第2話 妖精の魔法が知りたいかい?

 ──授業が始まる鐘が鳴る。

 サモンは学園長室で、お茶を飲んでいた。



「ストレンジ先生、話は聞いてらっしゃいます?」



 次の授業の事を考えていると、学園長にそう尋ねられる。ブロンドの長い髪と、長い耳が特徴的な、エルフの学園長は緑色の瞳でサモンをじっと見る。サモンは学園長とは目も合わせずに、「もちろんだとも」なんて適当な返事をした。


 学園長──エリス・ウィズホープは呆れて頭を抱えた。


「人間嫌いなストレンジ先生が生徒のいじめを止めた事は、私としても褒めたいところです。しかし、そのやり方は少々過激なんですよ」

「良いじゃないか。無傷で済んだのだから。いじめられた生徒は火傷を負った事をもうお忘れで?」

「いじめた生徒は精神的にも社会的にも、深い傷を負いましたよ」


 学園長に言われても、サモンは何処吹く風で興味無さげだ。

 そんなサモンにこれ以上言っても無駄だと判断し、学園長はお説教タイムを切り上げる。


「まぁ、生徒の服は体育館の天井で発見されましたし、生徒たちはこちらで厳正に処罰します。今回やり過ぎたストレンジ先生は、グラウンドの草むしりをお願いしますよ」

「そんなの用務員さんにやらせては──」



「これは、学園長命令です」



 人間は嫌いだが、妖精に言われては言い返せない。サモンは「はぁい」と渋々返事をして、学園長室を出た。

 けれど、サモンに反省の色はない。

 学園長は如何にして、サモンに人としての道徳心を説くか、雇用して以来頭を悩ませている。


「……人間が嫌いとは言うけれど、貴方も人間なのよ」


 サモンが残した半分のお茶は、まだ白い湯気を揺らしていた。


 ***


 五時間目はどこの科目も、外でやる予定は無い。

 なら今のうちに、とサモンはグラウンドに出る。


 トラック以外は草が生い茂り、サモンは深く息を吸った。

 ゆっくり息を吐き出して、「めんどくさいなぁ」と呟く。


(生徒のいじめを止めただけで罰則なんて。学園長は酷いお方だ)


 そこそこに不満はあるが、『草むしりに魔法を使うな』とは言われていない。

 さっさと済ませて塔に戻ろう、なんて考えていたら、学園の方から生徒が一人走ってくる。


 さっきいじめられていた生徒だ。

 赤く短い髪がくるんとカールしている、琥珀色の瞳の男の子。彼はサモンの近くまで走ってくると、肩で息をしながら頭を下げる。


「せ、先生っ! さっきはありがとうございましたっっ!!」


 きちんとお礼を言う彼に、サモンは頬をポリポリと掻く。

 首をこてんと傾げた。




「……君、誰だっけ?」




 教員にあるまじき事なのだが、サモンは本当に覚えていなかった。

 生徒はガーンッ! と分かりやすくショックを受ける。

 教員に覚えてもらえなかった事が、生徒にとってどれだけ悲しいかなんてサモンには分からない。


 生徒はプルプル震えながら、「覚えてないんですか」と尋ねる。サモンが悪びれもなく頷くと、がっくりと項垂うなだれた。


「魔法学科二年の、レーガ・アレストですよ」

「そうなのか」

「先生の授業も受けてるし、何なら先生の授業皆勤賞ですよ」




「へぇ。『あんな弱小魔法の授業』にねぇ」




 サモンはわざと意地悪な言い方をした。

 サモンの担当学問は『妖精学』で、いわゆる妖精の生態やその生息地、妖精魔法の実技指導を主としている。


 だが、火魔法や氷魔法などの攻撃特化型魔法に対し、妖精魔法は『浮遊』、『イタズラ』、『お手伝い』などの生活援助型の魔法だ。

 故に、世間一般的には『ほぼ必要とされない』たぐいの魔法だ。

 授業する方も、受ける方もバカと言われるくらい、使い道がないといわれる。失礼な話だ。


 しかし、レーガは「そんなこと無いです!」と声を大きくし、鼻息荒く語る。



「妖精の魔法は一見、使い道が無いかもしれません。けれど、どの魔法よりも利便性があるんです! 妖精の『お手伝い』魔法は、覚えたら生活が楽になるくらい便利ですし、『イタズラ』魔法は、どの魔法よりもタチが悪いから、攻撃特化型を封じ込めることだって出来ます! 弱小魔法なんかじゃない、神秘的で遊び心に溢れた魔法なんです!」



 レーガはふんふんと、鼻息荒く語るが、その語っている相手が妖精学の先生であることを忘れているようだった。

 サモンは可笑しくなって小さく笑う。レーガはハッとすると、顔を真っ赤にして縮こまった。


「す、すみません……その、サモン先生は知ってますもんね」

「あぁ、もちろん。妖精魔法の利便性も厄介さも、私はよく知っている。それを、授業で理解してくれる奴がいたとはなぁ」


 寝る奴の方が多い授業で、唯一目を輝かせてノートを取っていた。レーガがその一人だったことを、サモンはようやく思い出す。

 杖を出すと、サモンは「気分が良い」と笑って杖を振るった。


「見せてあげよう。妖精魔法は弱小なれど、応用が一番利く。妖精魔法を極めると、それより強い『精霊の魔法』が使えることを、君にだけ、教えてあげよう」


 杖を横にゆっくりと振る。

 風が吹き、草木は揺れて、砂埃が立つ。

 サモンは神経を研ぎ澄ませ、詠唱をする。


「花の芽吹く大地 星の流るる空

 命を育む精霊たちの温情

 愚かなる人間の祈りを捧げよう」


 サモンは杖をオーケストラの指揮のように振るう。

 グラウンドには、星のような輝きが集まっていく。

 サモンは柔らかく笑って呪文を唱えた。レーガはその様子に身震いをする。




「風土の精霊──『命に捧ぐ子守唄』」




 輝きの一つ一つが妖精の姿となり、グラウンドの草を刈り取り、大地を整える。

 刈り取られた草は遠くへと運ばれ、荒れた地面はシーツを取り替えるように整えられる。


 風の精霊と、土の精霊がほんの一瞬だけ姿を現し、サモンに笑いかけて消える。

 レーガが驚きと感動でぽかんと口を開けている間に、グラウンドの草むしりは終わった。

 サモンは杖をしまうと、「これなら文句は言われないだろう」と大きく伸びをした。


「さてさて、草むしりも終わったし、私は塔に戻ろうかね。君も早く学園にお戻りなさい。次の授業もあるだろう」


 サモンはさっさと学園の隅の塔へと歩き出す。レーガはサモンの服の裾を握った。


「あのっ、僕にもいつか、出来ますか!?」


 期待と、喜びと、あとは何だろう。レーガの輝く瞳に、サモンは「どうだろうねぇ」と素っ気なく返した。

 レーガの手を振り払い、サモンは帰ってしまう。

 レーガは整備されたグラウンドを、鐘が鳴るまで眺め続けていた。

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