちら側に来るまで時間がかかる。こちら側に来る動きをよく見るんだ」


 赤い金魚が、すい、とサモンの前に来る。サモンはスプーンをほんの少し傾けた。


「金魚が来たら、ちょっとだけスプーンを傾ける。皿の縁にいったグリンピースを取るように、金魚を……ほいっ!」


 サモンはサッと金魚をすくい上げ、直ぐに水に戻す。

 レーガは「おぉ〜」と小さく拍手をした。


「今の動きを真似まねてごらん。その器に金魚が五匹入ったら、次の練習に進むよ」

「はい!」


 レーガはやる気を出して、スプーンを握り直す。

 サモンはその間、キャビネットの上に盗難品のリストを広げて、無くなった物を確認する。

 髪留め、ピアス、ネックレスに指輪。化粧品類や、ワンピース……それに靴も。

 盗まれた物を一品ずつ見たら、ただの金目的だ。けれど、何一つとして同じような物が盗まれていない。

 まるで──


「オシャレに必要な一式だ」


 サモンが呟くと、レーガが「どうしたんですか?」と聞いてくる。ふと見やると、レーガはいつの間にか三匹の金魚を器に入れていた。


「何でもないよ。あと二匹頑張りな」

「そういえば、ロゼッタから聞いたんですけど。最近女子寮で盗難事件が起きてるんですって。先生それ調べてるんですか?」

「調べてない。学園長に進言する用の資料作りしてるだけだ」

「女子寮大変ですよね。ただでさえ幽霊がいるっていうのに」

「……幽霊?」


 サモンが繰り返すと、レーガは「知らないんですか?」とキョトンとする。


「結構有名ですよ。『踊れないマーサ』の話」

「『踊れないマーサ』?」


 レーガは四匹目の金魚を掬い、幽霊の話をした。



 今から六十年前、マーサという魔法使いの女の子がいた。

 マーサはとても綺麗な女の子で、男の子からの人気も高かった。

 マーサは学園で一番カッコイイ男の子とプロムを踊る約束をした。けれど、それを良く思わなかった女の子達が、マーサに嫌がらせをした。


 ドレスを破き、靴を隠し、化粧品やアクセサリーを捨ててしまった。

 挙句の果てに、『マーサがプロムに出られないようにしてやろう』と画策した。けれど、彼女たちは腕に火傷をつくってやるつもりだったのに、魔法に失敗し、マーサの全身を焼いてしまった。

 悲鳴を上げて、倒れて尚も火に包まれたマーサに怖くなり、少女たちは逃げ出した。

 マーサはそのまま亡くなり、それがプロムの前日だったという。



「当然、プロムは中止。その女の子たちは退学になったらしいです。マーサはそれを知らなくて、幽霊になってからその女の子たちに復讐しようと、女子寮を彷徨さまよってるそうですよ。怖いですよね」



 マーサの話に、サモンはもう一度リストを見る。

 盗まれた物は、女の子のおめかし一人分だ。もしかしたら更に増えるかもしれない。


「でもプロムは三月にあるだろう。今は六月。季節が違う」

「あ〜、昔は夏に卒業式があったらしいんですけど、式典とか何か色々あって、学期が変わったらしいです」


 サモンは一人で納得すると、リストをしまう。

 レーガは「五匹目!」とサモンの課題を達成した。


「先生! 五匹取れました!」

「よし。それが出来るようになれば、杖の振り方もマシになる。今日はここまでにして、早くお帰りなさい。そろそろ夕ご飯の時間だろう?」

「え、うわっ! もうこんな時間! 先生また明日お願いします!」


 レーガはバタバタと、アトリエを飛び出して寮へと帰る。

 サモンは金魚をボールに戻し、水をゴブレットに注いでプールを畳む。

 空っぽになったアトリエに、サモンは魔法でトルソーを引き寄せた。


「……さて、相応しい服を用意しないと。こういう時こそ、妖精魔法が役に立つ」


 サモンは杖を振り上げる。星のようにキラキラと輝く光が、杖先から零れ、外へと筋道を作る。



「私の愛しき友よ、手を貸しておくれ」



 サモンがそう呼びかけると、光の筋を辿って、窓やドアから妖精達が現れた。サモンがトルソーを示すと、妖精達は二階やキャビネットからリボンや針を取り出して、サモンの手伝いをする。


 サモンが糸をトルソーに巻き付けて布を織り、妖精が針をチクチクと動かして、飾りと布を縫い合わせる。裾に施す刺繍の細やかさや、丁寧さは小さな妖精であるからこその美しさが滲み出る。

 妖精達がレースとフリルの見本をサモンに見せてくるが、サモンは困った顔で笑った。


「私には分からないから、君たちに任せるよ。さぁ、素敵な服を作っておくれ。それに合わせて靴も用意しないと。あぁ、アクセサリーも忘れずに」


 沢山の妖精が、サモンと一緒にアトリエで服やら何やらを作っていく。サモンは杖を振りながら、鼻歌を歌う。

 群青色の空に月が昇り始めていた。

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