<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>【13】
【13】
ササは一撃で絶命していた。
目に光はなく、体に力はなく、流れる血は人間そのものに見える。
キヌカは、引き抜いた手を振る。
「うわ、血の汚れ落ちるかな?」
彼女の様子は特に変わりない。
今はそれより。
「キャロライン。こういう場合、何を言うべきかわからないが、先に襲ってきたのはササだ。つまりキヌカがやったのは、俺を守ることであって………その、なんだ。お前は一度俺を助けてくれたわけで、だから」
キャロラインの姿が変わる。丸っこいゆるキャラみたいな見た目から、攻撃的なサメそのものの姿に。
「殺したくない。落ち着いてくれ」
敵意と牙が、キヌカに向く。
俺の意識に空白が生まれた。
気付くと、血を流して倒れているキャロラインが足元にいた。
俺の右手には、血を吸った剣がある。遅れて、肉と骨を斬った感触がきた。
「なんてこった」
「飛龍を襲ったこいつが悪い」
キヌカは、ササを指す。
「そうだな。まあ、助かった」
俺が咄嗟に反応してササを無力化できていたら、などと考えるのは意味のないことだ。
「薄々感じていたけど、飛龍って女に弱いんじゃない?」
「そんなことないぞ」
「絶対弱いって、変な虫が付かないように気を付けないと」
「俺が?」
「アタシがよ」
「………大変だな」
「あ゛?」
「すんません」
睨まれたので謝る。
やはり、普通に見える。俺が言うのも変なことだが、
「キヌカ、大丈夫か? ササを殺したんだぞ。ボイドとはいえ、人間みたいな奴をだぞ? 気分が悪かったり、ストレスを感じたりしてないか?」
「別に。初めてじゃないし」
「ん?」
俺の知らない間に何かあったのか?
「ほら、鎌田と鎌田の兄」
「いや、それやったの俺だぞ」
この折れた剣で最初に殺した奴らだ。
「アタシのために、あんたが殺したわけでしょ。それってアタシが殺したのと同じじゃない」
「そういう理屈か」
ボロが『共犯者』と言ったのを思い出す。
「ってことだから、こんなのとっくに慣れてるわよ。最初は吐いたりしたけど、今は慣れた」
「………そうか」
端末で外のボロに通信を繋ぐ。
「おい、ボロ。ササを殺した」
『ほう、素直に私の命令を聞くとは驚きです』
「人間かどうかの質問をしたら、襲い掛かってきた。で、キヌカに心臓を一突きされた」
『興味深い。単純な質問でボロを出すとは、人の擬態にしてお粗末ですね。もしや、あなたの言葉に何かしらの圧迫があったのでは?』
「圧迫ってなんだ?」
『強制力と言い直しても良いです。失礼、猿が集まりだしました。残った爆薬で触手側の外壁を破壊します。その後は、あなたの好きな奴ですね』
「作戦通りの出たとこ勝負」
「本当にアタシの手はいらない?」
「くどいぞ、キヌカ。今回だけは絶対にダメだ」
ドスの効いた声で吐き捨てた。
「わかったわよ。そんな怒らなくてもいいのに」
「本当にダメだからな? わかったな?」
「わかったってば」
不安だ。
しかし、信じるしかない。
「あいつとはサシでケリを――――――」
空間が揺れる。
爆発の揺れではない。地震のような揺れ。
「ボロ、始めたのか?」
『違います。振動は内側からです』
「触手が活動を再開したのか?」
『それも違います。お二人の足元付近から』
「飛龍、見て!」
キヌカの声で、ササとキャロラインの死体を見る。二人の死体が床に飲まれていた。
揺れが激しくなり、箱が傾く。傾いた後、鈍く大きい音が響く。ドクン、ドクン、ドクン、と巨大な心臓の鼓動を。
『そこから脱出してください! その箱もボイド、いえサメです!』
「ヘル・イーター、ペーパープラン―――――」
キヌカのボイドを取り出す。再構成までに長い時間のかかったボイド。
が、
「ペーパー………ランス?」
ナイフは、元の形から大きく変化していた。
長さ2メートル、時計の秒針に似た細身の槍だ。
「なっ、重っ」
異常に重い。ユルルより遥かに重い。俺が持っていられない重さ。
それを、
「貸して」
キヌカは、ひょいと手に取って床に刺した。
静寂が訪れる。
揺れは止まり、鼓動も止まり、時間すら止めたかのよう。
「重くないのか?」
「え、軽いけど。前と変わらない重さ」
「相性の問題なのか」
再構成したというのに、扱えるのは前の持ち主とは。このボイドも厄介だな。
「ボロ、キヌカが止めた。どうだ?」
『箱は停止しています。しかし、別の反応が………』
別の衝撃音が響く。
音の正体が、鉄扉を歪ませていた。
「飛龍、そっちは止められない! しかも、暴れた部分からボイドが解除されてる!」
『触手が活性化しています。猿も集まり始めました。飛龍さんどうしますか? 始めていいのですか? 延期ですか?』
「やる」
もうササが利用できなくなった以上、今しかチャンスはない。
「キヌカ、そのボイドは止めながら動けるか?」
「無理、前と同じで止めたらアタシも動けない」
「それじゃ、ボイドを解除すると同時に走るぞ。外に出たら俺から離れろ。待機場所は、ボロが案内してくれる。戦闘が終わったら連絡する。以上だ。何か質問は?」
「勝てるの? ユージーンって人に?」
「勝つに決まってるだろ。信じろよ」
「わかった。信じる。帰ってきたら、セックスしよ」
「げふっ!」
淡々と言うキヌカに、派手に咽た。
こんな時に爆弾落とさないでもらえるか?
