第15話 街に行こう 5

 ガタガタと揺れる馬車は、街を抜け、郊外を東へと走っていく。

 不安と緊張、恐怖の中で、ロゼッタとレーガは神妙な面持ちで、自分たちの行先を考えていた。

 馬車の操縦をする男と、二人と同じ荷台に乗って見張りをする男の計二人。


 二人して『高く売れる』と話をしていたからには、二人はどこかに卸す商品なのだろう。

 けれど、大人の汚い事情など知らない二人には、自分たちの何に価値があるかも分からない。


 何とか逃げ出す術を考えるが、どちらも手を縛られているし、仮に手が自由になったところで、杖を持っているのはロゼッタだけ。このくつわを取って、呪文を唱える最短十秒を、レーガが男を抑えていられるとも思えない。


 ロゼッタとレーガが顔を見合せ、(どうする?)と目で話している間に、見張りの男は暇になったらしい。



「おい、女の方していいか?」



 男が操縦する相棒に話しかけた。

 相棒は「一回だけだぞ」と返事をする。


 ──味見? かじられるってこと?


 ロゼッタが疑問に思っていると、突然首筋を男に舐められた。


 ゾワゾワと気持ちの悪い感触に、嫌悪と怒りが脳天を突き抜ける。ロゼッタが男を距離を取ると、男は舌打ちをしてロゼッタを押し倒した。


「ちっ、大人しくしてろよ。痛かねぇって。お前が処女じゃなけりゃな」


 ロゼッタの服が乱暴に破かれ、白い肌が露わになる。

 その柔らかな肌に、男の唇が吸い付いた。

 ロゼッタは力の限り叫び、抵抗するが、口を塞がれた状態で、足を開いた姿で出来る事なんてたかが知れてる。

 彼女が頑張って足掻いた所で、太ももをいやらしく撫でる男の手は止まらない。


 レーガも、友人の恥ずかしい姿を見る居た堪れなさを堪え、男を蹴り、体当たりするが、片手で投げ飛ばされてしまう。


「邪魔すんな! クソガキ!」


 男の手はスカートの中へと伸び、ロゼッタの下着に触れる。

 ロゼッタはもう泣きそうになりながら、喉が痛むほど叫んでいた。




「大人なら良いかい?」




 柔らかく、怒りを含んだ、冷たい声。

 男が振り返ると、馬車の荷台にはサモンが腕を組んで立っていた。


 男がサモンに飛びかかると、サモンは男の急所を躊躇ためらいなく蹴りあげて、さらに馬車から落とすのに、尻を蹴ってやった。


「女に許可なく手を出すと、魔物に噛みちぎられて死ぬんだよ。……どこを、とは言わないがね。妖精の悪戯ハイド・アンド・シーク


 サモンは杖を振り、二人のくつわと縄だけを何処かに隠す。

 着ていたローブをロゼッタに掛けると、サモンは操縦する男に杖を向けた。


「聞きたいことは山ほどあるが、私は忙しいからおいとましよう」

「魔法で街に戻ろうってか? 無理だぜ。お前が魔法使いだろうと、ここから街にまで帰れるはずがねぇ!」


 男の言う通り、街は豆粒のように小さくなっている。

 この距離から学園に帰るには、普通の魔法使いでは魔力が足りないだろう。けれど、サモンにそれは関係ない。


「私の仕事は、生徒に勉強を教えることであって、生徒を引率することでも、生徒を救助することでもない。距離なんてどうだって良いんだ。私なら帰れるからね」


 サモンは杖を筒に戻すと、指を鳴らして男に近づいていく。

 男はこれからされることに青ざめて、サモンはこれからすることに笑みを浮かべる。




「私ね、意外と得意なんだよ。────暴力」




 ***


 地面に突き刺さり、ピンと伸びた男の足にレーガは絶句する。それを背中に、サモンは馬車を操縦する。

 馬に魔法を掛けて、学園まで馬車を引かせつつ、通りがけに、地面に突き刺した男の相棒を見つけ、サモンは杖を振るう。


赤い靴で踊ってエバーラスティング・ダンス


 男の体は勝手に踊り出し、そのまま郊外の方へと行ってしまった。

 レーガはサモンに質問しようとしたが、サモンは「シーッ」と静かな一言で制する。


 ロゼッタはサモンのローブを離さないように握り、己の中の感情と戦っていた。

 羞恥と、男性への恐怖。無防備な格好である不安と緊張。ロゼッタは無意識に唇を噛んでいた。

 レーガはそれに気づくと、ロゼッタに手を伸ばす。



