第5話 妖精魔法vs戦闘魔法

 ある日の体育館。

 サモンは頭をポリポリと掻きながら、「妖精魔法の実践をしまぁす」と生徒たちに呼びかける。

 妖精魔法が好きなレーガはともかく、あまり授業をとっていなかったロゼッタがいるのには驚いたが、たまには楽な授業を取りたいのだろうと、サモンは勝手に想像して納得する。


「今日教える魔法は、えっと、何にしようとしてたんだっけか」


 授業の直前に、今日の内容を組み立てた紙を無くし、教えるはずだった呪文が分からない。

 サモンの気だるげな態度に、ロゼッタは「しっかりして下さい」と注意をする。


「先生がそんな態度では、生徒に示しがつきません!」

「とはいえ、妖精魔法は君たちにとっては使い道が無いからねぇ。あ、そうだ。今日はアレにしようと思ってたんだ」


 サモンが杖を抜いたタイミングで、体育館に別の授業の生徒たちが入ってくる。引率をしているのは、サモンと妖精魔法を下に見ているアガレット先生だ。


「アガレット先生。今この時間は、私たちが使用許可を貰っているんだが?」

「これは失礼。そろそろ生徒たちに、魔法の実践を積ませないといけないもので」

「なら次の時間に体育館の許可を取ることをおすすめしよう。……とっちらかってるかもしれないがね」

「は、ストレンジ先生が時間をずらせば良いだけのこと!」


 サモンは大きくため息をつき、生徒たちに「仕方ない」と向き直る。


「あの馬鹿の為に、皆で大きな声で言っておやりなさい。誰も使用許可を貰っていない四時限目は十一時三十五分から。今は?」




「十時四十三分で〜〜〜〜〜す!!」





「知ってんだよ! そういう事じゃなくてなぁ!」


 サモンが全然話を聞いていない──というか、理解していない──ので、ロゼッタが「目障りだから消えろ」という意味であることをコソッと教える。サモンはようやく合点がいくと、「間抜けが」と悪態をついた。


「たかだか戦闘向きなだけの魔法に、価値など無いよ。空っぽの頭は両親に似たのかい? それとも、何も詰めずに生きてきたのかい?」

「そういうお前の口の悪さは、誰に似たんだ?」

「知らないねぇ。口の悪い兄弟がいた事は覚えているが」


 サモンがアガレットの挑発に乗らないので、アガレットは苛立ってくる。

 自分の生徒たちに向き直ると、「今日は対妖精魔法の戦い方を見せよう」なんて勝手に巻き込んでくる。


「誰が誰と戦うんだい?」

「アガレット先生とサモン先生ですよ!」


 アワアワと忙しないレーガに言われ、サモンは「ほぅ」と感心する。

 だがどうしても今までの会話と戦う理由が結びつかなかった。


(次の時間まで待てば良いだけの事に、いちいち突っかかる方が面倒じゃないか)


 アガレットはガラス製の杖をサモンに向ける。

 サモンはガラスの杖を品定めするようにじっと見た。


「サモン・ストレンジ、杖を抜け!」


 サモンは「面倒くさい」とはっきり告げたが、アガレットは引く気が無いらしく、いきなり火魔法を放った。



焔の槍フレイム・スピア



 鋭く尖って飛んでくる炎に、レーガが当たりそうになる。

 レーガは咄嗟にしゃがんで避けたが、レーガを飛び越えて地面に突撃した炎は、一直線にすすを伸ばして消えた。


「こらこら、生徒に当たったらどうする気だ」

「妖精魔法の授業を取っている生徒なら、防げて当然でしょう?」


 ──間抜けめ。

 妖精魔法はあくまでも『生活援助型魔法』であって、『防御魔法』では無い。ロゼッタは杖を抜いて、警戒する。


「アガレット先生! サモン先生は戦闘承諾をしていません! 今の魔法は、ただの暴行です!」

「黙れ! 陶器の杖如きが、俺に勝てるとでも!」




「うわ出たぁ。【杖差別】主義者かアンタ〜〜〜」




 サモンは呆れた顔でため息をつく。そしてまた、本音がボロボロ零れていることに気が付かないでいた。



 魔法使いの素質に応じて得意魔法の種類や質が変わるように、使う杖によって威力や魔法の調節の仕方が変わる。

 杖の中でも、一等強い魔法が使えるのはガラス製で、その下に陶器製、金属製、木製の順で並ぶ。


 杖なんて魔法の補助道具に過ぎないのだが、たまにイキがる奴が出るのだ。魔法使いたちは、杖のランクで推し量ることを、【杖差別】と呼んでいる。



「はぁ〜〜〜······。ガラス製の杖だから強いなんて誰が決めたのさ。大体壊れやすい杖なんて杖じゃない。ガラス製? 馬鹿馬鹿しい。魔力の乗せ方が下手だとすぐ折れるし、使いすぎても折れるし、見た目が綺麗でも、落とせば折れるんだよ? 買うだけ損じゃないか。そんな物を持って、大層な顔で自慢してくる奴なんか、大馬鹿者しかいないよ」



