第26話 失せ物と亡き者 2
ブラウン系のモダンな男子寮と比べ、女子寮はダークブラウン系のクラシックな内装だ。
シャンデリアの形も、談話室のインテリアも、配置は同じでも家具が違うと雰囲気がガラリと変わる。女の子はこういったインテリアが好きなのだろうか? サモンに他人の趣味なんて微塵も理解出来ないが。
サモンは談話室のソファーに座らされ、マリアレッタが淹れた紅茶をいただく。マリアレッタはサモンにクッキーを勧めながら、相談の内容に手をつけた。
「私が寮監を務めておきながら不甲斐ない話ですけれど、女子寮で盗難が起きてるんですの」
「ああ、さっきも言ってたねぇ……」
「最初は、一年の生徒の髪留めでしたわ。赤い薔薇のあしらった、綺麗なバレッタです。それが、部屋の化粧台の引き出しに入れていたのに、忽然と消えていたと」
「へぇ」
「次に、二年の生徒のマニキュア、三年の生徒のネックレス。ある生徒は、流行りのワンピースを盗まれたとか」
「女の子は流行りものが好きだねぇ……」
「そりゃあ、新しいものは皆ワクワクして、心が躍るものでしょう?」
マリアレッタはくい、と上品に紅茶を飲む。
サモンは「男が女子寮にいる」という状況と、帰ってきた女子生徒の「サモン先生いるんだけど」「え、男の先生何でいるの?」などのヒソヒソ話が聞こえて、少し気恥しい。
相談どころではなく、早く退散したくて仕方がなかった。
「あら、ミスタ・ストレンジ。顔が赤くてよ?」
「色々と恥ずかしいんだよ。私だって男なのだからね」
「お気になさらず。年頃の女の子なんて、あんなものですわ。異性にときめき、自分への愛を育む大事な期間ですもの」
「その大事な期間を過ごしている女子の住処に、私を放り込むとはね。アンタもなかなか鬼畜なことをする」
「安心出来る異性がいるのは良いことですわ。ミスタ・ストレンジ、ミスタは『男は全て狼』だと生徒に教え、危機感を与えたいのでしょう? そして、自らも戒め、生徒に無駄な警戒をさせないようにしている。けれど、それでは助けを求める時に、一体誰を頼ればよろしくて? 男は危険な存在であると同時に、女性にとってはとても頼りになる存在なのでしてよ?」
マリアレッタの言い分は最もだ。
確かに、人間嫌いで無関心なサモンが、女性……ましてや力も弱く、身体も未熟な少女たちに劣情を向けることは無い。
サモンのような人間もいるということ、全ての人が敵ではないと教えるためにも、多少の慣れは必要だろう。
サモンは紅茶のカップをテーブルに置いた。
「だがね、マリアレッタ。安心出来る住処を、知らない男に荒らされる恐怖は与えるべきじゃない。知っている相手であろうと、そうでなかろうと、男が女のプライベート空間を、土足で踏み入る事は許されないのでは?」
「……それもそうですわね」
マリアレッタは、空のカップをテーブルに置いた。
「いかに親しい間柄でも、踏み入るべきではない領域はありますわ。似たもの同士なら、きっと察してその線を踏み越えることはないでしょう。けれど、私たちはきちんと、話し合わねば分かりません」
「そうだとも。……盗難なら、もう一度学園長と話し合った方がいい。きちんと調べてもらって、警備の強化と犯人の特定をなさい。私はそろそろお
「サモン先生、どうして女子寮にいらっしゃるんですか?」
ソファーの背もたれから、ロゼッタの声がした。
サモンは食べかけのクッキーを膝に落とす。ロゼッタは『女子寮に男がいる』という状況に、警戒しているようだった。
(そういえば、ロゼッタは一度男に襲われていたな。……マズイかも?)
安心出来る環境に異質な存在がいる。このまま記憶が戻っても面倒だ。サモンはロゼッタの様子を
マリアレッタは「ミズ・セレナティエ」と人差し指を立てる。
「ミスタには女子寮の問題に、相談に乗っていただいていたのですよ。盗難の件です」
「ノーマ先生、私は学園長に相談しては? と」
「相談したら、ミスタ・ストレンジにと返事がありまして。談話室でお話していただけですわ。私の名にかけて、生徒の部屋に入れることは絶対にしません」
それでもロゼッタの警戒は解けない。サモンは「逆に聞くがね」と、ロゼッタに尋ねた。
「私は人間が嫌いだ。なんでわざわざ女子寮に来て、アンタらの部屋に入らなくちゃいけない? 人間に興味がないのに、女の子に興味があると思うかい?」
「………………それもそうですね」
五秒ほどの黙考の末、ロゼッタは納得した。
何だか腑に落ちないが、サモンは「女子寮で無くなったものは?」と尋ねた。マリアレッタも「生徒の方がよく知ってますわね」と同意する。
ロゼッタは、紙に無くなったものを書いていく。
「えーと、赤い薔薇のバレッタ、グリーンリーフのピアス、トパーズのネックレス……」
紙にまとめたものを、サモンに渡す。
サモンはそれにざっと目を通し、折りたたんでポケットに入れた。
「ロゼッタは記憶力が良い方だろう。変なことは起きなかったのかい?」
「変なこと? 最近は、冷えやすくなったくらい。あと、夜中に誰かが廊下を歩いている気がします」
「窃盗犯か?」
「いえ、足音はしないんです。けど、ほら。誰かがいる気がするというか、気配は分かるじゃないですか」
「……ふ〜ん」
気配はする。けれど足音はない。
やたらと忍び足が上手いか、魔法の悪用か。
「でも、先生が調べてくれるなんて思いませんでした」
「相談に乗ってるだけだよ。情報を集めて、学園長に進言するだけさ」
「そうですか」
ロゼッタは「宿題があるので」と階段を上っていく。自分から絡みに来たのに、何故サモンが呼び止めたような物言いをするのか。サモンはプクッと、頬を膨らませた。
「……ミズ・セレナティエですが、記憶には何の問題もありませんわ。きちんと、上書きされてありました」
「そうかい。それなら良かった」
「ただ、座敷童子の花守りだけでは弱かったでしょう。私からも、贈り物をしましたわ」
「わざわざ『埋めた地面に敷石』を? 何を盛った?」
「うふふ、紅茶を飲んだだけですわ」
──その紅茶に、何か入っていたのだろう。
サモンは深追いせずに「そうかい」とだけ返事をする。
「さて、レーガの様子を見に行こう。もう十匹は取れただろう」
「そうでしたわね。お時間ちょうだいしてすみません」
「気にしなくて結構だよ。この話は学園長に伝えておくから、また何か無くなったら学園長に」
「分かりましたわ。どうかお気をつけて」
サモンは寮を後にし、くぁ、と欠伸をする。
橙色に染まる空は、薄い桃色を帯びていた。
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