第16話 助けてストレンジ先生

 結局、サモンの土日は忙しく終わってしまった。

 レーガとロゼッタに畑の拡張をさせて罰は終了。だが、それが学園長にバレて説教を受ける。ついでの事件報告で、火に油を注ぐ始末となってしまった。


 日曜日は、罰則の学園中の廊下を掃除して、拡張した畑にちゃっかり種を植えて、一日が過ぎた。


 サモンが得られた休暇は、日曜日の午後の昼寝くらいだ。もう少し、丁重に扱ってくれてもいいと思う。




(本当に、酷いお方だ)


 生徒を大切にする割に、事件の概要がいようと注意喚起の手紙を配るだけ。具体的な取り決めも、警戒する様子もない。

 サモンはその手紙で紙飛行機を作り、空に放り投げた。





「まぁでも、あと三日で休みだもんね!」


 水曜日の昼休み。今日は塔にレーガは来ない。

 錬金術のレポートが終わっていないとかで、ロゼッタに教えて貰いながら書くらしい。──二時限目の終わりに言われたのは謎だが。


 塔の中で、サモンはお茶とサンドイッチを用意して、壁にぎっしり詰まった本の中から、適当に三冊ほど出して、狭いテーブルに置いた。


 昼休みが終わるまで三十分以上もある。

 食事を済ませて、読書をして……そういえば、今日は午後の授業は無かったな。



 ということは、もう今日はオフなのでは?



 そう思ったら気分は浮かれ、自然とニコニコ笑ってしまう。


「ふふ、これは最高だね。ゆっくり休ませてもらうとしよう!」


 サモンがサンドイッチにかぶりつこうとした途端、塔のドアを誰かがノックする。せっかくの休み気分を台無しにされ、サモンは頬を膨らませる。


(まぁ、私が塔にいることは誰にも伝えてないし。居留守してしまえば)


 ──なんて考えていたのに。

 ドアは勝手に開かれる。




「失礼致します!」

「君は返事を待つことも出来ないのかい」




 急に入ってきたロベルトに、サモンはサンドイッチを落とすように置いた。

 ロベルトはサモンの前まで来ると、深くお辞儀をする。


「無礼とは存じております。……その、ストレンジ先生なら、ご存知じゃないかと」

「何をだい? 内容によっちゃ、学園の外に吹き飛ばすからね」


 ロベルトは唇をキュッと閉じる。

 サモンはサンドイッチを食べながら、テーブルの本を開いた。




「め、『メデューサの涙』……です」




 サンドイッチから、トマトが床に落ちた。


 ***


 つい十分前のことらしい。グラウンドで、戦闘魔法の練習をしていた生徒が、杖の暴走を起こし、グラウンドに大規模な石化魔法をかけてしまったという。


 草木はもちろん、遊んでいた生徒たちや、近くにいた教師にまで魔法をかけてしまったというのだから、今大騒ぎになっているらしい。


 サモンは昼ご飯を中断し、ロベルトの話をつまらなさそうに聞く。


「校内にいた教師、生徒は無事なんですが、その石化魔法が厄介で」

「魔法なら、かけた本人に解かせなさい。わざわざ私を訪ねる必要はない」

「いいえ。それが、術者本人も、石化してしまって……」

「……手も足も出ない、と」


 だが、そうだとしても、ロベルトがサモンを訪ねる必要は無い。

 学校には教師が沢山いる。なんなら、学園長だって。

 それなのにどうしてロベルトはサモンを訪ねたのか。それは、魔法の効果が強すぎたらしいのだ。


「学園長が、石化魔法とは体の筋肉に作用し、硬直状態にして維持する魔法だと仰ってました。けれど、俺が見たのは、本当に石になったグラウンドでした。──まるで、一つの石像作品のような」

「学園長が直せるんじゃない? そのくらいなら」

「学園長が、ストレンジ先生をお呼びしろと。『メデューサの涙』を、学校では使わないような貴重薬材を持っているのは、あなたぐらいだと」


 ──なるほど。


(私のコレクションを、寄越せとおっしゃるのか)


