第12話 街に行こう 2

 サモンと生徒が結んだ約束は三つ。


 1.怪しい人とは絶対に目を合わせない。

 2.サモンの傍を離れない。

 3.身の危険を感じたら、どんな手を使ってでも逃げること。


 サモンのその約束は、まるでこれから起きることを知っているかのようだった。

 レーガもロゼッタも、それに同意する。そして後に、その約束が一体何を意味しているのかを知る。


 ***


 快晴の下、賑わう街を駆けるロゼッタ、レーガ、サモンの三人。

 おめかしをして、荷物を抱えて、買ったジュースなんか飲んでみたり。

 なんて爽やかな休日。青春の一ページのような瞬間に、サモンははぁ…とため息をつく。


「先生早く!」

「サモン先生! この角を曲がりますよ!」

「はいはい。全く、振り回してくれるねぇ」


 二人の生徒に急かされて、一緒に買い物なんてガラじゃない。普通の学生、教師が見たら羨む光景だろう。

 ──ロゼッタが怒鳴らなければ。




「サモン先生が怒らせなければ、こんな目に遭ってないんですよ!!」




 どこか他人事のサモンに一喝し、ロゼッタはサモンの腕を引いて、角を左に曲がる。

 後ろからチンピラが三人、怒り心頭で追いかけて来ていた。


「全く、しつこいったらないなぁ。私が何をしたと」

「営業妨害でしょ! レーガ、もっとこっちに寄って! 人にぶつかる!」

「私はただ、レーガに妖精の鱗粉の見分け方を教えていただけじゃないか」

「店先で『これ全部粗悪品じゃないか』『こんなの商品以下だよ』『どこの蛾の鱗粉を入れてるんだ』『店主の目は腐っているに違いない』って言えば、誰だって怒りますよ!」



「全部本当の事じゃないか」

「言い方ってもんがあるでしょう! それでもあなた教師ですか!」



 ロゼッタに怒られるが、サモンは「残念ながら」と、あまりダメージの無い返事を返す。

 ロゼッタの息が切れ始め、走る速さが落ちてくる。

 レーガはまだ平気そうだが、男子の平均よりも体力の削れ方が少し早い。

 サモンは「ふむ」と言うと、腕に隠しつけた杖筒から杖を抜く。


「そろそろ走るのも飽きた。私たちは大事な予定もあるし、おいとましよう」

「さ、サモン先生ぇ!? ダメですよ、校外で魔法の使用は禁止です!」

「校則をきちんと覚えているのは結構。けどねぇ、レーガ。生徒手帳のコメマークまできちんと見なさい」


 サモンは杖を振り上げた。



「『緊急時のみ魔法の使用は許可される』! そりゃ、びっくり箱ピック・ア・ブー!」



 建物の屋根の上から、水が滝のように落ちてくる。

 その光景に、チンピラも周りの人も驚いた。

 ロゼッタとレーガは悲鳴を上げる。サモンは杖を加えて、二人を抱えると露店の樽を踏み、屋根を踏み、窓の柵を軽やかに跳ねて屋根へと避難する。


 サモンは二人を抱えたまま屋根を駆け抜ける。地上からはすぐに「ただの風だ!」「木の葉じゃないか!」と幻覚が溶けたチンピラの声がした。


 サモンは屋根を跳ね、チンピラの声が遠くに聞こえる頃、薄暗い路地の向こうへと飛び降りた。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 風が吹き、サモンの足元を固めて地面に優しく下ろす。

 サモンは二人から手を離す。すっかり腰が抜けた二人は、プルプルと肩を震わせる。


「こ、怖かっ……た」

「もう嫌、こんな先生」

「お褒めいただきありがとう。さぁ、早くアンタ達の買い物を済ませるよ。ほら、さっさとお立ちなさい」

「こ、腰が抜けちゃって」


 レーガが申し訳なさそうに言うと、サモンはため息をついて二人を立たせる。


「全く、あの程度でヒィヒィと」

「サモン先生は慣れてらっしゃるかもしれませんが──」

「はいはい。お小言は学園長だけで十分だから。ロゼッタ、ほら杖の店だよ」


 ロゼッタは、サモンが指を差す方を見る。

 古ぼけて、客なんて1人も来なさそうな小さな店だ。その店先では、小さな女の子が鞠をついて遊んでいる。


「先生、あの店大丈夫なんですか?」

「開店中だよ」

「怪しいんですけど」

「まさか。あの店はぼったくったりしないさ」

「どうしてそんなことが言えるんです?」

「店先の女の子が、座敷わらしだからさ」


 サモンはポケットを漁る。お菓子の小袋を少女に渡すと、少女は跳ねて喜んだ。


「ほら、二人とも」


 ロゼッタの訝しげな目を無視して、サモンは店の中に入っていく。レーガは店先の少女に手を振った。




 カロンカロンと、ベルの音が鳴る。

 店内は質素で、緑のカウンターにのみ、杖が並んでいる。

 木の杖が数本と、カウンター下のショーウィンドウに金属や陶器などの、杖がずらりと並んでいた。


「杖は、魔法の素質によって相性が変わる。ロゼッタは雷魔法が得意だから、本来ならば金属製。けれど、威力によっては陶器の方が良い」

「そうですか。でも思った通りの威力が出ない時は?」

「よく使う呪文、もしくは基礎となる魔法を試せばいい。杖が弱いと、狙ったところに当たらないからね」

「僕は木製が良いんですけど、やっぱり杖を変えた方がいいですか?」

「アンタの魔法の相性によってはね」


 店の奥から、小柄なおじいさんが現れた。

 ひょこひょこと跳ねるような歩き方に、引きずるほど長い髭、丸眼鏡とオーバーオールが良く似合うドワーフだ。


「やぁベルリオン」

「おやサモン! 久しぶりじゃないか」

「生徒の杖を選びに来たんだ。魔法の素質も見てやってくれないか」


 サモンがレーガをベルリオンの前に押し出すと、彼は眼鏡を押し上げて、驚いた顔をする。


「こりゃ驚いた。相当な人間嫌いが、人間の生徒を連れてきた」

「好きで連れてきたわけじゃない」


 本来なら、二人を置いて別の店に行く予定だったが、そうも言っていられない。それに、レーガとロゼッタがいるのなら、教育に悪そうな店は避けた方がいい。



「ベルリオン、?」



 ベルリオンの眉がぴくりと上がる。

 ベルリオンは「地下にある」と店の奥の階段を指さした。

 サモンが階段を降りていくと、レーガが「僕も」と言う。ベルリオンは聞こえない振りをして、「さぁ魔法適性を見てみようか」とレーガを椅子に座らせた。

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