第6話 妖精魔法vs戦闘魔法 2

 ──遡ること、一時間前。




「さぁ、遊ぼう」




 サモンの不気味な笑みを皮切りに、戦闘は始まった。

 その笑顔に恐怖したアガレットが、腕を大きく振った。



炎の舞踊フレイム・ワルツ!」



 杖の先から炎が尾を引き、体育館全体に広がっていく。

 茨の隙間から生徒たちが悲鳴をあげるが、茨は緑の光を放って炎を防ぐ。

 サモンはアガレットを鼻で笑った。


「こらこら、得意魔法は、後に取っておきなさい」


 サモンは杖を横にして、すっと引き抜くように振った。



妖精の悪戯ハイド・アンド・シーク



 アガレットの得意魔法に答えるように、サモンも日常的に使う魔法を唱える。

 サモンズ呪文を唱えた途端、アガレットの杖から炎が消えた。

 アガレットが慌てて火魔法を使おうとしても、火花すら杖の先から出てこない。


「サモン、何をした!」

「お前から火魔法を隠したんだ。学園のどこかにあるよ。探して来たらどうだい?」

「は、火魔法が無くとも、他の魔法は使える!」


 ──それが、敗北の原因になるとは、サモン以外誰も思わなかっただろう。


 アガレットは杖を剣のように振り下ろした。サモンは腰のゴブレットを手にすると、軽く揺らした。



土のしなり鞭ソイル・ベンディングウィップ!」



 アガレットの杖の先から砂が溢れ、みるみるうちに固そうな鞭へと変わる。

 掠れば服は裂けて血が滲む。まともに当たれば、ひとたまりもないだろう。


 サモンの左を鞭は狙う。けれど、サモンはそれに、ゴブレットの水を垂らして防いだ。水のかかった土は、床に落ちて魔力を失う。

 アガレットはまたあんぐりと口を開けた。


「なっ!」

「間抜け」


 サモンはゴブレットの縁を杖で二度ほど叩く。ゴブレットをアガレットに向けて、ゴブレットの底を杖で一回、コツンと叩く。



びっくり箱ピック・ア・ブー



 ゴブレットの中から浅葱色あさぎいろの蝶々が飛び出した。何匹、何十匹と羽ばたく蝶は、アガレットの頬を、服を撫でて消える。

 幻想的な魔法に、生徒たちだけでなくアガレットも魅了された。


 ──その直後だった。


 アガレットは膝を着く。手足を震わせ、動けなくなった彼は、口をはくはくさせてサモンを見上げた。

 サモンはゴブレットを腰に戻す。物言いたげな彼に、サモンは笑顔で言った。


「ご安心なさい。ただの、毒だから」


 毒だと言われて落ち着ける者などいないだろう。

 いつ死ぬか、どんなに苦しむか分からないのに。サモンは笑顔ではっきり告げた。

 アガレットはさぁと青ざめ、「今すぐ解毒しろ」と切羽詰まった声を絞り出す。サモンは杖をクルクル振り回し、「どうしようかねぇ」なんて呑気だった。


「早く解毒剤をくれ!」

「悪いが今は手持ちが無い」

「なら作れ!」

「生憎だが、私は妖精学の担当でね。魔法薬学ならルルシェルク先生を当たるといい」

「筋肉が硬直してきてる! このままでは窒息する!」

「あぁ、ささくれ。昨日溜まった洗濯物を一気に洗ったからなぁ」


 洗濯なんて、魔法で済ませたに決まっている。

 サモンはアガレットの言葉に耳を貸さず、彼が動けなくなるまで待った。

 アガレットはサモンの態度に焦り、苛立った。無理やり杖を握り、サモンに向ける。サモンはゆったりとアガレットの方を向いた。



厄災の水フラッド



 アガレットは、自分の力量に合わない魔法を使った。

 体育館を満たす水が、凄まじい勢いでサモンを沈めていく。

 茨に守られている生徒たちは、サモンの膝上まで満ちる水に不安と恐怖を叫ぶ。


 サモンは杖で水をかき混ぜた。


「自然の力は、他人が良いように使ってはいけない。水や土は特に。命を生み出す力は強ければ強いだけ、命をほふる力も強くなる」


 サモンは目を閉じ、「お還りなさい」と呟いた。


「貴方の居場所は、ここでは無いだろう」


 サモンはゴブレットを水の中に投げた。

 濡れた袖を振り上げて、呪文を唱える。



「水の精霊──『水の眠る場所』」



 ──荒波を立てる水が、ある一点に小さなへこみを作る。そこから轟轟と唸りを上げて、ゴブレットに吸い込まれていく。

 アガレットが生み出した洪水よりも速く、水は消えていった。アガレットは負けじと水を生み出すが、サモンは眉間にしわを寄せる。


「水の力を悪用するな。下劣な人間ごときが!」


 サモンの杖の先が、アガレットの杖に向いた。サモンの杖はアガレットの杖へと伸びていき、獣の口のように先が開く。


「なっ!?」


 杖のありえない動きに、アガレットは目を見開いた。

 サモンは冷たい目でアガレットを睨む。ゆっくりと、口を開いた。



「お前は、杖を持つには、相応しくない」



 サモンの杖が、アガレットの杖を噛み砕いた。

 水は収まり、全ての水がゴブレットに飲み込まれた。


 アガレットは杖に手を伸ばし、ようやく気がついた。


「か、体が、動く……?」

「当たり前だよ。『びっくり箱ピック・ア・ブー』はただの悪戯魔法。一時的な幻覚作用を促す。それを毒だと、思わせただけなのだから」


 サモンはゴブレットを回収し、茨の壁を杖でノックする。

