<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>【12】


【12】


「おかえり~ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も、和菓子?」

 帰ると、ビキニ姿のササが出迎えてくれた。

 大きな目の毒が揺れている。

「………………和菓子」

「キャー! ヒリューさんのエッチー! これあげる」

 谷間から出てきた羊羹を受け取る。スティックタイプの羊羹だ。人肌で温められていて、モチモチした食感。冴えない脳みその栄養になる甘さ。

 ササの背後から、エプロン姿のキヌカが出てきた。

「おかえり~飛龍。ご飯用意したけど、っていきなり間食しないで」

「大丈夫だ。キヌカの料理なら何でも入る」

「あ、そう」

 誉めたのに仏頂面になるキヌカ。

 間違いなく照れている。照れているに違いない。

「ササ、テーブルとか、段ボール箱とか、最低でもブルーシートとかないの?」

「ありません。ご飯食べるのに必要なのは、床とスプーンです」

「あ、はい」

 ササに呆れながらキヌカは奥に引っ込み、飯を持って戻って来る。

「適当に座って食べて。はい、塩焼きそばに納豆入れた物」

 相変わらず、メニュー名がそのまんまだ。

 腰を下ろして、インスタント焼きそばの容器と割り箸を受け取る。

「みゃー! みゃー!」

 ササが変な鳴き声を上げて、焼きそばをがっついていた。

 キャロラインは、容器ごと一気食いした。

 俺は、

「あ、美味い」

 味わって食べる。

 匂いも見た目も、焼きそばと納豆なんだが、妙に合う。単調なインスタント焼きそばが、納豆のタレにより甘辛く味変していた。納豆のネバネバも麺に絡んで良し。しかも、豆とか野菜なわけだしヘルシーで健康的だ。

「口に合う?」

「合う合う」

 心配そうなキヌカに、俺は大いに頷く。

「一人で面倒な時、こればっか食べてたのだけど。口に合って良かった。納豆が1パック15万ってことには納得できないけど」

「なんと言う高級納豆」

 15万もあれば、牛買えないか?

