第2話 放課後の誘い【2】
「うん。ふたり、仲良いでしょ? それもあって加賀嶺に声かけたの」
「仲良いっていうか……幼馴染なだけだけど」
「けど、加賀嶺のことも誘ってみるって言ったら洲住くん喜んでたよ。それなのに……可哀想〜」
「そんなの、俺には関係ないし」
わざとらしい煽りに眉を寄せつつ、努めて素っ気なく言葉を返す。
心の中では、此処にはいない幼馴染の洲住健に向かって、「何考えてんだよ馬鹿」と、毒吐いた。
別に、タケルが行くからといって、じゃあやっぱり俺も肝試しに参加しますなどと、前言を撤回するつもりはさらさらない。
ないけれど、それでも、あの見た目のわりに気が弱く、いつまでたっても頼りない男が、自分ですら手を焼くほど強かな都会生まれの女子と、夜の山に出かけるという事態は、心配するなというほうが無理な話である。
今更ではあるけれど、タケルには肝試しに行くなと言うべきか。いっそ、ここであいつは行かないと、香菜に伝えてしまうのが早いか。
けれど、そうは言ってもタケルとてもう十七歳になった。いつまでも、晶がその行動を管理し、世話を焼いてやる義理はない。それでは、あのタケルの母親と、何も変わらない。
晶は、喉元まで出かかった幼馴染の分の断りの言葉をどうにか飲み込んで、代わりにぐっと拳を握った。
タケルが行くと言うのなら、行けばいい。行きたいのなら、勝手にするべきだ。
仮に誘われたときに自分に相談してくれれば、違った道を示すことが出来たかもしれないけれど。
いやそもそも、その時点で相談しなかった、タケルの落ち度が招いたこの結果なのである。
何故、自分に言わないのか。
他の女子に告白された時も、デートに誘われた時も、面倒なほどに一々相談してきた癖に。
「何、その目。やっぱり加賀嶺も行きたくなったんでしょ? 強がらなくていいよぉ」
「まさか。絶対行かねぇ」
的外れなくせに、どうにもイラつく発言だ。
晶は、殆ど無意識に香菜のことを睨み付けたまま、はっきりと、自らに言い聞かせるような力強さでそう答えを重ねた。
どこか人を挑発するような、少女の笑顔が癪に障る。
くるくるとよく動くアーモンド型の瞳に、派手過ぎないけれどどこか垢抜けた髪型と制服の着こなし。美少女という訳ではないが、人懐っこく物怖じしない性質も相まって、愛嬌のある顔と言える。
時間も人間関係も停滞したこの町に、ある日突然やってきて、嘘のようにあっという間に周囲に打ち解けた片倉香菜。
まさか、と、それに気付いてはっとした。
まさかタケルは、この女子のことが好きなのか、と。
「香菜ちゃん、奈津子ちゃん、なんの話してるの? 美羽も混ぜて」
その時、そんな晶の思考を中断させたのは、不意に挟まれた子猫のように甘い声だった。
香菜のものでも、ましてや奈津子のものでもない少女の声音である。
咄嗟に聞こえてきた方向に首を回すと、教室の入口に、此方を見てにこにこと笑う新たな人影が現れていた。
「えっ、美羽……」
どうやら、驚いたのは晶だけではないらしい。元からいたふたりの女子もまた、大きく目を見開いて、新たに登場したクラスメイトのほうを見ていた。
そこいたのは、堀ノ
小柄で、それに輪をかける華奢な手足を持った、小動物を彷彿とさせる少女である。
「別に大した話じゃ……」
小ぶりの花が咲いたような笑顔で近付いてくる美羽に、香菜と、そして特に奈津子は、なんとも言えぬ苦いものを含んだ表情になる。
その反応に、ピンときた。
苦手なのだ。香菜と奈津子は、美羽のことが。いや、もしかすると嫌いなにかも知れない。少なくとも、今この話題――肝試しの話を、彼女にはしたくないように見える。
曖昧な晶の記憶によれば、クラス内で彼女たち三人は、比較的一緒にいることが多かったように思うのだけれど。
まぁ、彼女たちにも色々あるのだろう。人が人に向ける好悪の感情は、それが集団による排除という形を取らない限り、第三者が口を挟むべきではない、というのが晶の持論だ。
二対一が、集団による排除に値するかいなかは極めて微妙なところではあるが、少なくとも幼稚園から美羽を知る身にとって、この現状が俗にいう「いじめ」というものに繋がっていないことだけはわかる。
何故ならば、人気者の転校生である香菜よりも、そして斜に構えて大人びた雰囲気を作っている奈津子よりも、ただどこまでも愛らしい……所謂美少女の美羽が、この
スクールカーストという言葉はあまり好きではないけれど、あえてそれに当てはめるのならば、美羽はいつだってその一番上にいる。それこそ、幼稚園の時分から。
大人からも、男子からも、そして大抵の女子からも、なんだかんだとちやほやされ続けている。言わば美羽はこの町のお姫様であり、そしてその事実をまた、全く鼻にかけない素振りをしていつつも、美羽自身自分も自覚している。と、少なくとも晶は読んでいる。
美しく強かな少女、堀ノ江美羽。誰しもが彼女を愛するが、しかしながら残念なことに、晶は美羽のことが好きではなかった。
苦手を通り越し、この場にいる人間の中では最も避けて通りたい相手と言っても過言ではないだろう。
普段ならば、間違いなく美羽に助け船など出したりはしない。
そう、香菜が不用意な挑発で、晶をイラつかせているこのタイミングでさえ、なければ。
「肝試し、今夜やるんだって。タケルと」
晶はあえて誰の顔からも目を逸らし、たださらりと、その事実だけを口から滑らせた。過剰サービス気味に、しっかりとタケルの名前も添えて。
「ちょっと、加賀嶺……!」
予想通り、香菜と奈津子があからさまな動揺を見せる。十中八九、肝試しのことは美羽には秘密にしていたのだろう。
「えー! 何それ楽しそう! 美羽も行きたい!」
「それは……」
晶の狙い通り、真っ直ぐに食いついて来た美羽に、香菜がたじろいでいる。やんわりと断る方法を探している顔だ。しかし残念だが、どう頑張っても美羽が諦めることはないだろう。
いつの頃からは、堀ノ江美羽は洲住健に気があるのだ。有り体に言うと、男女の仲を狙っている。そして晶のここ最近の見立てでは、恐らく香菜もまた、タケルに対し、そういう意味での好意を抱いているに違いない。
あぁ、と、そこまで思考して漸く合点がいく。なるほどそれは、嫌いにもなるだろう。同じ男を奪い合うとなれば、美羽以上の強敵などそういまい。
だからと言って、美羽がタケルの心を射止めることが出来ることはまずないだろうけれど。
晶に言わせれば、この場合むしろ香菜のほうが可能性はあるような気さえる。少なくともあの健が、晶に相談せずに肝試しの参加を決めるくらいなのだから。
「じゃあ、そういうことで。あ、ゴミとかはちゃんと持ち帰れよ」
一見笑顔で談笑でもしているように見せかけて、水面下では身も凍るような戦いを繰り広げる女子たちをちらりとだけ一瞥して、この隙にとばかりに、晶は教室を抜け出した。
触らぬ神に祟りなし。もう、随分触ってしまった気がしないでもないが、正直知ったことではない。ただ個人的には、この二人が共倒れしてくれれば非常に愉快ではある。
「あ! 逃げるな加賀嶺!」
速足で廊下を行く少年の背中に、何やら此方を責めるような叫びが刺さるような気もするけれど、聞こえない振りで無視をした。
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