第3話 消えた雷

 目の前で、魔法を使わなければよかった。

 ──サモンは人生で初めて後悔していた。そのせいで、レーガがずっとサモンに付きまとう事になったのだから。


「ねぇサモン先生! 食堂でご飯食べましょ! 今日は生姜焼き定食が出るんです! あ、サモン先生は魚派ですか? お肉派ですか? どっちも美味しいですよね!」

「おやめなさい。私はこれから授業の準備をするんだ」

「えーっ! でも今お昼休みですよ! ご飯食べなきゃ、午後の授業どうするんですか!」


 グラウンドの草むしり(ほとんど手抜き)を見せてから、レーガはずっと質問を繰り返し、授業の合間や昼休みなど、時間さえあればサモンの元へと足繁あししげく通っていた。


「ねぇ先生。水の妖精の住処って、何で綺麗な水場しか無いんですかね」

「君たちが小便だらけのトイレを使わないのと同じ理由だ。だが、それ以上に妖精は繊細で、質の良い魔力を好む。綺麗で純粋な水場は、そういった魔力を多く含んでいるからさ」


 サモンに関する質問はのらりくらりとかわすのに、妖精や魔法に関する質問にはきちんと答える。

 それが教員としての義務なのか、サモンの興味の対象だからなのかは、誰にも分からない。



「あっ、ロゼッタだ」



 食堂に入った途端、レーガは彼女の名前を呼んだ。

 広い食堂の隅の席に座る、黒髪が綺麗な女の子。彼女は険しい表情で、食事をとっている。

 混雑しているにも関わらず、ロゼッタの周りには誰も座らない。彼女をチラチラと見ては、陰湿そうな笑みで囁く声がする。


「気分が悪い。何だい、アレは」


 サモンが呟くと、レーガは困った顔をする。


「先生、ロゼッタの話知らないんですか?」

「ロゼッタ?」

「あっ、そもそも彼女の事も知らないんですね」


 レーガはそれに気がつくと、軽く咳払いをする。


 魔法学科二年──ロゼッタ・セレナティエ。

 学年で首席の生徒で、魔法薬学を得意とする。真面目な性格で、曲がった事が嫌い。



 そんな優等生な彼女が、最近盗みを働いたという。


「盗み? こんなチンケな学校から何を盗むのさ。教頭のカツラ?」

「魔法薬学準備室にあった、『雷の尻尾』です」


 その言葉に、サモンの眉がぴくりと動く。


「……無理がある」

「えっ? 今何て──うわっ!?」



 レーガを突き飛ばして、一人の教員がロゼッタの元へ向かう。赤いベストの男はカンカンに怒っているようだが、ロゼッタは心底嫌そうな顔をして、食事を続けた。




「ロゼッタ! 『雷の尻尾』をどこにやった!!」




 大勢の人がいる食堂で、教員は大声を出す。その場にいる人は皆、教員とロゼッタに注目した。

 ロゼッタは無視をして食事をする。教員はテーブルをバンバンと強く叩いて、ロゼッタを責め立てた。


「今日で『雷の尻尾』は八本も消えた! 先週お前が準備室の鍵を借りてから、毎日消えているんだぞ! いい加減にしろ!」


 ロゼッタは教員に目もくれず、食事を続けている。

 教員は「単位やらんぞ!」とか、「親御さんに連絡するぞ!」とか、散々ロゼッタを脅しているが、ロゼッタは全く聞いていない。


「ロゼッタ! さっさと白状しろ! お前の雷魔法が、いやに強くなっていることは皆知ってるんだぞ! 魔法の増強に使ったんだろ!」


 魔法の話を引き合いに出すと、ロゼッタがようやく反論した。


「魔法が強くなったのは私の努力の結果です! 魔法植物なんか利用してません! 大体、なんで同じことばっかり聞くんですか! 私は! 盗んでなんかない! 散々説明したでしょう!」


 ロゼッタが捲し立てると、教員は「言い訳をするな!」と手を振り上げる。ロゼッタは腕で頭をガードするが、教員の手首を、サモンが押さえつけた。


「ルルシェルク先生、考えたら分かるだろう。生徒にそんなものが盗めるはずがない」


 突然いなくなったサモンに、レーガは驚いて口をポカンと開ける。

 ルルシェルクは、サモンの手を振り払うと、「知ったような口を!」と怒鳴った。

 サモンは、面倒くさそうにため息をつく。


「落雷草──別名『雷の尻尾』。黄色い花弁と、中心にある雌しべが、雷のような形をしていることが、その名の由来となった。雷と同じだけの電力を有し、触れるだけでも感電死の恐れのある危険な魔法植物」

「はっ、それが何だ! その程度の知識、一年の魔法薬学の範囲だ!」



「その強力な雷の魔力により、薬学で使う時は特殊加工を施した専用の手袋か、妖精魔法の使用、雷の妖精の協力をもって使用すること」



 サモンは魔法薬学の、教科書の内容をそらんじて、ルルシェルクの言い分を否定していく。


「特殊加工の手袋は、授業以外で生徒たちに貸出はしない。妖精魔法での持ち出しは、三年で学ぶ内容だ。あとこの学園に雷の妖精は居ない」


 ルルシェルクは「優等生なら出来る」と語るが、まず無理だろう。


「ルルシェルク先生は頭が空っぽらしいから教えるが、『雷の尻尾』は三年生の授業しか使わない。彼女は二年生で、運び出しの妖精魔法も使えない。そもそも、瓶越しですら危険な花を、どうやって持ち出し、何に使うと? 魔法植物で魔法の強化と言ってたが、魔法植物にそんな使用用途はない」


 サモンはこめかみをポリポリと掻く。

 魔法植物の持つ魔力と、人間が持つ魔力はそもそも質が違う。たまにいるのだ。魔法植物を利用して自分の魔力を増強し、魔法の威力を上げる事が出来ると、信じているバカが。



 水と油が混ざらないように、植物と人間の魔力は混ざらない。



「はぁ、魔法が万能だと思い込んでいるような馬鹿こそ、こういった問題に引っかかる。どうして簡単なことにも気づかないんだろうねぇ。魔法植物が盗まれたのなら、まずは三年生を疑うべきだし、そもそも生徒が盗むなんて、出来っこないことを熱心に調べて……ホント、良いお仕事してらっしゃる」


 サモンの本音がボロボロとこぼれる。

 ルルシェルクはサモンにわざとぶつかって、食堂を出ていった。


(おや、まだ何も言ってないのだが)


 サモンは自分が本音ダダ漏れだったことに気がついていない。

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