 茨はサモンに棘を向けるが、サモンが「もうお終い」と言うと、花を咲かせてその花弁とともに散った。


 サモンは呆然とするアガレットを睨み下ろした。

 彼に対する評価は、サモンの中で氷点下にまで落ちていた。


 ***


 ──ここでようやく、映像が途切れた。


 学園長室で、エリスが「言いたいことは?」と手を組み、怒った顔をしていた。


「私の顔はあんな悪人っぽく無いよ。勝手に修正したろう」

「していません。私が聞きたいのは、生徒の前で私闘をしたことと、危険な魔法を使ったことについての弁明です」

「はぁ、証拠は綺麗さっぱり消したと思ったんだが」


 サモンが頭を掻くと、エリスは頬を膨らませる。


「いいですか。私はエルフです。妖精族のおさたる種族にして、この学園の長です。エルフが全ての妖精達を把握し、守っているように、私も学園の全てを把握し、学園にいる全ての生徒と教師を守る義務があります」


 サモンはふぁ、と欠伸をし、「そりゃあ大変だ」とどこか他人事だ。

 サモンの煮え切らない態度にエリスはさらに怒るが、サモンも伊達に説教を喰らっている訳では無い。


「ストレンジ先生。貴方は優れた妖精魔法の使い手ですが、決して万能ではありません。いくら証拠を消そうとも、学園に張り巡らせた私の目に、映らないものはありませんから」

「ならば学園長。全て見ていたのならお分かりだろうが、最初に授業に割って入ってきたのはアガレット先生で、魔法を使ったのもアガレット先生。生徒に危害を加えようとしたのも、彼だ」




「それで私が生徒を守りつつ、彼に対抗し、止めなかった彼の杖を折った。それでお小言を言われるのは私だけ?」




 エリスはグッと口を噤む。けれど、サモンにそう言われたからと、黙って納得する訳にもいかない。


「アガレット先生には、個別に厳罰を与えます。けれど、貴方はわざわざ煽るようなことを言い、アガレット先生の挑発に乗った」

「彼が人を軽んじることが無ければ、私も杖を抜かなかったろうね」

「妖精魔法はあくまでも『生活援助型魔法』です。あんな荒い使い方はしません。本来の妖精魔法の使い方をなさってください」

「あれが、本来の妖精魔法じゃないか。エルフたる学園長ならお分かりだろう? それとも違うとでも?」


 エリスは机を強く叩き、立ち上がる。サモンに大声で怒鳴った。




「貴方は、人間なんです!」




 エリスの言葉を、サモンは黙って聞く。

 エリスは興奮したまま、サモンに詰め寄る。


「いくら妖精魔法を使おうと、いくら強い魔法を覚えようと、貴方は決して妖精では無いし、妖精になれません! 貴方は死ぬまで人間として生きるのです! 私が貴方を、学園にスカウトした理由をお忘れですか! 貴方に人間として、同じ種族として生きるためのリハビリと、居場所を与えるためです!」


 エリスは自分の胸に手を押し当て、サモンに宣言した。


「それが、貴方のお仲間方と交わした約束であり、貴方をここに置き続ける理由です! 貴方は自分が何者かを、お忘れなきよう──」




「誰が望んだと?」




 サモンはエリスの言葉を遮った。



「知っているとも。私が人間なことくらい」



 サモンは悔しげに言った。

 サモンは学園にスカウトされる前、ずっと精霊のすまう森で暮らしていた。妖精魔法も、彼らから学び、自ら学んで応用方法も見つけた。

 サモンにとって、森で暮らすことが何よりも楽しかった。


 けれど、精霊と人間。種族の違いや、寿命の長さでサモンと精霊たちには溝があった。

 サモンは別に構わないと思っていたのだが、精霊はサモンには人間の仲間が必要だと判断した。


 エリスと精霊たちが協力し、サモンに人間として生きる道を示した。けれど、サモンにとってそれは、ありがた迷惑な話だった。


「私はね、妖精になりたいわけじゃない。私を捨てた、私をあざけった、私を裏切り、居場所を奪った人間が嫌いだと言っているだけ。その点、妖精は良い。優しく、裏表が無く、私を受け入れてくれた」



 だから、彼らの味方についただけ。

 だから、彼らの傍にいただけ。



 人間と他の種族、妖精たちの架け橋を作ろうとしたエリスには、サモンの心は分からないだろう。

 サモンは「お好きにどうぞ」とだけ言って、学園長室を出ようとした。

 エリスは唇を震わせる。


「貴方にも、人間のご両親がいるでしょう。彼らすら、嫌いだと言うのですか」


 ドアに手をかけたサモンは、その言葉に乾いた笑いをこぼす。


「ええ。彼らが一番嫌いだよ」


 暗く、冷たい桃色の目が、エリスを見つめる。エリスはサモンの目に背筋が冷えた。




「彼らが、一番最初に私を捨てた。生まれたばかりの私を川に流した彼らを、どうして愛する必要があるんだい?」




 サモンは学園長室を出た。

 エリスは何も言い返せなかった。


「──貴方には、愛が必要です。サモン」


 無条件の愛。サモンには、愛が枯渇している。しかし、エリスには彼を満たせるものが何か、どうやって満たすのかも、分からない。

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