第7話 泣く女と赤い帽子の小鬼
紫色の朝が来る。森の近くの塔の中で、サモンは本を読みながら寝落ちしていた。
階段に寝そべり、器用に眠る彼を劈く泣き声が階段から突き落とす。
「いでっ!!」
サモンが慌てて目を覚ますと、窓には号泣する女がいた。金切り声で泣き叫ぶ彼女の声に、サモンは堪らず耳を塞ぐ。
「うぅ、全く。何なんだ! 私に人間の家族はいないぞ!」
サモンが叫ぶと、女はすすり泣きながら「ロベルト」と誰かの名前を呼んだ。
「ロベルト・アーキマンが死ぬ! ロベルトが今日死ぬ!」
サモンの知り合いにロベルトなんて名前の奴はいない。
サモンは「だから何だ」と頭を掻いた。誰が死のうと、サモンには関係ない。
女は号泣しながら消え去った。サモンは耳の奥に残る泣き声をかき出そうと、指を突っ込んだ。
***
結局あの後眠れないまま、サモンは準備室の片付けをする。
とはいっても、妖精学の準備室なんてほとんど何も無い。
備え付けの棚に、サモンの個人的な妖精の本が並んでいるくらいだ。
学園長の言いつけで、今日は一日教室と準備室の掃除をする事になったのだが、サモンは妖精魔法の使い手だ。あっという間に掃除を済ませ、準備室に隠し置いたソファーに寝そべり、昼寝をする。
だが、その昼寝も出来なかった。
準備室のドアが乱暴に叩かれ、返事もしていないのに勝手に開かれる。
サモンが頭を持ち上げると、魔法学科の青いネクタイとは違い、赤いネクタイをつけた男子生徒が準備室に入ってきた。
制服で隠れているが、体格は良く、足の運び方もまるで騎士のようだ。
「失礼いたします。サモン・ストレンジ先生はいらっしゃいますか」
低く、大きな声がサモンを呼ぶ。
サモンはため息をつくと、手をひらひらと揺らした。
生徒はサモンの前まで来ると、深くお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。ストレンジ先生にお話があり、ここにいらっしゃるとお聞きして参りました」
「丁寧な挨拶大いに結構。だけど、ノックして返事も無いのにドアを開けるのは
「その件は大変失礼いたしました。少し焦っておりまして」
サモンは「へぇ」と興味無さげに寝返りを打つ。
生徒は「妖精にお詳しいとお聞きしております」と、勝手に話を続けた。
「先生に折り入ってご相談がありまして。背丈三十センチほど、醜い顔の緑色の小鬼──」
「ゴブリン」
「へ?」
「ゴブリンだよ。それは。
サモンは「話は終わったかい?」と欠伸をする。
「妖精の種類が分かったなら、もう話はないだろう。さっさと教室にお戻りなさい。私は忙しいんだ」
「しかし、ストレンジ先生は生徒のいじめを止め、冤罪を晴らし、昨日は授業の妨害をした教師をコテンパンに懲らしめたとお聞きします。これは、先生にしか相談が出来ません!」
「大体ねぇ、名前を名乗らず『相談に乗れ』って失礼じゃないか。私のことを知っているのならこの事も知っているだろう? 『私は人間が大嫌い』だ」
「妖精関係であれば、話は聞いてくださるのでしょう?」
──誰の差し金だろうか。
サモンは不満ながらも体を起こす。
生徒は姿勢を正し、サモンに挨拶をした。
「俺は、剣術学科二年の──」
「ロベルト・アーキマンです!」
サモンはその名前に「はっ」と笑いがこぼれた。
今日死ぬって、この生徒か! と合点がいったが、それをどうしてサモンに伝えられたのか、まだ分からない。
ロベルトは「お時間よろしいでしょうか」と、神妙な面持ちで尋ねる。サモンは、拒むことが出来なくなった。
***
「朝から妖精の妨害を受けてる?」
カモミールティーと隠し持っていたお菓子。
それをロベルトと囲みながら、彼の話を聞く。
ロベルトは「はい」と頷くと、具体的に何をされているのかを話してくれた。
「朝は目覚まし時計を勝手に止められて、危うく朝練に遅れるところでした。その後も、シャワーを浴びている間に制服を隠されたり、自室のドアの鍵を壊されて閉じ込められたり。あと、学園に入ろうとしたら、学生証のパスが通らなくて」
「はぁ。ゴブリンらしい
ロベルトは「大人しい?」と聞き返す。サモンは、カモミールティーを一口飲んだ。
ゴブリンは、悪戯好きの妖精だ。けれどあまりにもタチが悪くて有名なのだ。欲深く、金銀財宝のためなら何でもする。人を殺すことも有り得る邪悪な妖精で、警戒すべき相手。
けれど、今回のゴブリンは、ロベルトが学園に行かないように、頑なに妨害している。
「今朝のバンシーと関係があるのか?」
「ば、バンシー?」
「死の予言をする女の妖精だよ。君が死ぬって、私に言いに来たんだ」
「はっ、へぇ!? 俺が死ぬ!?」
大事なことですら、サモンはさらりと言いのける。ロベルトはショックを受けて、何も話せなくなった。
「さてさて、どういうことだろうね。バンシーの予言と、ゴブリンの妨害。そもそも、どうしてバンシーは私の元に告げに来た? ロベルトの両親の元に行きゃあ良いのに」
ロベルトに同意を求めようとするが、ロベルトは告げられた自分の運命を受け止められずにいる。
サモンが肩を揺すって、ようやく我に返った。
「アンタ、両親は?」
「あ、えっと、俺は、両親いないです」
「はぁ?」
「──俺は、孤児です。赤ん坊の頃、孤児院の前に置き去りにされて」
ロベルトの重い話に、サモンはキュッと口を結ぶ。
だから、バンシーはサモンに告げたのだ。──手を貸すであろう、
「はぁ。学園を出て、大人になって、両親を探しに行こうと思ってたのに……。何で今日死ぬんだ……」
受け止めきれず、髪を掻きむしり、辛そうに言葉を吐き出すロベルトに、サモンは「辛いだろうね」と、言葉を掛けた。ロベルトは「当たり前じゃないですか!」と声を荒らげる。
「じゃあ、朝から妨害していたゴブリンが、俺を殺そうとしているんですか?」
「バンシーは死の予言をするが、決してその死に方を教えてはくれない。一概には言えないが、可能性はある」
「くそっ! 剣も隠されるし、剣術棟には入れないし! あの小鬼め! 朝起きた時に殺しておけばよかった!」
「次に見かけた時に私が捕まえるから、殺すのは勘弁して……」
ロベルトは怒りで身体を震わせる。サモンはロベルトに菓子を握らせた。
ロベルトは勢い余って菓子を握り潰す。
「赤い帽子を被っただけの小鬼に、殺されてたまるかっ!」
サモンの眉がぴくりと動く。
(赤い帽子だって?)
サモンはロベルトの肩を掴み、「赤い帽子と言った?」と確認をとる。ロベルトは「そうですよ!」と息荒く返した。
「赤い帽子を被った醜い顔の小鬼です! 朝から邪魔ばかりして、もう我慢ならない!」
サモンはそうかい、と言いながら笑っていた。
赤い帽子のゴブリンか。なら、まだ死ぬとは限らない!
「いい考えがあるよ。ロベルト」
サモンは、ロベルトの頬を包み込んで言った。
彼はまだ、生きるか死ぬかの分岐点にいる。彼にその切り替えが出来ないのなら、喜んで彼を生かす道を選ぼう。……面白そうだからね。
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