「先生、サモン先生、ダメですよ。アガレット先生致命傷ですよ」



 レーガに揺さぶられ、アガレットがプルプルと震えていることに気がついた。サモンは「寒いかい?」と気を使ったつもりだったが、火に油だったらしい。


「ふざけるのも大概にしろ! 喰らえ! 『炎の連撃ファイア・バースト』」


 アガレットは乱暴に杖を振る。いくつもの炎の球がサモンだけでなく、妖精学の生徒たちにまで襲いかかる。

 生徒たちが悲鳴を上げた。

 サモンは静かに、舌打ちをする。



「風の精霊──『断絶の風壁ふうへき』」



 サモン杖を横にしたまま、ゆっくりと横に振る。

 凄まじい風が、サモンと生徒の間を吹き荒れ、炎の球を吹き消した。頭を隠してしゃがんでいた生徒たちは、驚きながらも、お互いの無事を喜んでいた。レーガとロゼッタは、不安そうにサモンを見上げた。

 サモンはゆっくりと息を吐き出す。


「……私は常々、人間は嫌いだと公言している。だからアンタが何で怒ろうとも、何をしようとも関係ない。でもなぁ、私にだって許せないことはある」


 サモンは杖の先をアガレットに向けた。

 下から睨みあげるように目細め、低い声で言う。




「他人を見下して、ないがしろにする事さ」




 ──あざけられ、笑われた記憶。殴られ、蹴られた記憶。

 誰にも話せず、誰からも嫌われた幼少期の、古くて大きな、今だ血の滲む記憶トラウマ


 唯一、精霊だけが、サモンの話を聞いてくれた。

 あの時の温もりは、裏のない感情は、人間には決してない。


「良いだろう。この私が遊んであげよう。その代わり、後で泣いて謝ったって、決して許さないがね。私はがどうなろうと関係ないからさ」


 ヘラヘラとして掴みどころのないサモンとは違う。

 穀然とした態度で、アガレットを見据えている。サモンのその目に、アガレットは背筋が冷えた。


 サモンは木製のイヤリングを外すと、自身の生徒たちとアガレットの生徒たちの前に投げ置く。

 杖でアーチを描き、呪文を唱える。


いにしえより続く命の育み

 生まれるものへ喜びの葉風を 死にゆくものへ慈しみの木陰を

 命あるものを守る茨となれ

 愚かなる人の祈りを聞き届けたまえ」



「木の精霊──『不可侵の茨』」



 サモンが杖先を下に向ける。

 イヤリングは、パキパキと枝を生やし、生徒たちの前に壁を作る。メキメキと大きくなり、鋭い棘を、サモンやアガレットに向けて伸ばす。


 アガレットは「おかしい!」と怒鳴った。


「こんなの、妖精魔法じゃない! 木魔法よりも強力な防御魔法だ! お前っ、妖精魔法の教師だろ! なのにどうして、こんな魔法が使えるんだよ!」


 サモンはキョトンとした。

 アガレットはこれを『妖精魔法ではない』と言うが、れっきとした『妖精魔法のひとつ』なのだ。


「アガレット、これは妖精の悪戯いたずら動いちゃダメフリーズ・タグ』の応用だ。普通に魔法を使うのではなく、木の妖精の力を結びつけただけ」


 普通の戦闘魔法は、炎の力、風の力、水の力と個々の魔力を使う。それに対し妖精魔法はそれが無い。だから魔力が分散してしまい、戦闘には向かないのだ。

 けれど、きちんと『風の力』、『木の力』と魔力の使い先を決めてやることで、より強い妖精魔法が使える。




「さぁ、遊ぼう」




 ***


 茨の壁が消える。

 レーガやロゼッタは、直ぐにサモンに駆け寄った。

 放り投げたイヤリングを探すサモンの前で、粉々になったガラスの杖を見下ろし、呆然とするアガレットの姿。


 サモンは「今見た事は、口外してはいけないよ」と恥ずかしそうに皆に口止めするのに対し、アガレットに「次は無いよ」と冷たい目で睨んだ。


 サモンは懐中時計を開き、時間を確認する。

 授業は残り三十分を切った。せっかくの時間が台無しである。

 妖精魔法を教えるつもりだったのに、今からでは時間が足りない。


「どうしようかねぇ」


 なんて、呟いてみても、サモンに良い案が浮かぶわけでもない。

 レーガがアガレットの粉々になった杖を見つめて、「あれ、直せないんですか?」なんてサモンに尋ねる。


「無作法者の杖を直せって? お断りだよ。なんで私がそんな事を」

「いや、でも。確かにアガレット先生が悪かったんですけど」


 レーガはごにょごにょと口を動かす。

 優しいレーガは、呆然とするアガレットが可哀想なのだろう。サモンはため息をついた。


「予定変更」

「へっ?」


 レーガの変な声を無視し、サモンは『妖精の悪戯ハイド・アンド・シーク』と呪文を唱えた。

 七つの光が杖の先から飛び出して、すぐに消える。



「授業終わりの鐘が鳴るまでに、体育館内にある杖を直す道具を集めて、私の元に持ってくるんだ。計七つ隠してある。いいかい? 大事な物を探す時の呪文は『君はどこにいるのトレジャー・ハント』だ。杖の振り方は、杖先で円を描いて、縦に振る。あんまり大きく杖を振ると、杖が暴発するからね」



 生徒たちに適当に課題を出して、サモンは体育館のステージに腰掛ける。

 生徒たちは杖を持ち、友達と一緒に楽しそうに体育館を駆け回った。

 サモンは懐中時計を揺らしながら、大きく欠伸をした。

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