第4話 三人の神
ドラゴン印刷には三人の営業がいる。
社長、部長、舌霧、研修中の僕を含めれば四人になる。
この三人のクセや手腕を含め、僕はずっと彼らを観察していた。
協調できる『何か』を探ることで、今後の営業活動の方向性が見えてくのではと思ったからだ。
だが、それは安易な考えであった。
ここでの常識は非常識であり、アンバランスこそがバランスなのだ。
全てのスイッチをOFFにしなければ、常人には耐えられない、それがドラゴン印刷なのである。
まずは部長から話に移ろう。
なぜか彼は社内で救世主と呼ばれていた。たしかにある意味、跳びぬけた存在であった。
すごいと言うべきか、たくましいと言うべきか、部長が語る自身への評価が英雄級なのだ。
その一方で、何処で、誰と、何をするという情報がまったく見えてこないシークレット営業をしているのである。
彼はそれをSP(シークレットプレイヤー)という謎カテゴリーで正当化していた。
もはや漫画である。
シークレットと比喩するだけのことはあり、その手腕は全社員が舌をまくほど徹底していた。
ここまで真正の秘密主義者を見たのは初めてである。
社内の電話機は一切使用せず、内線は呼び出しのみ。問い合わせや見積依頼など、連絡事項はすべて自分のSPガラケーに連絡するよう、お客様にまで指示しているのだ。
さらに信じられないのは着信時に見せるSPの行動である。
着信!
↓
眼光がガラケーを貫く!
↓
ひるがえりながら携帯を開く!
↓
疾風のごとく席を立つ!
これが部長の繰り出すクールアクションである。
この一連の行動は、何度見ても吹き出しそうになって困るほどだ。
僕も電話対応をするが、そのすべてが社長や舌霧宛であり、部長の指名は聞いたことが無かった。
『疾風のごとく席を立つ!』を見た社長が、携帯の受信状況が悪いと勘違いし、屋上にアンテナを建てたというギャグを聞いた。
社長にそんな忖度をさせるとはさすがはSPである。救世主の二つ名は伊達ではない。
「プッ、あれ噂じゃ自分に電話してるらしいですよ」
賛辞を送る僕に舌霧が妙なことを吹き込む。
おやおや、この思わせぶりな言い方からして、部長に対し舌霧なりに思うところがあるようだ。
さて次は耳打ちしてきた舌霧だ。
営業の若手だが、社外より社内に居る時間のほうが長い。緻密な時間管理で社内の女子に営業をかけるナイスガイ、いや『勘ちガイ』である。
だが、肝心な本業はパッとしない。
前職ならば即豚扱いだが、面白いことに、ここドラゴン印刷では何故かやり手の営業という肩書がついているのだ。
社内営業の成果というべきか、これが女性社員を味方につけているメリットのなのだろう。狙ってやっているならたいしたものである。
問題は部長(シークレットプレイヤー)を嫌悪し、陰湿極まりない情報戦を仕掛けてくることだ。
『うそ、おおげさ、まぎらわしい』と、どこかの機構に訴えを起こしたくなるほどで、正直僕は、大本営発表なみに信用できないと思っている。
早い話が嘘つきということだ。
弱点はメンタルの弱さで非常に打たれ弱い、まあ、彼にとってはそうならないための情報戦なのだろう。
最後に社長だが、さすがというべきか受注内容はヤバイものが目白押しだった。
金額はぎりぎりで印刷難易度も高く、ワンミスで命取りなものばかり抱えているのだ。
実際赤字で終わっているから笑えない。
『やる気と工夫で
とは言っても社内で一番ミスが多いのはこの男なのだ。
書き間違いや聞き間違い。さらに見積放置や、クレームからの逃亡など、信じられない光景を何度か目にしている。
朝礼で「お客様は神様です」と真顔で言った時は思わず咳き込んでしまったほどだ。
これは、お客様に言う言葉であって社員に言う言葉ではない。
本音で言うなら『お客様は金ズル』なのだ。
さらに社長はこう言った。
「お客様の喜ぶ顔が見てみたい」
だれか僕の苦笑いを止めてほしい……。
さらにうんうんと大きくうなずくSP(シークレットプレイヤー)の姿に、社内営業の神髄をみたような気がした。
これが我がドラゴン印刷が誇る先兵達だが、正直、協調できる何かを見出すことは1ミリもなかった。彼らの凄みはひしひしと伝わるのに、これといった成果はなく、営業でありながら意識が外に向いていないと感じたほどだ。前職ならば即豚扱いされただろう。多分、どこかに『保身』があり、長年務めた者が最終的に行き着く『めんどくさい』が勝ってしまっているのだろう。
まったく、高い金を払って豚の飼育とは酔狂な社長だと僕は思った。
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