第25話 失せ物と亡き者
サモンは懐中時計を眺める。夕方四時半を回った長針に、サモンはため息を吹きかけた。
レーガは息を切らして尚も、杖を振るう。約束もしていないのに、毎日夕方三時きっかりに、レーガはアトリエに通う。サモンを塔から引きずり出して、魔法の練習に付き合わせていた。
レーガは真剣だ。本気で魔法に取り組んでいる。
サモンはそんなレーガの背中に声をかけた。
「レーガ」
「まだ出来ます」
「レーガ、ちょっと」
「大丈夫です。もうちょっと出できます」
「……いい加減になさい」
「止めないでください。僕はまだやれます」
話を聞かないレーガの頭に、サモンは本を叩きつける。レーガは頭を押さえて床にうずくまった。サモンは少し大きな声でレーガを叱る。
「杖の振り方が間違ってるんだよ! 何回言えば分かるのかな。私は、金魚を掬うように振れって言ってるんだよ。包丁を振り回すような、杖の使い方をするんじゃない!」
「いったぁ〜〜〜……」
三日かけても、レーガは『
それどころか、妖精魔法の基礎はおろか、他属性魔法も使えない。
レーガは『本当に魔法の素質があるのだろうか?』と思うほど、魔法が使えなかった。
「……何で、入学出来たんだろうねぇ」
「ペーパーテストと、ちょっとした奇跡で……」
レーガは照れたように笑うが、今の実力を見ると笑い事ではない。
このままでは本当に退学の危機だ。
サモンはレーガの手から杖をもぎ取ると、木製スプーンを握らせる。
「え? サモン先生?」
「さて、どこに片付けたかな。『
サモンが杖を振ると、二階からガタゴトと音がして、吹き抜けからビニールプールが飛んできた。
「えっ!?」
ビニールプールはひとりでに広がり、サモンはゴブレットを揺らしてプールへと傾ける。
ゴブレットから溢れる水がプールを満たすと、サモンはカラフルなボールをプールに入れた。
「えーと、変身魔法……。マリアレッタ先生の分野なんだよねぇ」
サモンは呪文を思い出そうとする。すると、後ろから誰かが呪文を唱えた。
「『
すると、プールに浮かんだボールは小刻みに震え、金魚へと変化する。
レーガは「わぁ!」と感動し、サモンは面倒事の気配を察して
「まずは、そのスプーンで金魚を
「はい!」
レーガは元気よく返事をするも、水にスプーンを入れた瞬間から、金魚はレーガから逃げ出す。これでは掬うことも出来ない。
レーガは唸りながら、プールと睨み合っていた。
サモンはレーガの傍を離れ、戸口に立つ女に「協力どうも」と不満を零す。
赤い長髪を三つ編みにして、生け花を飾り替わりに使っている。キラキラと輝く石をアクセサリーにしているが、服装はきっちりと着こなす生真面目そうな魔法使い。
錬金術担当──マリアレッタ・ノーマは「どういたしまして」と、サモンの嫌味を受け流した。
「ミスタ・ストレンジは、人間がお嫌いだとお伺いしていましたが、噂は宛にならないようですわ」
「いいや。それは事実だ。私は巻き込まれただけだよ。で、何だい? マリアレッタ先生がここに来ることなんて滅多にない」
「お話があるから来ましてよ」
「話? 昨日ハブられた会議の資料を届けに? 学園長に黙って体育館裏で実験して、爆発させた後処理がバレたとか?」
「その件全て初耳なので、ミズ・ウィズホープにお話させていただきますわ」
「やめてくれ。『次やったら妖精の鱗粉を取り上げる』って言われてるんだ」
マリアレッタは「仲間はずれはミスタ・アガレットでしょうけど」と、ため息をつく。
「あの方はいつまでミスタ・ストレンジに熱を捧げるのやら。毎日欠かさず、飽きもせずに」
「その表現は人間は使わないかな。『目の敵にする』と言ってくれ。まるで熱烈なアプローチを受けてるようだ」
「あら、私が聞いた話では、『人間は好きな子には意地悪をする』と」
「それは五歳〜八歳の子供がすることだよ」
マリアレッタは土の妖精ノームのクウォーターで、人間のことには少し
そして、クロエ同様に『学園で怒らせてはいけない人物』でもある。だが、ノームの特性なのか、怒ったところなんてサモンは一度も見たことがない。
「そうそう、ミスタ・ストレンジにお話が。女子寮の件ですの」
「…………女子寮の話を、男の私にするのかい。クロエ先生に相談してはどうだろう? それか学園長に」
「最初は、お二人に相談しましてよ? けれど『そういうのはサモン先生が得意なのでは?』と口を揃えて
(押しつけられた──!!)
サモンは頭を抱える。
「……私の担当は妖精学であって、女子寮のチェックをすることでも、相談に乗ることでもないんだよ」
「でも、同じ教師として力になっていただけません?」
「お断りしよう。私はレーガの練習に付き合わされてる身なのでね」
「最近、女子寮で盗難が起きてましてね?」
「聞いてたかな? 私は忙しいんだってば」
「『嫌よ嫌よも好きのうち』って言うのでしょう?」
「そういう言葉はあるれど、別に構って欲しくて言ったわけじゃない。本当に嫌だから言ったんだよ」
あと、人の意思を問わない強引なやり方は、世間に通用しない。
マリアレッタにちゃんとした知識を与え、サモンは「OK?」と確認をとる。マリアレッタは「分かりましたわ」と返事をした。
「でも、相談にだけは乗ってくださらない? ミスタ・ストレンジは親切ですから、信頼出来ますわ」
それはマリアレッタが妖精のクウォーターだからであって、人間だったらきっとさっさと追い返していただけなのだ。
サモンはマリアレッタの困った顔に、「相談だけなら」と了承する。
マリアレッタは「良かった!」と、ひまわりのような可愛らしい笑顔を見せた。
「じゃあ早速女子寮へ!」
「マリアレッタ先生、話聞いてたかい!?」
マリアレッタに腕を引かれ、サモンはズルズルと女子寮へ引きずられていく。
妖精の手を無理やり離すことも出来ず、サモンは「あ〜〜〜」と情けない声を出しながら、女子寮へと連れ去られた。
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