第9話 泣く女と赤い帽子の小鬼 3

 サモンが部屋を出てすぐの頃、レーガとロベルトはお互いに顔を見合わせてぽかんとしていた。


「……一体、あの人は何をしようとしてるんだ?」

「さぁ、僕にも分かんないや」


 ロベルトはため息をついて自分のベッドに腰掛け、レーガは部屋の真ん中に置きっぱなしになった椅子にちょこんと座る。

 レーガがサモンの杖をくるくると回すのを見て、ロベルトは「それ」と杖を指さした。


「魔法使いって凄いよな。その棒切れ一本でさ、火とか水とか出せるんだろ?」

「杖? うん、まぁね。でも全部が全部、思い通りになるわけじゃないよ」


 魔力の適性や質、魔力量など様々な要因によって、どの魔法が使えるか、どのくらいの威力まで出せるかが決まる。

 全ての魔法に適した魔力を使える人もいれば、一つの魔法に特化した人もいる。


 レーガは「僕はダメダメだけどね」と笑った。

 ロベルトは杖をじっと見詰めている間に、サモンを思い出したのか、話題をサモンのことに変える。


「ストレンジ先生、変な人だよな」

「サモン先生?」

「あぁ。だって、相談しに行った時も軽く追い払われそうになったし、今だって、ちゃんと話もしないで勝手にどこか行っちまうし」

「でも優しいよ?」

「どこがだよ」



「妖精のこと聞けば、ちゃんと答えてくれる」

「そりゃ教師だもんな」



 ロベルトはレーガに呆れた。こんな脳内お花畑の魔法使いが同室なのか、とも思った。

 けれど、レーガはサモンの杖を指で転がしながら「すごいよねぇ」なんて言う。


「ほら見て。この杖ほとんど素材そのまんまなんだよ」

「それの何が凄いんだよ」

「魔法使いが使う杖って、きちんと形が整っていて、表面も磨いて、丁寧に柄を彫ってある、とても繊細なものなんだ」


 けれど、サモンの杖はとても無骨で、『適当な枝をもぎとって、柄の部分だけ削って使ってます』と言わんばかりの大雑把さだ。しかも、小さな枝がついたままで。


 ちゃんと魔法が使えるように整えられた杖とは程遠く、使える者だけが使え、といったような代物。

 まさにサモンだけが扱える、サモンの為の杖だ。

 それをホイとレーガに渡した。折れる事も、盗まれる事も考えずに。──まるで、無くしても平気な物のように。

 レーガは杖を転がしながら、「すごいなぁ」とまた呟いた。


「僕も、いつか……」


 そこまで言いかけたところで、部屋の窓に何かが衝突した。

 ロベルトがレーガの前に立ち、腰に手をかける。


「あっ」


 剣が無いことを忘れていたらしく、ロベルトは舌打ちをした。

 それでもレーガを守る彼の背中に、レーガはサモンを重ねた。


「待って、サモン先生はロベルトの相談に乗ったんでしょ。じゃあ危ないのはロベルトじゃない!?」

「あぁ、俺は今日死ぬらしい。ゴブリンの話をしたらストレンジ先生は俺を部屋に連れてきた」

「部屋に、部屋の中で使う魔法……? 何だっけ、えっと、え〜〜〜っと……あっ! 『妖精のお守りケアテイカー』! 結界の魔法だよ! 先生は僕らを守ってるんだ!」

「あの変なやり方で?!」

「多分先生のことだから、強い魔法を使ってる! この部屋から出なきゃ安心だよ! 鍵さえちゃんと掛かってたらね」


 レーガの安心した表情とは裏腹に、ロベルトはさぁと顔を青くする。

 レーガが首を傾げると、ロベルトは「あの」と口ごもる。


 その直後、ドアをバンッ! と何かが殴った。それは等間隔で、二人の恐怖心を煽るように強くなっていく。


「俺、朝にゴブリンに鍵壊されて、閉じ込められて……」


 ドアを殴る音は更に強くなった。


「え、えっ。まさか、ねぇ、そのまさかじゃないよね」


 ドアは段々と歪に反り始め、亀裂が入る。


「焦ってたから、その……ドア、を」