 サモンは納得すると、塔の階段を登っていく。

 ロベルトは、サモンの後ろを追いかけた。


「『メデューサの涙』は確かに持っている。だが、渡すことは出来ないな」

「学園の問題も、興味無いと?」

「当たり前だろう? そもそも私の担当は妖精学であって、学園の問題事のお助け係でもなければ、妖精たちの贈り物を喜んで差し出す善人でもない」

「でも、石化を解くにはどうしても必要だと!」

「何故、私がグラウンド全体に塗布するだけの薬材を、持っていると思ってるんだい?」


 塔のてっぺんにある、サモンが生活する部屋。

 古びた棚には、妖精から貰った貴重な薬材が、詰め込めるだけ詰め込まれていて、綺麗とは程遠い。


 他の家具だって、実験器具が並んだテーブルと、棒切れと板を打ち付けただけのようなベッドの二つしかない。本当にここに住んでいるのかと疑うくらい、生活感のない部屋だ。


 サモンは棚の瓶を避けながら、マニキュアの容器のような小さな瓶を出した。中には透明な液体が入っている。


「これが、『メデューサの涙』だよ」

「──こんな、少ない物とは」

「だから渡せない。かけた生徒に塗ったとして、またその杖が暴走したら? 今度はどこまで範囲は広がるだろうね」


 サモンの言葉に、ロベルトは背筋が冷える。

 もしも、杖の先が学園に向いたら? 魔法が解けても、杖の暴走が収まっていなかったら。

 サモンは棚に『メデューサの涙』を戻す。ロベルトは「どうすれば」と呟いた。……サモンには、理解出来ない。



「私にとっては、関係の無い、名前も知らない人間のために動ける方が、不思議だがね。アンタはまるで、私が頭のおかしい人のように見るが、いちいちその程度の事に、感情を割ける方がおかしくてならないよ」



 サモンは、ロベルトを押しのけて階段を下りる。

 起きる事象の全てを、サモンが何とか出来るわけではない。サモンが進んで人の役に立つことは、この先も無いだろう。

 ──そう思っていたのに。



「ロベルト、困ってる」



 窓の縁に、ホブゴブリンが立っていた。

 サモンはギョッとして、ついロベルトを見上げるが、ロベルトは後ろを向いていて、気がついていないようだった。


「なんで君がここに」

「ロベルト、困ってる。悲しい」


 ホブゴブリンは、サモンに訴えかける。

 キラキラと輝く石を、サモンに渡した。サモンはビー玉よりひと回り大きなそれをじっと見つめて、またギョッとした。


「これはっ、『妖精の瞳』じゃないか! 回復薬も、惚れ薬も、毒薬も、これ一つ入れるだけで強力な薬になる、まさしく万能の薬材。しかも、こんなに大きい。これ程のサイズは、滅多にないだろうね。砕いて入れるも良し、このまま保存しても良し。……おい、まさか。ふざけてるんじゃないだろうね」


『これをあげるから、ロベルトのお願いを聞け』と言うのか。

 妖精の恩返しは、一回限りのはずなのに。まさか、ロベルトを気に入った?


 ホブゴブリンは、純粋で曇りの無い瞳をサモンに向ける。

 人間の事は大嫌いだが、妖精に頼まれては断れない。サモンの弱点を的確に突いた攻撃に、サモンは「分かったよ」と渋々了承した。


 ホブゴブリンはサモンの指と握手をすると、窓の外に飛び出した。



 サモンは手のひらに転がる『妖精の瞳』を握り、階段を上がった。



 棚に戻した『メデューサの涙』を持ち、『妖精の瞳』を木槌で砕き、小さな欠片を持ってロベルトを引っ張る。


「ストレンジ先生!?」

「全く。世話の焼ける。こんなこと、二度としないからね」

「どこに行くんですか!」

「決まってるだろう。グラウンドだよ」


 それを聞いて、ロベルトは表情が明るくなった。

 サモンは不満を顔に出したまま、ロベルトを連れて塔を出た。

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