妖精魔法のストレンジな使い方

家宇治 克

第1話 おいたはダメですよ

 

「……これ、読むの何回目だっけ?」


 本に埋もれた塔の中、サモンは螺旋らせん階段かいだんに腰掛けて、古文書を読みふけっていた。

 片足を投げ出し、プラプラと揺らして「暇だ」とぼやく。本を閉じ、床に投げると、近くにある本に手を伸ばす。

 それもパラパラと開いたらすぐに閉じて、足元に放り投げてしまう。


 ふと遠くから鐘の音がした。昼時を告げる音に、ようやくサモンは動き出す。窓の外を見ると、赤いレンガの大きな学園が見えた。外から生徒たちの声も聞こえてくる。

 サモンは大きく伸びをして、螺旋階段を飛び降りた。


「生徒が食堂に詰め寄せるまであと二分。食事の時間を大体十五〜二十分として、バラけるのが五分くらい? はぁ、何回計算しても、三十分程しか落ち着いた行動が出来ないなぁ。図書室にでも居ればいいのに」


 サモンはブツブツと不満をこぼすと、塔の外に出て、勝手に作った畑からニンジンとじゃがいもを収穫する。

 そういえば、昨日ウサギ肉をお裾分けしてもらったな。じゃあそれを焼いて、パンに挟んで食べようか。


 サモンが川で野菜を洗っていると、遠くからこちらに向かって走ってくる生徒がいた。

 先頭に一人、離れたところから三人ほど、先頭の生徒を追いかけている。


「昼ご飯も食べずに遊んでいるのかい。元気なこった」


 サモンが呆れていると、三人の生徒が杖を構えた。

 先頭の子に火魔法を放ち、足元に命中させる。


 ズボンの裾についた火を、急いで消す彼に追いついた生徒たちは、杖をしまってリンチを始めた。殴るわ蹴るわの暴行を、サモンはボーッと眺めていた。



「ああ、いじめか」



 サモンはようやく状況を理解すると、野菜を置いた。

 興味は無いが、一応教員である以上、手を出さないと学園長に怒られる。


 サモンは腰の杖筒からブナの木の杖を出す。

 その杖を三人の生徒たちに向けて、呪文を唱えた。



妖精の悪戯ハイド・アンド・シーク



 サモンが学園のある方に杖を振ると、三人の生徒達は一瞬で丸裸にされた。いや、辛うじてパンツは守られている。

 けれど、いきなり服が消えたことに、生徒たちは驚いているようだった。


「なっ、なんだ!?」

「服がどっか行っちまった!」

「てめぇっ! こんな事して許されると思うなよ!」



「残念ながら、やったのは私なのだよねぇ」



 サモンが生徒たちの前で腕を組む。胡散臭い笑顔を浮かべて「すまない」なんて、思ってもないことを言った。


「杖を奪うだけにしようと思ったんだが、服ごと飛ばしてしまった。学校のどこかにあるだろう。探しておいで」


 サモンが言うと、生徒は突っかかってくる。これは想定外だった。


「キョーシが生徒にそういう事して良いんですかぁ?」

「きゃー! 先生に服脱がされたー! ……って叫んだら、サモン先生ヤバいっすよねぇ」

「あーあ、どうすんのかなぁ。オレら優しいし、金貨三十枚で許したげますよ」


(おやおやおや。教員に向かって脅しか。──青臭いなぁ)


 サモンは少し考えると、また杖を振るった。


「風の精霊──『羽浮かし』」


 杖からは何も出ない。けれどサモンの背後、森の奥から凄まじい風が吹き、生徒達の足元で渦巻く。

 驚く彼らを軽々持ち上げた風は浮かんで落ちてを繰り返し、生徒たちをもてあそぶ。


「悪いがね、私は別に教職をクビになったって構わないんだ。君たちが服を着ていようと着ていまいと、嫌いなことに変わりないように。教員であることに、固執は無い。学園長になり何なり、お好きになさい」


 サモンは懐中時計を開き、時間を確認する。

 そろそろ食事をして、森の散歩に行きたいところだ。


 サモンは杖で円を描くと、学園の方へ向けた。風が生徒たちを学園へと押し流す。

 腰につけた銀のゴブレットを軽く揺らして水を満たすと、足元を火傷した生徒にびちゃびちゃと水を掛けた。


「さっさと学園にお戻りなさい。私は昼ご飯の時間なんだ」


 生徒はみるみるうちに治る足に驚きながら、「サモン先生!」とサモンを呼んだ。


「これっ、コレ何ですか!?」

「見ての通り治癒魔法だけど。さぁ早く行ってくれ」




「私は人間が嫌いなんだ」




 サモンは川に戻り、洗った野菜を回収しようとした。だが、置いたはずの野菜がない。少し離れた所に、野菜をもりもりと食べる兎と小さな妖精がいた。


「──食べられたのなら、仕方ないか」


 サモンはまた新しく野菜を収穫する。兎を見た後でウサギ肉を食べる気になれなかった。


(……ソイミートのサンドイッチに変更)


 サモンは塔の中へと戻っていく。さっきの生徒はサモンがドアを閉めるまで、ずっと見ていた。

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