「あのっ、ロゼッ「ロゼッタ、私の方に二歩分お寄りなさい」



 レーガは驚いて手を引いた。ロゼッタは肩を揺らし、恐る恐るサモンの方に近づいた。

 サモンはロゼッタから距離を取りつつ、杖を彼女に向ける。


「そのローブ、私のお気に入りだったんだがねぇ。杖の先が少し触れるが、怯える必要は無いよ。私は君の裸体に興味ない」


 デリカシーの無い一言を添えて、サモンは杖を振り上げた。


「木の葉のささらぎ 大樹の慈悲の陰

 恵み深き精霊よ 人を守る羽衣となれ

 愚かなる人の祈りを捧げよう」


 杖の先が、ロゼッタの両肩に優しく触れる。

 サモンは杖を、リボンを巻くように回した。ローブが黄緑の光を放つ。

 ロゼッタも、レーガも、サモンの魔法に魅了される。



「木の精霊──『花乙女の正装』」



 サモンのローブから花が咲き乱れ、ロゼッタを包み込む。風が吹き、花弁を散らすと黄色いマーガレット模様が綺麗なワンピースに変わる。

 ロゼッタは「わぁ」と感嘆をもらし、レーガはいつも間にか拍手をしていた。


 サモンはゴブレットを揺らし、水を満たすと、杖で縁を三回叩く。

 それに座敷わらしからもらった小袋の花を浮かべ、ロゼッタに渡した。ロゼッタは花の香りを嗅いで、安心した表情になる。


「それを一口飲んでごらん」


 サモンの言う通りに、ロゼッタは一口飲んだ。サモンはゴブレットをロゼッタから取り上げた。




「すぐに寝るから」




 その途端、ロゼッタは意識を失い、レーガはロゼッタを受け止める。

 揺さぶっても起きないロゼッタに、レーガも焦り出した。


「ロゼッタ、ロゼッタ! せんせ、サモン先生! ロゼッタが! ……何を飲ませたんですか!」

「ただの忘却の薬だよ」

「忘却!?」

「さっきの事だけ、忘れるようにね」


 しれっと生徒に薬を盛ったサモンに、レーガは唖然あぜんとする。

 けれど、サモンは平気な顔をして、ゴブレットの花を嗅いだ。


「座敷わらしは良い店を守る。見た者には、幸運が訪れるとも言われている。彼女から、彼女の魔力の籠った花をもらった。お陰でここに来るまで幸運ラッキーが続いたよ」


 混雑していた道がひらけたり、馬車の行った先が地面に残った車輪の跡で判明したり、二人をさらった男たちが馬鹿だった。

 サモンは満足気に、ゴブレットの水を地面に捨てる。


「座敷わらしは遊ぶのが大好きだ。その妖精の魔力が溶けた水は、悲しい記憶を消して、楽しい記憶に塗り替える。きっと、男に襲われた部分だけ限りなく薄く消されて、私がぶん殴っている辺りしか覚えていないよ」


 サモンはレーガを見下ろし、「だから言ったじゃないか」と冷たく言った。

 レーガは最初にサモンと交わした約束を思い出し、肩を丸めて落ち込んだ。


「ごめんなさい。ただの、ケンカだと思って」

「妖精や魔族が営む店は、今みたいに悪い輩に狙われやすい。けれど、私たちが放っておいたって、構わないんだ」

「どうしてですか?」

「大体、座敷わらしが居るからさ」


 座敷わらしに限らず、似たような妖精が魔族の店や家を守っている。

 お互い魔族であるからか、魔族の店は怠けるような事が無いからか。それは今だ解明されていない。

 家や店、その主人につく妖精は守りの力が強い為、人が無闇に手を出す必要は無いのだ。


 サモンに説明され、レーガは納得する。そして、自分の浅はかな行動を反省した。


「全く、私の担当は妖精学であって、生徒の引率をすることでも、連れ去られた生徒を助けることでも、アフターケアをすることでも無いんだよ。次同じことがあっても、私は絶対に助けないからね」


 サモンはぶつくさと文句を言った。レーガは「はい」と、しょぼくれた返事をする。


「……じゃあ、どうして今回は助けてくれたんですか」


 レーガの問いに、サモンはにやりと笑う。



「言いつけを破った二人に、お仕置をしてやるためさ。学園に帰ったら覚えてなさい」



 レーガは、学園に着くまでの時間が伸びればいいと願う。けれど、馬は非情にもスピードを上げて、学園まで走っていった。

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