第14話 街に行こう 4
サモンが地下室に向かった一方で、椅子に座らされたレーガは、何をされるのか気になってソワソワと落ち着かない。
ベルリオンはそれをくすりと笑って、「痛いことはしない」と、彼の前に数種類の球体を出した。
「ただの魔力適性検査だ。これに触れてもらって、適した魔力を見て、それに合った杖を作るのが、ワシの仕事だからね」
「は、はい」
「じゃあまずは……っと。炎適性からだね」
そう言って、ベルリオンは赤い球体をレーガに渡す。
レーガが魔力を込めると、赤い球体は薄らと光り出した。
ベルリオンは髭を撫でて「ふむ」と唸る。
「あんまり強くないな。じゃあ水適性を」
次に水色の球体をレーガに渡すが、それもあまり光らない。
ベルリオンは次々に球体を渡していくが、土、風、植物、雷……そのほとんどが、あまり良い結果では無かった。
「ふむ。じゃあ、最後に妖精魔法を」
ベルリオンが渡した、桃色の球体。まるでサモンの瞳のように淡い色のそれは、今まで試したどの球体よりも、明るく輝いた。
ベルリオンは「ほほう」と浮き足立つと、レーガから球体を受け取る。
「君は妖精魔法に
「──もう一回、試しても良いですか?」
レーガの言葉に、ロゼッタもベルリオンも目を丸くする。レーガの表情はとても暗かった。
「何言ってるのよ。あなた、妖精魔法は好きだったでしょう」
「違う。違うんだ。妖精魔法の適性があるのは嬉しいよ」
レーガの魔法は、周りに比べてとても弱かった。
戦闘魔法は当然のこと。比較的簡単とされる妖精魔法すら、まともに使えた試しが無い。
レーガはそのことに関して、とても繊細だった。
「魔力の注ぎ方を変えて……いや、いっそ注ぐ量を」
「どんなに魔力を注ぎ込んでも、魔法の適性は変わらない」
「妖精魔法すら使えないのに、適性だけあったって!」
レーガは思わず声を荒らげる。けれど、すぐに冷静になってベルリオンに謝った。
「ご、ごめんなさいっ! 僕……魔法使いなのに、魔法使えなくて……それが、ちょっとだけ……」
コンプレックスで、と
「妖精魔法の適性は、実を言うと滅多にない事なんだ。皆、大体火とか水とか、言っちゃ悪いが、無難なものに落ち着く。妖精の適性は、優しくて、思いやりがあって、自信に満ち溢れている人にある」
ベルリオンは地下の方をチラと見やってから、レーガ達にコソッと言った。
「君らの先生みたいにね」
ロゼッタは半信半疑だが、レーガはへぇ、と納得する。
ベルリオンは木の杖を数本、レーガの前に差し出して、「好きな木を選んで」と言う。
「……コンプレックスは、いくらでも変えられる。嫌いなものが、大人になって好きになったりするように。魔法だって、練習次第だ」
「変わりますか? 僕みたいな、弱い魔法使いでも」
「人は誰だって、好きな自分になれる。安心するといい。君らには、素敵な先生がついているから」
ベルリオンの言葉に励まされ、レーガの表情は明るくなる。
レーガは桐の杖を選び、ベルリオンはレーガの手の大きさを測る。杖の長さを大まかに計算し、「急ぎ?」とレーガに尋ねた。
レーガは、布に包んだ折れた杖を見せた。ベルリオンは悲しそうな顔をして、杖を恭しくカウンターに乗せた。
「あぁ、これは酷い。魔法で折れたのか。杖を折ってしまうような、乱暴な使い方をする。……君には、頑丈な杖を作ってあげよう」
「ありがとうございます」
「にしても、よく無事でいられた。折れた杖をそのまま持っていたら、魔力の逆流で体に異常をきたしていた」
「えぇ!?」
ベルリオンの言葉に、レーガはギョッとする。ロゼッタは「一年生の時に習ったわよ」と、レーガに言う。レーガはすっかり忘れていた。
ベルリオンは、包んでいた布をつまみ上げて、髭を撫でた。
「この布は誰が?」
「サモン先生です。レーガが杖を見せた時に、適当に布を掴んで、包んでました」
「──魔封じの布だよ。こんな上等な物、生徒の杖を包むのに貸したのか」
魔力に蓋をし、遮断する便利なものを、サモンはまるでハンカチ感覚で使っていた。ロゼッタは「まさか」と、サモンの行動に否定的な素振りを見せた。
レーガは「僕を守るために?」とこぼす。ベルリオンは「そうだろうな」と、レーガを肯定した。
──誰も、サモンが『使わない物だし、いっか』なんて、軽い気持ちで使ったことを知らずに。
ふと、店の外で馬車の音がした。
この路地には、ベルリオンの店しかない。ベルリオンも不審がっていた。
二人の男の声がして、何やら揉めているようだった。
道が違うだの、この路地を左だっただの、そんな声が聞こえる。
「おやまぁ、迷ったらしいなぁ。この路地は少し、入り組んでいるから、たまに迷う人がいるんだ」
「そうなんですか。でも、迷ったなら大変だよね」
外の声はだんだん荒さを増し、「この野郎!」という掛け声と、馬車に拳がぶつかる音がした。
「ちょっと! 殴り合いしてるんじゃない!?」
「た、大変だ! ダメですよ! ケンカはダメです!」
レーガが店の外に飛び出した。
その直後、男たちの声が変わる。
「そら捕まえた!」
「見ろよ! 若いガキだ! 高く売れるぞ!」
ロゼッタとベルリオンは、顔を真っ青にして店の外に飛び出した。
ちょうど、レーガが布で口を塞がれ、腕を縛られて、馬車に投げ込まれるところだった。ロゼッタは慌てて駆け出した。
「レーガ!」
「んん〜〜!」
ロゼッタは杖を抜こうとしたが、その前に男に顔を殴られ、地面に倒れる。
「女もいるぞ! 上玉だ!」
ロゼッタも一緒に捕まり、馬車に投げ込まれる。ベルリオンは店先の箒を握って、男二人に襲いかかった。
「ワシの客を返せっ!」
だが、ドワーフと言えど老人。自分よりも若い男に
ベルリオンが立ち上がる前に、馬車は路地の向こうへと逃げてしまった。
レーガとロゼッタは、何とか助けを呼ぼうとするが、二人とも口を塞がれて、声を出すことも出来ない。
馬車が路地を曲がる時、サモンの睨みつける目が、ほんの一瞬だけ見えた。
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