第8話 泣く女と赤い帽子の小鬼 2

 サモンとロベルトが向かったのは、男子寮のロベルトの部屋。

 二人部屋の少し狭い部屋を、サモンはじっくり見回す。


「ふぅん。まぁ、塔に押し込むよりもいいか」


 少々掃除がお粗末ではあるが、小鬼がここから出すまいとしたのなら、ここが一番安全だ。

 サモンは杖を出し、窓を三回叩く。


「風のお守り」


 くるっと向きを変えて、サモンはドアを二回、杖で叩いた。


「水のお守り」


 部屋の中心を大まかに測り、杖の尻で一回叩く。


「土のお守り」


 サモンは天井を見上げ、椅子を引っ張り出すと、天井を杖の先で四回叩いた。


「火のお守り」


 呪文とも言えないようなことを呟いた後、サモンはキョロキョロと部屋の中を見回す。


「木で出来ていて、自分が普段から身につけているものはあるかい?」

「え、いや······無いです」

「あっそ。さてどうしようかねぇ」


 サモンが悩んでいると、部屋に誰か入ってきた。


「え、わぁっ! サモン先生!」

「······アンタはどこにでも現れるなぁ。レーガ」


 慌てた様子で駆け込んできたレーガは、ドアに張り付いて一生懸命言い訳をしようとする。


「いや、これは、あれです! べ、別に錬金術の教科書を忘れたとかじゃなくて!」

「錬金術の教科書を忘れたんだね」


「たまたま寮の門が開いてたから、こっそり入ってきたとかじゃなくて!」

「入ってきたんだね。私が勝手に開けたのだけど」


 言い訳が絶望的に下手なレーガに、サモンは呆れたため息をつく。

 ──だが、丁度いい。


「レーガ、アンタの杖って何製だったっけ?」

「え、杖ですか? 木製です。えへへ、妖精魔法と相性が良いから、それを選んだんですよ」

「それはどうでもいい。アンタの杖を、私にお貸しなさい」


 サモンはレーガの杖を借りると、自分の杖をレーガに渡す。


「このまま日が暮れるまで、ロベルトと一緒に部屋にいるんだ。決して外に出るんじゃない。昼ご飯は窓から届けてあげよう。窓もそれ以外で開けるんじゃないよ」

「えっ、でも授業は!?」

「今日は諦めるんだね。私から話はしておこう」

「杖っ! 先生の杖、僕じゃ扱えません!」


 急に巻き込まれて、色々と質問が飛び出すレーガを、サモンは「落ち着きなさい」と止める。


「当たり前だろう。私の杖が、まだ魔力も実力も安定しない子供に使えるもんか。アンタはその杖を持っているだけでいい。いざという時、杖が何とかしてくれる。レーガは私がかけた魔法が解けないように、そこに留まっていればいいんだから」