 ロベルトとレーガはドアの方を見つめる。

 ドアは大きな音を立てて弾け飛んだ。

 その直後、黒くて大きな『何か』が二人を目掛けて飛んでくる。



「蹴り飛ばして鍵ダメにした……」

「おバカァァァァァァ!!」



 黒い『何か』は頭部を現し、レーガに襲いかかる。

 レーガは杖をそれに向けるが、呪文が一つも出てこない。


「どうしよう、どうしようどうしよう!」


 レーガがギュッと目をつぶると、杖が微かに震えた。



「!? びっくり箱ピック・ア・ブー!」



 レーガの口が勝手に呪文を唱える。

 杖の先からクラッカーのように紙吹雪が飛び出し、『何か』の視界を遮る。

『何か』は部屋の中で、ボールのように跳ね続けた。

 レーガはその様子に驚き、床に縮こまる。

 黒い『何か』は壁に跳ね返ると、油断したロベルトに背中から入り込んだ。


「ロベルト!」


 レーガはロベルトの傍に駆け寄り、体を揺さぶる。けれど、ロベルトは獣のような唸り声を上げて、レーガに掴みかかった。

 レーガが首を絞められ、ジタバタともがいている所に、サモンが現れる。


「おやまぁ大変なタイミングだ!」


 サモンはロベルトの顎を蹴りあげて、レーガの襟を引く。レーガと杖を交換し、唸るロベルトに杖を向けた。

 レーガは半泣きで「ごめんなさい」と謝った。


「僕が、僕、僕が、魔法を、魔法……」

「ちょっと静かにしておくれ。ロベルトの問題は終わってないんだ」

「魔法を、間違えちゃった……。ごめんなさい、ごめんなさいぃ。僕が、悪いんです……どうしよう、ごめんなさい」


 ボロボロと涙をこぼして、ロベルトの豹変ひょうへんに罪悪感を抱くレーガに、サモンは「お黙りなさい」と一喝した。


「アンタが泣いて、ロベルトが元に戻るなら好きなだけお泣きなさい。私は自分がすべき事をするよ。アンタはどうする? レーガ、自分のした事を後悔してるだけで、後始末は放ったらかしかい?」


 サモンはわざと意地悪な言い方をした。レーガは袖で顔を強く擦り、涙を拭う。


「僕は、どうすればいいですか?」

「入口に立って、部屋の結界を機能させるんだ。何があっても、外に出すんじゃない。私の中にウンディエゴが入ろうと、アンタの中に入ろうともね」

「ウンディエゴ……? あの、雪山の邪悪な妖精?」

「邪悪だが、邪悪では無い。でもそうだ。ウンディエゴを彼から追い出すのは、私の役目。そしてそれを、部屋から出さないのが、レーガの役目だ。いいね?」


 レーガの目を見て尋ねると、レーガはギュッと杖を握り、強い意志を持った瞳で「はい!」と返事をした。


 サモンはロベルトに集中する。唸り、苦しみもがくロベルトに、サモンは「気をしっかりお持ちなさい」と声をかけた。


「お腹が空くだろう。寒くて寒くて、耐えられないだろう。安心なさい。今、腹を満たしてあげようね」


 サモンは杖を振り、呪文を唱える。



びっくり箱ピック・ア・ブー



 幻覚の魔法で、ロベルトに満腹状態を錯覚させる。腹が満たされると、ロベルトの体から青黒い煙を上げて、ウンディエゴが飛び出した。倒れるロベルトを、サモンが支える。ずし、と腕にかかる男子高校生の全体重に、サモンも倒れてしまった。

 ウンディエゴはサモンの上を飛び越えて、ドアから出ていこうとするが、レーガが杖を振り上げた。



あべこべ小道ルック・ザット・ウェイ!」



 レーガの魔法によって、ウンディエゴの進行方向が無理やり変えられた。部屋の壁にぶつかり、天井に突撃し、落ちるウンディエゴにサモンは「ほら早く」と急かした。




「恩を返すのだろう? なら今がその時じゃないのかい」




 誰に言うでもないその一言に、赤い帽子の小鬼が反応した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る