「おまっ、急に何を」
「アタシに魅力があるとか、ないとか、あんたが貧乳好きなのか、巨乳好きなのか、アタシたちがどういう関係なのかとか、考えれば考えるほど答えが出なくて面倒になったから、やることやっちゃえば色々わかるかなって。いや、はっきりしない飛龍が全部悪い。わかった?」
「わかった!!!!」
気合が入った。
忘れていたが、俺は根が単純な男の子なのだ。
キヌカは、槍を床から引き抜く。再び周囲が蠢き出す。
二人で出入口に向かって駆けた。
コンクリート剝き出しの部屋は、ピンク色の肉々しい材質に変わる。階段も柔らかくブヨブヨした感触だ。追うように肉は閉じて行き、俺とキヌカが外に出ると、ほぼ同時に出入口は閉まる。
外に出ると、100匹近い猿の大群が一斉に俺たちを見る。
その猿に自然と混じっていたボロが言った。
『爆破』
爆音と共に砂の柱が生まれた。
砂に混じって踊る触手が現れる。
『キヌカさん、逃げますよ。こっちです』
ボロとキヌカが走り去る。
別れ際には何も言わなかった。
「ヘル・イーター、魔法少女インシ変身スティック」
取り出したのは、3メートルの大杖。蕾に似た杖先には、世の艱難辛苦を噛み締めた少女の虚像。
杖を手に、触手に群がる猿と、猿を絡めとり貪る触手を背景に、俺は深く息を吸い込んで、叫ぶ。
「ユゥゥゥゥジィィィィィイイイン!」
暗転、目の前に巨大な手が広がる。
降り立ったのは、水槽のある劇場。前と同じの立ち位置、前と変わらず、鷲鼻の男が立っている。
「馴れ馴れしい呼び方をするな。君と仲良くなった覚えはないが」
「なら、有人の方がいいか? ユゥゥゥジィィン」
「逃がした牢のボイドに聞いたのか。今更、名前がなんだ?」
俺は笑う。
人の笑顔というより獣の威嚇だが、笑顔を浮かべる。
「“今更”と言うには、大分苛立っているなぁ。大事な女に付けてもらったお名前なんだろ? 女の名前はなんだっけ? ハトだか、スズメだか、九官鳥だが、男の命令も聞かねぇ馬鹿女だったそうで、大変だなぁお前も。女の趣味が悪いと」
「カナリアだ」
ユージーンの感情の揺れが見えた。取り繕った平静から、怒りが噴き出している。
「一振りだ」
ユージーンは、左目のボイドで俺を見る。
今度は正確に、攻撃の圧を捉えることができた。俺を読みは間違ってない。
「一振りで君を両断する。真っ二つになった後も笑えるなら笑ってみろ」
「言っておくが、今の俺は前の倍強い。何故なら、お前を倒した後、惚れた女とセックスするからだ!」
「頭おかしいのか君は?」
「おかしいに決まってんだろ! だから、地獄で笑うのさ!」
ユージーンが刀を構え、俺は杖を掲げた。
「水」
俺の願いを杖のボイドは叶えた。俺たちの頭上に、小山のような水の塊が現れる。天井の開いた劇場に降り注げば、俺やユージーン、水槽も無事では済まない水の量だ。
「ちっ!」
ユージーンは俺から視界を外し、上を、水を見て刀を振るう。大量の水が斬り刻まれ、短い雨となり降り注ぐ。
杖を捨て、折れた剣を手に俺は走る。返すユージーンの刀を潜り、獣のように身を低くして喰らい付く。
剣と刀がかち合い、刃が擦れ、火花が散る。
「こうも近付かれたら目もクソもねぇよな! 笑えよユージーン! これから地獄を見せてやる!」
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