<第三章:星の瞳> 【05】


【05】


「さて次は」

 私は、ササとキャロラインを交互に見る。

 ササは呆然と立ち尽くし、キャロラインにいたって跪いて………泣いていた。サメが、ボイドが、泣いている。

「はぁ~」

 自然と深いため息が出る。不快を通り越して呆れた。

「化け物は、泣かないのよ」

 ぐちゃっと音を立てて、キャロラインが潰れた。

 キャロラインを潰したのは、6メートル近い金属球だ。子供の落書きみたいな窪んだ眼と笑った口が彫られている。それを掴むのは首のない巨人。青白い皮膚には骨が浮かび、胃は凹み、下腹はガスで膨らんでいる。末期の飢餓状態の体。

 巨人は笑顔の球を掴んで、キャロラインに向かって何度も何度も振り下ろす。磨り潰す、擦り伸ばす、原型を消し、跡形もなく染みにする。

「はい、スマイル~」

 私は、自分の口角を指で上げた。

 金属球の目と口から、ゴボゴボと血が溢れた。満点の笑顔である。

「あ、しまった。カッとなって“遊び心”を忘れちゃった」

 地獄でハッピーでいるには、これが一番大事なのに。

 全く、めそめそ人間の真似なんかするなよ。馬鹿じゃないの?

「さてさて、次はあなたね」

 残ったササを指す。

「………………」

「あなたは、ゆっくりじっくりコトコト煮込むように、楽しく嬉しく笑いながら殺す。この私を見たのだから、知ったのだから、決して逃がしはしない。例え私を殺したとしても、必ずあなたの前に現れる。それが――――――」

 私の言葉を遮り、横腹を銛が貫く。

「はぁ?」

 痛がるフリを忘れて、銛を引っこ抜いた。

 戻っていたマンハンターを睨み付ける。

「あんた貝でしょ? 貝なら家を守りなさいよ。私っていう家を。それとも何? “元の家”に義理立てしているの?」

 マンハンターの姿が変わる。

 マントから覗く手が八本に増えた。砕かんばかりに握り締めた銛も、太く長く歪に鋭く尖る。

「あらやだ、本気?」

 音速をぶち抜く合唱。

 無数の落雷に近い音を奏で、破壊を宿した銛の雨が迫る。

 けれども、

「無駄よ」

 私が手を叩くと、銛は夢のように消える。もう一度叩くと、マンハンターの右半身が消し飛んだ。

 それでもまだ、マンハンターは一つだけ銛を投げ放つ。

「はいはい」

 私はそれを小指で銛を弾いた。

 真正面から、たかが物理攻撃とか眠たくなる。

「………あれ?」

 何か引っ掛かる。

 私を一度助けたのは、これが飛龍の体だからだろう。でも何故こいつは一度退いた? しかも戻ってきて、こんな見え見えの攻撃をした? 単なるボイドの奇行にしては、無意味で無駄な行為が挟まれている。

 しかし、意味があるのなら?

「おっ」

 静かな気配が足元から現れた。長い尾が私の体に巻き付く。

 ユルルだ。

「あら、仲良し。ボイドは普通、反目し合うものなのに協力とは珍しいわ」

 両手を拘束した後、ユルルが首筋に噛み付いてきた。

 じゅるじゅると音を立てて、私の血を飲む。

「あなた、それ以上大きくなったら可愛くないわよ」

 指を一つ鳴らすと、ユルルの上半身が爆ぜて吹っ飛ぶ。ズルっと巻き付いた尾を引き剥がす。

「中古は駄目ね。一から造りなおしますか」

『隙あり』

 空から声。人間のものではない。機械音だ。

 落ちてきた猿を手刀で貫く。これも、おとり。本命は私の頭に取り付いていた。

『人を人たらしめる要素とは何だと思いますか?』

 ゾブッと頭蓋を貫いて、ボロから出た針が私の脳に到達する。

「さあ、何かしら?」

『記憶です』

 ボロの機体を握り潰して、床に叩き付けた。

 残った針を脳から引き抜くと、ちょっとした気持ちよさに身震いしてしまった。このプレイはなかなか新鮮かも。

「で? これがなに?」

 ショートしながら、ギリギリ動いているボロに聞く。

『ジ………ア、ア、保存してあった元の遺伝子情報と、これまで体験した情報を、コ、コピー、コピーしました』

「そんなもん、私も持っているけど?」

『ボ、ボイドの致命的な欠陥として………………人間感情と、の、の、相違があり、あり、ます。あなた方は、それっぽく真似ることはできても、理解はもとより、学ぶことも、活かすことも、でき、なない』

「それ前にも誰かに言われた気がするけど、理解することって必要? 大事なのは行動でしょ」

『だ、だから、だから、何千年も同じ所で、同じ間違いを、壊れた映像装置のように………繰り返している。学んでいないのです。“あなた方は”』

「それを言ったら、人間こそじゃない」

『その通り。で、でも、だから、こそ、人間にこそ発生する異常に、アノマリーに、ボイドの終焉、もしくは統治する可能性を………………賭けている』

「人間が人間の可能性に賭けるってこと? それこそ、無意味だし思考停止。賭ける暇あるなら気付いた個体が変えなさい。今すぐにでも早く。別の個体に任せようなんて虫のいい話だって、種族の寿命なんてとっくの昔に過ぎているんだから」

『御託がそろそろ尽きてきたので、飛龍さんいい加減起きてください』

「は?」

 左腕が勝手に動き、私の首を絞めた。

 制御できないのは腕だけじゃない。急激に発生した感情の奔流に、吐きそうになる。喜怒哀楽、花、憎しみと劣等感に闘争と、闘争に、安寧に、言葉にすることも気恥ずかしい甘い感情。

 自然と、だが異常なことに、私の目から涙がこぼれた。

「何よ、これ」

『化け物は泣かない。あなたの言葉です』

 ボロを踏み潰す。

 靴底で部品を磨り潰す。

「ぐぇ」

 指が首に食い込んで呼吸ができない。たかがその程度で、人間のように視界が暗く落ち始める。

「ふざっけんな。やっと受肉できたってのに。飛龍、あんた契約破るつもり!?」


 俺は、言ったよな? 俺の体はくれやるって。

 なら、お前の体は俺のものだ。

「あははは! そんな馬鹿みたいな理屈で通すのね! 通せると思っているのね! いいわ、今回だけは引いてあげる! でもね! でもね、と! この体はもう『私』なのよ。ボイドの体でせいぜい人間ごっこでもしていなさい。必ず、後で取り返しに行ってやるから」


 悪夢が覚める。

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