 サモンはレーガとロベルトを置いて部屋を出た。

 まだ中でヒィヒィとうるさいレーガを無視して、サモンはレーガの杖でドアに魔法をかける。


「精霊のお護り──『安寧の森』」


 ドアに大きな紋章が描かれて、溶けるように消えていく。

 サモンはレーガの杖をじっと見る。


 反りもなく真っ直ぐで、まだ強い魔法を使えないが、多い魔力を乗せてもひび割れない頑丈さがある。

 桜の木の杖は、サモンの荒削りな杖とは違って、美しく磨かれていた。

 手垢を丁寧に落とし、手入れをきちんとして色艶があるのは、レーガの大切にする気持ちが込められているのだろう。


「──まぁまぁ、良い杖じゃないか」


 サモンは杖を握り直した。


 ***


 魔法学科の棟とは中央棟を挟んだ向かい側、剣術学科の棟にサモンは向かう。

 剣術学科の教師は、人嫌いかつあまり姿を見せないサモンに驚いていた。

 背の高い先生が一人、サモンに声をかけた。


「剣術科護身体術担当の、カイト・コーネリアです」

「魔法学科妖精学サモン・ストレンジ」

「魔法学科の先生が、剣術学科になんの御用でしょう?」

「ロベルト・アーキマンの件で。彼の話はご存知?」

「あぁ、今朝からトンチンカンな言い訳をして、授業をサボろうとしているだけです。魔法学科の先生まで巻き込むなんて」

「トンチンカンはどちらだろうね」


 サモンは杖を振るった。


妖精のお手伝いハイド・アンド・シーク


 あちこちから妖精が集まると、サモンの周りを取り囲む。サモンは「手伝っておくれ」と彼らに頼んだ。


「死の原因となりうる物は? 人は? 私に教えておくれ。時間が無いよ。さぁ行った!」


 妖精達を放ち、サモンはズカズカと棟を突き進む。

 カイトは突然現れた妖精たちに驚きながらも、「信じてるんですか?」とロベルトの話を疑っている。


「疑う理由も無いからねぇ。さてさて、若くて健康な男子に告げられた死と、現れた赤い帽子の小鬼。病じゃない事は確かだ。だがその原因はどこにある?」


 隠されたものから推測出来る? いや部屋から出さないために隠しただけだ。ドアの鍵を壊したのも、パスを通さなかったのも、学園側に原因があることを示唆している。


「ロベルトのクラスの時間割は?」

「えっと、一時限目から道徳、歴史、剣術指導を二時間、午後は生物学と護身体術です」


 サモンは「へぇ」と興味なさげに呟いた。

 一人の妖精がサモンの元に戻ってくる。サモンは妖精の案内に走ってついていった。カイトもサモンの後ろを追いかけた。


 向かってみると、ただの掃除用具の入った物置に着く。けれど、その物置の隅には、ブルブルと震えた生徒が一人、背中を向けてうずくまっていた。

 カイトはその生徒に声を掛ける。


「どうしてここに居る! 授業は!?」


 生徒はすすり泣きながら、振り返った。

 サモンは手を伸ばすカイトの服を引っ張って後ろに隠す。

 生徒は「カイト先生」と震えながら言った。


「さ、寒いんです。校内に、いるのに。さ、寒くて寒くて、お、お腹が空くんです」

「まだ、二時限目の途中だろう」

「おな、お腹が空くんですけど、あ、あぁ、あああぁ······」

「おい······っ!」


「近づくんじゃない」


 しゃがみ込む生徒に杖を向けたまま、サモンはカイトを制止した。

 カイトは「生徒が苦しんでる!」と訴えるが、サモンにもそれは分かっている。


「腹が減るんだろう?」

「······はい」

「凄く腹が減って辛いんだろう?」

「·········はい」


 サモンは意地悪なことを言った。




「人間が、食べたいんだろう?」




 カイトが「そんなことを言うな!」と怒鳴った後、生徒は長い沈黙を置いて「はい」と答えた。


「っ! 生徒に何をした!」

「私は何もしてない。彼は『ウンディエゴ』に取り憑かれた」


 サモンは杖を生徒の頭にピッタリ付ける。

 生徒はボロボロと泣きながら「助けて」と懇願した。カイトがオロオロする前で、サモンは呪文を唱える。



びっくり箱ピック・ア・ブー



 その瞬間、生徒の体から青黒い煙がぶわっ! と吹き出し、とても大きな妖精のようなものが棟を飛び出して行った。


「やっぱりウンディエゴだなぁ」


 あんぐりと口を開けるカイトと気絶した生徒を放置して、サモンはウンディエゴを追いかける。


 サモンは魔法で抑え込もうとするが、ウンディエゴは中々にすばしっこくて、狙いが定まらない。

 自分の杖ならまだしも、レーガの杖では微調節が難しい。


「くそっ、『通りゃんせ』!」


 杖を薙ぐように振るい、木の枝を伸ばしてウンディエゴの進行方向を塞ぐ。

 けれど、それは窓を突き割って外に出た。


 サモンは杖で魔法を解いた。そしてハッとして頭を掻く。

 ウンディエゴが向かった先は、男子寮だ。そこにはレーガとロベルトがいる。守りの魔法は掛けている。

 ほっとしたのもつかの間。サモンはロベルトの話を思い出した。


『自室のドアの鍵を壊されて······』


 男子寮のロベルトとレーガの部屋は、ドアの鍵が壊れている。

 ロベルトが無理やり出たのなら、鍵は閉まらない!


「面倒くさいなぁ、もう」


 サモンは寮まで走った。二人が言いつけを守っていることを祈りながら。

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