第4話 消えた雷 2
食事を再開するロゼッタの向かいの席で、レーガはハンバーガーを
レーガは余程お腹が空いていたのか、よく噛まずに飲み込んで、喉に詰まりかけてを繰り返す。
ロゼッタは苛立ったまま、食事を済ませた。
「ロゼッタは、雷魔法が得意なのかい?」
サモンはロゼッタに尋ねた。別に彼女に興味があるのではない。だが、能天気なレーガと、腹を立てたロゼッタに挟まれて、少々居た堪れないのだ。
ロゼッタは「はい」と短く返すと、睨むような目つきでサモンを見る。
「先生も、私をお疑いですか」
「ルルシェルク先生に説明したように、二年生に危険な魔法植物を盗むことは出来ないよ。だけれど、落雷草が消えるってのは、ちょっとばかり興味がある」
生徒を盗めない植物を、一体誰が盗んでいるのか。
誰であろうとサモンにとっては関係ないが、植物の使用用途は気になる。
「──君が、準備室の鍵を借りてから、花か消えているそうだね。準備室には何をしに?」
「部活の一環で、育てている花があるんです。暗めの室内で育てる植物なので、ルルシェルク先生の許可をもらってその世話を」
「──
「しだ······え?」
「別名『星の花』、『輝きの綿』」
「あ、はい。そうです」
枝垂れ綿花は、普通の綿花と違い、暗室栽培をする。
同じ綿花の種を使うが、肥料を混ぜた土に、暗室で光魔法を浸透させながら、毎日水をたっぷり与えて育てる必要がある。
成長した綿花は、光の魔力でキラキラと輝く。無数の星のようなその輝きに、『星の花』なんて別名がついた。
「鍵を借りたのは、朝? それとも夕方?」
「夕方です。成長の記録もつけてたので」
「その時誰かいた?」
「いいえ、誰も」
「準備室に入れ違いで入った者は?」
「いいえ。いませんでした」
ロゼッタはそう言うと、ふと思い出したように「あっ」とこぼす。
「でも、準備室を出る時、物音はしたんてす。ネズミだと思うんですけど」
『物音』『ネズミかも』──その言葉に、サモンはピンときたようだ。
食事を早々に切り上げると、スタスタと食堂を出ていく。
レーガとロゼッタはお互いの顔を見合わせると、サモンを追いかけた。
廊下を早歩きするサモンに走って追いつき、レーガは「どうしたんですか!」と尋ねる。
サモンは「犯人が分かった」とだけ言って、例の準備室に向かう。
ロゼッタは「誰もいませんって!」とサモンを止めようとするが、サモンは話をする。
「落雷草の特徴は?」
「へ? えっと、強い電気を帯びていて、乾いた空気を好みます。だから湿度が低く、寒いところに生息します」
「満点回答だ、ロゼッタ。準備室では、湿度と温度を調節出来る専用のケースに入れて、管理していたね」
サモンは準備室の前に来ると、ドアを開けようとする。
もちろん、鍵は掛かっているので開かない。レーガは「鍵を借りてきます」と言うが、サモンは黙って杖を抜いた。
「
鍵穴に呪文を掛けて、ドアをノックすると、ドアはひとりでに開いた。
薄暗い室内に入ると、テーブルの上にはロゼッタが育てている枝垂れ綿花がある。サモンはテーブルを避けて通り、奥にある落雷草のケースに近づいた。
ケースの側面に触れて、温度を確認する。ケースは機能していないのか、冷たくも温かくもない。
サモンはケースの下に溜まった、砂のような汚れをじっと見つめる。
「先生ったら、また掃除を怠ったのね」
「ルルシェルク先生、意外と管理が雑なんだよねぇ」
レーガとロゼッタがそんな話をしている中、サモンはケースのケーブルを引っ張り出した。
コンセントに繋がっているはずのケーブルは、噛みちぎられたような跡があり、どこにも繋がっていなかった。
「ケーブルが!」
「管理が
サモンはそうボヤくと、また杖を振るう。
「
レーガを助けた時とは違い、その呪文はテーブルや植物から妖精を呼び出す。
木と草花の妖精は、準備室を飛び回り、何かを探す。
ロゼッタは「こんなの、妖精の魔法には無い」とサモンを否定する。
「妖精の魔法は、『ハイド・アンド・シーク』は「物を隠す魔法」です。こんな、物を探す魔法じゃない」