「味は、コンビニやスーパーで売ってる普通の納豆だけど」

「美味けりゃそれでいいさ」

 高級納豆の味なんかわからん。地獄で食える普通の食い物が高いのは仕方ない。いや、ただの詐欺かやっぱり。

「ご馳走様」

 即、焼きそばを平らげた。

 飼料より、断然こちらの方が栄養になった気がする。

「そういえば、ボロは?」

 ちまちまと焼きそばを食べるキヌカに聞かれた。

「あいつなら外で待機してる。ちょっと驚く姿になってるから」

「改造したの? 飛龍が?」

「いや、自分で。猿と合体した」

「意味がわからない」

「わからなくていい。結構アレな手段だ」

 話過ぎるとキヌカの食事が進まないので、ササを向く。こっちも焼きそばを平らげていた。容器はそこらにポイ捨てしている。

 満足そうにササは言った。

「匂いはともかく、納豆って美味しいのね。焼きそばが美味しいのかな? こういう食品の組み合わせってなんて言うんだっけ? 確か………………ハンバーグ!」

「マリアージュだ」

「ヒリューの癖に物知りだ」

「お前が知らなさすぎるだけだ」

「ササさんは、なんでも知ってますけど? 主にサメのこととか」

「はいはい、それはそうと、ここに猿を誘い込んで触手で一掃するからな。よろしく」

「はいはい………いや、何言いだすの?」

 ササとキャロラインが、驚いた様子で俺を向く。

「何って、作戦だ」

「いえ、ササさん聞いてませんけど?」

「今言っただろ」

「色々違うと思うんですけど!? 作戦立てる時にササさんいなかったんですけど!?」

 キャロラインが、オロオロしていた。

「よく考えろ、ササ。有人を倒したら、この階層全てがお前の工房になる。こんな小さな箱にこだわる必要はない」

「狭くても大事な我が家なんですぅぅぅ! 流石に酷すぎでしょ! ところで、アリヒトって誰?」

「ユージーンの本名らしい。あいつの仲間を自称する奴が言っていた」

 立ち上がり、キヌカとササの間に入る。

「仲間? ユージーンの? 誰?」

「さあ知らん」

 険のある目でササを見た。

「あれ? ヒリュー。ササさんを疑ってるわけ? その知らん人が言ったことで」

 人を信用するには時間は必要だが、信用しなくなるのは一瞬でいい。


 少し前の、ボロとのやり取りを思い出す。


『マニュアルでは、まず【解明】し、【利用】し、益とならぬのなら【破壊】する、ですが』

「解明する時間がない」

 ササが人でなく、ボイドであるなら、という仮定の話をしている。

『ですね。【利用】はしている状態です。しかし、【破壊】となると【解明】が必要となる』

「今更、マニュアルの話をされてもな」

 そもそも俺は、研修すら受けてない。

『初心に帰るのは大事と言います』

「初心で片付きゃ誰も困らねぇよ」

『して、どうするので?』

「………俺はササをどうすりゃいいんだ?」

 我ながら混乱している。

 冷蔵庫の言葉を真に受けても、ササが“怪しい”というだけだ。ふざけた奴だが、危険というわけではない。

『あなたは、どうしたいのですか?』

「どうしたいって………………いや、別に特に何も」

 信用できるなら、このまま信用したい。

 だが、そんなに甘くないのは理解している。

『学びませんねぇ。【ソロモン・グランディ】を思い出してください。ボイドと人の理は違う。交わっているように見えても、ふとした拍子に大きく外れる』

「忘れちゃいねぇよ」

『なら、ササさんがボイドならどうしますか?』

「敵対するなら破壊する」

『ですから、過去から学びましょう。敵対してからでは遅いのです。前回のように死にますか? 暴走して運よく倒せても、更に幸運に恵まれ、また人に戻れると? 前回と、体もボイドも違うのです。望み薄ですよ』

「だから迷ってんだろ」

『殺害しましょう』

 簡単に言ってくれる。

「触手はどうなる? 全部振り出しに戻るぞ」

『V-413-S4から生まれた存在は、生命として独立しているのが特徴です。ササさんを殺害しても触手は消えません』

「ササを」

 やりたくはないが、方法が一つ浮かぶ。

「ヘル・イーターで、喰った場合どうなる?」

『不安ですね。自我を持っているボイドはあなたの支配から外れる可能性が高い。ササさんを取り込めたとしても、勝手に出てきて牙を剥くかもしれません』

「あの椅子みたいにか」

 ボロは、機械的な口調で言う。

『V-200-S3は、一番厄介な例ですね。ですから、ですので、であるからして、後腐れなく殺すのが一番です』

「確かめる。一つだけ――――――」


「ササ、一つだけ質問がある。おふざけなしで答えろ」

「あによぅ」

「お前はボイドか? 人間か?」

「ササさんはササさんで、ボイドとか人間とか………」

 誤魔化そうとするな。

「差し迫り確かめる必要がある。簡単なことだ。お前が人間というなら信じてやる。ボイドというなら、警戒はするが今まで通り協力する。それだけだ」

「あんたらはどうなの? ヒリューは左腕、キヌカは頭と手足がボイド。それでも人間?」

「人間だ。俺らが人間と言っている限り。………話を逸らすな」

「ふーん。でもね」

「“でもね”はなしだ。答えろ。簡単なことだろ?」

「はいはいはい、ササさんはニン………ゲッ、はれ?」

 言葉が出なく、ササは首を傾げる。

「冗談は止めろって言っただろ。『自分は人間』と言うだけでいい」

「わかってるってば。言うだけ、言うだけで、ええっと」

 ササは、苛立ちながら頭を抱える。

 様子がおかしい。

 背筋がひりつく。

 胸騒ぎが止まらない。

「ササさんは、ササさんで、つまりはそれって………サメだよね」

 ササの顔が歪む。左半面がサメのもの変わった。

「なっ」

 抱き着かれ、サメの牙が眼前に迫り、ササの姿が消えた。

 あまりの速さに反応できなかった。

 ササは、キヌカに床に叩き付けられていた。

 腕が振り上げられる。

「キヌカ、やめっ」

 彼女の手刀が、ササの心臓を貫いた。

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