第13話 街に行こう 3
地下には、ベルリオンの作業場がある。
杖を加工する機材、ガラスを溶かすための
サモンは地下室の奥にある、小さなテーブルに近づいた。
鍛冶場まであるこの地下室、一体どんな職人に造らせたのか。
──どうせ、仲間のドワーフだろうけれど。
テーブルの上には、サバの缶詰の空き缶があり、その中には真新しい油が入っている。
濁りもなく、透明で綺麗な油に、サモンはテーブルの上に一緒に置かれていたマッチに火をつける。
それを、空き缶につけた。
缶の表面をゆらゆらと火が踊る。
サモンは缶に手をかざして彼を呼んだ。
「話があるんだ。来てくれるね? ──ホムラ」
サモンがそう言うと、火は揺らめき、小さな火柱を立てる。
踊る火の中に、小さな男が立っていた。
赤い短髪に、露出の高い服を着た、茶色のアイシャドウが良く似合う男だ。
『よぉ、サモン。久しぶりだな』
「ホムラ、君に聞きたいことがあるんだ」
『おっと、久々にあった兄弟と、世間話もしないのか! 兄ちゃん悲しいぞ!』
「……君、今まで私に『兄ちゃんと呼べ』なんて言ったことないよね」
『無いな!』
ホムラはニカッと笑う。サモンは反対に、呆れていた。
「今日はゆっくり話せない。手短に聞くよ。王都の方で何か見てないかい?」
『何で俺が王都の事を知ってるんだよ』
「先々週、王都では『
ナヴィガトリア学園の遥か東に王都がある。
あらゆる国からの貿易品、特産品が集い、人々の憧れと羨望を意のままにする。流行の最先端にして、この国の頂点。
その王都で先々週、祭りがあった。
王都全体を松明と提灯で飾り、燈籠を川に流す。夜のクライマックスには広場で大きな火柱をあげる。
人々の繁栄を願い、厄を祓う盛大な
ホムラは口をへの字にし、『そういえばそうだな』と、星燈祭に行ったことを認めた。
『何でそんな事を』
「学園に、ウンディエゴが現れた」
サモンがそう言うと、ホムラは目を丸くする。
『馬鹿な』と言われたところで、事実は変わらない。
『あれは氷の妖精だ。雪山にいる奴が、なんでこんな遠足の休憩場みたいな所にいるんだよ』
「私もそれを知りたい。ありえないんだよ。ウンディエゴが迷うような距離じゃないから」
ホムラは腕を組み、何か悩んでいる様だった。サモンもつられて同じポーズを取る。
『悪いが、俺はあまり情報通じゃない。聞くならアズマだろ』
「本当は、アズマの所に行くつもりだったんだよ。生徒に予定をかき回されなけりゃ」
『人間?』
「……不本意だけど」
ホムラは、ニヤリとイタズラっ子のような笑みを浮かべた。
質問責めをされそうな雰囲気を、サモンはいち早く察知すると「何も変わってないよ」と先手を打つ。
「生徒が私を好いたところで、私が嫌いであれば、進展もクソも無いからね。君たちが思うような変化は無いよ」
『全てが見た通りとは限らねぇよ。……なぁ、サモン。もう一度だけ』
「チャンスタイムはもう終わり。これ、アズマに渡しておいてくれないか。君がやってくれても、構わないけどね」
『……気が向いたらな』
ホムラはこれ以上、何も言わないでくれた。
サモンはポケットに押し込んだ巻き手紙を、ホムラに渡す。ホムラはそれを受け取ると、ポタと足元に落として焼いてしまった。
『帰り道気をつけろよ。最近その街の辺りで、
「ん、まだ聞いてない話だね」
『アズマが怪しい二人組を見てる。注意するに越したことはないだろ?』
──怪しい二人組に、人攫い事件。
サモンは顎に手を添え、「そうだね」と相槌を打つ。ホムラは足踏みをし、宙返りして火ごと消えた。
サモンは、まだ少し考え事をする。
(二人組か。もしも学園の近くに妖精を放ったのなら、二人で事足りるかも。人攫いの方かも?)
「まっ、生徒が捕まるような事は無いだろうけど」
──なんて、呟いた直後だ。
店の外からレーガとロゼッタの悲鳴が聞こえた。ベルリオンの慌てた声も聞こえる。
「……あの間抜け共!」
サモンは頬を引っ掻き、苛立ちを吐き出す。
杖を引き抜くと、階段を勢いよく駆け上がった。
店の外で尻もちをつくベルリオンが、「すまない」とサモンに謝った。
サモンは杖を軽く振って、ベルリオンを助け起こす。
「ケンカを止めに行った男の子が、最初に捕まって……助けようとした女の子も。すまない。ワシがついていながら」
「気にする事はないよ。悪いのは、言いつけを破ったあの二人だ」
サモンが追いかけようとすると、店の前にいた座敷わらしが、サモンに花の入った小袋を渡す。サモンは女の子の頭を撫でて「ありがとう」と笑う。
サモンそれを腰に括りつけて、路地を駆けた。
「さて、お仕置きしてやろう!」
今のサモンは、面倒くさい気持ちよりも、怒りが勝っていた。
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