「頭が固いなぁ。妖精の魔法は、魔法よりも応用が利く。『
花の妖精が、部屋の隅で何かを見つけた。
サモンはそこに杖を向けた。
「さぁ出ておいで」
そう言って、サモンは木製のイヤリングを片方外して部屋の隅に投げる。
「見ぃつけた」
杖先を揺らすと、イヤリングがパキパキと音を立てて檻へと変わる。その檻にはウサギくらいのサイズの妖精が入っていた。
サモンは杖で檻をつついて浮遊させる。それを引き連れて、準備室を出た。
ロゼッタは大きな妖精に「何コレ!」と口をパクパクさせる。
兎のような妖精に、レーガは興味津々だ。けれど、そっと伸ばした指に噛みつかれそうになって、素っ頓狂な声を上げる。
サモンは鼻歌混じりに、廊下を歩いていった。
***
サモンはルルシェルクの執務室に押しかけると、妖精の入った檻を彼に突きつけた。
「はい、犯人」
サモンは簡潔に言うと、ルルシェルクに檻をずいと近づける。
ルルシェルクは「何だコイツ」と檻をつついた。サモンはまさか同じ教員がこの妖精を知らないとは思わず、「バカなのか?」なんて言ってしまう。
「どう見たって『グレムリン』じゃないか。機械を壊してしまう、イタズラ好きの妖精だろう」
「グレムリン?」
「そうだとも。学園に迷い込んだグレムリンが、たまたまロゼッタが出てきた準備室に入り込んだんだ。そして落雷草のケースを見つけて、壊したんだよ」
「それじゃ、『雷の尻尾』は」
「ケースの中で枯れたんだ。魔法薬学の先生なのに知らないのかい? 落雷草は枯れると、雷に焼かれたようにチリチリに焦げて散るんだよ。環境が適さなくなったから枯れただけだ。新しいケースを買うことを勧めよう。グレムリン対策をきちんとしたヤツをね。あんな安物で管理するなんて正気じゃない」
サモンは捲し立てると、「さっさとロゼッタにお謝りなさい」と鼻を鳴らしてグレムリンを連れて行く。
ルルシェルクがサモンを追いかけようとすると、サモンについてきたロゼッタと鉢合わせた。
「ロ、ロゼッタ……」
「やっと信じていただけましたか」
「ああ、すまない。疑って悪かった」
レーガは二人を置いて、サモンを追いかけた。
サモンはとっくに外に出ていて、グレムリンを解放する所だった。
「せ、先生!」
「何だい。今忙しいんだ」
サモンは杖を檻に当てると「もうお終い」と、檻をイヤリングに戻す。グレムリンは森へと逃げていった。
レーガはサモンに「どうして分かったんですか」と尋ねる。サモンはフフと笑って「簡単だとも」と指を立てる。
「人のいないが物音がした準備室、ケースに入れているはずの花が枯れる。電圧の強いケーブルをネズミが噛んだのなら、感電死したネズミが見つかるはずだ。けれど、見つかることなくロゼッタが疑われ続ける。なら、疑うべきは妖精のイタズラ。電気に強く、機械を壊せる妖精はグレムリンくらいさ」
サモンはイヤリングをつけ直し、塔へと歩いていく。
落雷草の行方が呆気なかったのは残念だが、グレムリンを実際に見たのはいい経験だ。今のうちに記録をつけておかなくては。
(しまった、生態調査にもう少しだけ観察しておけば良かった)
「何とか森の中で見つからないか」と、サモンがブツブツと独り言を呟いていると、レーガは「ありがとうございます!」とお礼を言う。
サモンは礼を言われる理由が分かっていないが、レーガは嬉しそうな顔をしている。
「ロゼッタの誤解を、解いてくれた」
「あ〜、あんなのついでに決まってる。……さっさと教室にお向かいなさい。予鈴が鳴るよ」
サモンは懐中時計で時間を見る。ちょうど予鈴が鳴り、レーガは慌てて学園へと走る。
サモンはフードを被って塔へと歩いた。けれど、突然吹いた風が、サモンのフードを脱がせるサモンは「はいはい」と呆れ笑いをして髪型を直した。
「『堂々としろ』って言うんでしょ」
独り言を呟いて、サモンはまた歩き出す。風がサモンを優しく撫でた。
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