<第二章:星の瞳> 【01】


【01】


 刹那に幾つもの赤花が咲く。

 刃と血の華。

 俺はデタラメに暴れ狂い、瀑布のように斬りかかる。ただただシンプルに、血肉を暴力に変換するだけの動作。

 ユージーンは寡黙に刀で全てを斬り払う。丁寧に細かく斬り返し、俺の皮膚や肉を裂く。数多に血は咲いても、まだ骨を断つ致命はない。痛みなどそよ風と同じ。

 認めてやる。

 こいつは強い。

 ボイドがなくとも、人としてのポテンシャルだけで俺を圧倒している。俺の棒切れ遊びでは、かすり傷すら付けられないだろう。

「まるで、剣を咥えた獣だな」

「ハハハハハハハッ!」

 誉め言葉を貰ったところで、俺は更に速度を上げた。手数を増やした。

 力押しだ。

 さかしい技を振るっても、足元にも及ばない。ならば、力押しあるのみ。足元に届けば、後は泥に引きずり込んでやる。

 派手に血が咲く、血風が吹きすさぶ。

 轟とした風音。

 混じる、わずかな砕の響き。

 剣戟は百近く閃く。無茶苦茶に使った俺の剣は刃が欠け、ヒビが走り、ユージーンの刀を噛む。

 ギチリ、噛み合った得物は動かず、二人同時に手放す。

 両者無手のまま更に一歩前に。殺傷能力を持った五体がぶつかり合う。拳と拳、肘と肘、膝と膝、肉と骨が鳴く。

 圧されたのは、俺だ。

 わずかに体勢が崩れる。

 ユージーンが手を背に回した。見えたのは山刀。

 俺の視界が真っ赤に染まる。

 神速で左目を斬られ、胸を貫かれる。正確に心臓の位置。正確過ぎて、簡単に左腕を差し込めた。

 前腕を貫通した山刀を、肉で締め、骨で絡めとる。

 ユージーンは、山刀を手放すのを一瞬ためらった。

 初めて見せた隙。

 俺は血濡れた右腕を振るい、ユージーンの両目を血で塞ぐ。ユージーンは、俺の腹を蹴って距離を取る。

 追撃は、

「クソッ!」

 ………できない。

 足が動かない。

 限界だ。

 視界を奪われても、ユージーンの動きに乱れはない。刀を拾うと、俺のいた場所を斬り払う。

「ヘル・イーター」

 俺は、大きく距離を取った。

 マンハンターと、ラストリゾートを呼び出し、移動を命令する。

 わずかな猶予、体を診た。

 左目が見えない。また潰れた。

 黒い制服でわかりにくいが、ほぼ全身が斬り刻まれている。ふらつく出血の量、だが骨に達した傷は少なく、傷の大半は塞がりかけている。

 問題はスタミナだ。心臓が破裂しそうなほど脈打っている。肺が破れそうなほど痛む。足が震えて動かない。

 時間が必要だ。

 2分、いや1分でいい。それでまた暴れられる。

「どうした? 目を閉じた男が怖いのか?」

 下手な挑発をしながら、ユージーンは血を拭う。

 奴の気持ち悪い左目が俺を見た。軽い金属音が鳴り、刀に噛んだ剣が捨てられる。

「棒切れ遊びには飽きた。次は、ボイドで遊ぼうか」

 呼び出した二体は、ユージーンの斜め後ろに配置した。俺の左手側にはラストリゾート、右手側にはマンハンター。

 一つの目では、二つしか視界に入らない位置。

「ユージーン。お前のボイドは、見た世界を支配する神の如きボイドだ。が、万能じゃない。一度捉えた世界から、次に移るには時間が必要だ。例えるなら、一枚しか画像を保存できない壊れたデジタルカメラ」

 自信満々、当てずっぽうで語る。

 いいや、半分は確信がある。

 先のユージーンの行動、俺を斬ってから頭上の水を斬り払う可能性もあったが、奴は水槽を守ることを優先した。

 やらなかったんじゃない。できなかった。

 あの目、万能じゃない。制約がある。

 暴いてやる。全て暴いて、俺のボイドで喰らってやる。

「………………例えが掠りもしていないが」

「“連続使用できない”ってとこが合っていればいい」

 ユージーンは無表情で返す。それが答えだ。

 マンハンターが両手に銛を構え、ラストリゾートが胸を膨らませる。俺の手には、腕から引き抜いた山刀。

「水槽を狙え」

 俺に従い、二体のボイドは水槽を狙う。

 ユージーンは動けない。同時に殺れるのは二体。残った奴が水槽を壊す。

「で、どうする?」

 ユージーンは眉一つ動かさず言う。

「ボイド二体を仕留め、君をなます斬りにする」

「ないな。ここにきて俺に背を向けるとか、一瞬でぶち殺してやるぞ」

「片目になった雑魚が何を言う」

 その雑魚の心肺が整う。

 深呼吸を一つ。

「ヘル・イーター。赤―――――」

 切り札を見せた瞬間、ユージーンが動く。

 星の瞳が捉えたのは、俺とラストリゾート。絶対的な刃が迫る。ラストリゾートが両断され、俺も胴を斬られた。

 ユージーンは体を返し、水槽に迫る銛を刀で斬り払おうとして失敗した。

 右肩と腹を、銛が貫通する。

「………………ッ」

 劇場の床に、澄んだ音色と共に刀の刀身が落ちた。

「奥の奥の手だ」

 俺の肩には、錆びた鉄の翼が生えていた。

 ユージーンが驚いた顔を見せる。大変、気分が良い。人間を滅ぼせるくらい気分が良い。

「曙光のコピーだと。侵食も厭わないというのか」

「そんなもん飲み込んでやる」

 忌々しい光のボイドの片鱗、飛べない一翼が血を求めて羽ばたく。

「アルジャーノン!」

 ユージーンの叫びに答える者はいない。

「あの猿なら、触手とお遊び中だ」

「………………」

 奴の額に冷や汗が見えた。赤いジャケットから滴る血も見えた。

「余裕がないようだな? ほら、どうした? まだボイドは使えるだろ? 食い込んだ銛を抜いて立ち向かって来いよ。まだまだ始まったばかり――――――」

『飛龍さん、触手が猿を食い尽くしました。形態が不安定で進化の予想ができません。異常な重力波を感知、空間に干渉して………これは、そちらに向かっています!』

「あ?」

 ボロの通信の後、空が真っ赤に染まる。

 みじり、空間をこじ開けて巨大な触手の塊が落ちてきた。

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