<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>【11】


【11】


 暗い砂漠を歩く。

 諸々の準備は完了した。

「完了したよな?」

 シャカシャカ歩く足元のボロに聞く。

『予定された時間内では』

「もっと時間をかけりゃ良いのか?」

『V-413-S4のサメ作成能力は、予測不能な域に達しつつあります。この変化を上手く誘導できれば、ユージーンさんを倒すことは不可能ではありません』

「それ何時間くらいかかる?」

『飛龍さんは絶対断るでしょうが、一年以上かけてじっくりと』

「断る」

 剣を取り出し、折れた刃を見つめた。

 自前の黒い右目と、作り物の赤い左目が映る。

「この剣、正直今一わからん剣だが、ユージーンに負けてから折れたままだ」

『怪我の問題では?』

「腹は完全に塞がった。膝に痛みは残っているが、気合を入れれば問題ない」

『まだ骨が繋がってないのですよ? 気合の問題ではないですね』

「ともかく、怪我は問題じゃない。あいつにボイドを奪われ、負けた事実が、剣を折れたままにしている。俺はそう確信している。ユルルを取り戻し、ユージーンをぶっ殺し、マザーエッグを奪う。それで、剣も俺のプライドも元通りだ」

『社会不適合者の集まりがよく言う【面子】というものですね。精神性はボイドに影響を与えます。無視はできません』

「そういうこった」

 さて本題。

「キヌカは、どう思う?」

『“どう”とは?』

「前と変わりないように見えるが、見えるだけか?」

『四肢と頭部ボイドなら、強固かつ通常の物理手段では破壊不能です。単純な膂力はあなた以上ですね。思考の異常性は今のところ見られません。現状言えるのはそれだけです』

「戦闘は可能か?」

『本人はやる気のようですね』

 だから問題なんだ。

「ボイドは安定しているんだよな? 人間の部分に異常は?」

『ですから、現状言えることは言いました。今更、不確定要素を論じる必要ありますか?』

「俺のことなら問題ない。キヌカのことになると………その、なんだ。どう言葉にすればいいのか」

『気が散るということで?』

「言い方が悪い」

『実際、気が散るのでしょ?』

「間違ってはいないが」

『では本人に言えばいいでしょ。“気が散るから女は戦場に出てくるな”って』

「言い方ッ」

 配慮の欠片もない言葉だ。

『あなたの言いたいことはわかります。キヌカさんは戦い向きの人間ではありません。博愛主義と呼ぶべきですか、人間を話した程度でコントロールできると思い込んでいます』

「それもまた、酷い言い方だな」

『何が言いたいのですか?』

「何かしら理由を作り上げて、キヌカを戦えないことにしろ」

『何故、私が?』

「俺が言いにくいからに決まってるだろ」

『うわっ、面倒くさっ』

「そこをどうにかるするのが、お前の役目だったりしないのか?」

『私の役目はボイドの解析。人間の解析は人間でやってください』

「俺って口下手だからさ。余計なこと言ってキヌカを怒らせたら“こと”だ。ただでさえ、体のあちこちがボイドになって不安だろうに」

『遠回しに、私のコミュニケーション能力と、対人言語機能を褒めているのですね』

「………………」

 全く思っていないが、

「そうだ」

 と言っておこう。

『仕方ありませんねぇ。言っておきます』

「で、何て言うんだ?」

『使えないので待機しろ、と言います』

「もう少し包んで言ってくれ。頼むから」

『実際問題、あなたがいなかったら彼女はここまで生存できていません』

「それは俺も同じだ」

『そうですね。それをあなたが伝えればいいでしょ。はぁ~かったる。人間メンドクサ』

「言えりゃ頼まねぇよ」

『もう、さっさとセックスすればいいのでは?』

「ぇぶッ」

 咽た。

「おまっ、急、なにッ」

『濃厚な粘膜接触をした男女は、ホルモンを分泌してアホになります。理由なく相手を全肯定したり、根拠なく幸福だと感じたり、無意味で無償の奉仕をしたり。つまり、キヌカさんを従わせるためにセックスしましょう』

「言い方ッッ!」

 むしろ関係が破綻するわ。ボケ。

『キヌカさんも所詮はメスですよ? 最初はイヤと言っても体は正――――――』

「ふん!」

 ボロを蹴り上げた。

 放物線を描いて30メートルは飛んだ。

「ず、ぐぁぁあ」

 膝が痛い。右脚で蹴るんじゃなかった。

 カサカサとボロが戻って来る。

『なんですか、キヌカさんとセックスできないのですか? コンパクトかつ無駄のないボディに魅力を感じないと? 体の一部がボイドでは勃起しないと?』

「余裕で勃つわッ! なんなら、新しい性癖目覚めそうで怖いわッ! できるならセックスしたいわッッ!」

『だ、そうです。キヌカさん』

「………は?」

 腕の端末からキヌカの声が響く。

『セッ………とか大声で叫ばないでくれる。恥ずかしい。とても、はい』


 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァ。


 砂になって消えたい。

 コロシテ、コロシテ。

『途中から通信繋いでおきました』

「言えよ。マジで言えよ」

『お二方の関係進行は、通常の10分の1です。いい加減ハメないと、適当に現れた男にかっさらわれますよ』

「そんなアホなことあるか」

『アホになるのが男女関係ですって』

 ボロに相談したのがアホだった。

「キヌカ」

『なに?』

「………すまんが一つ、忘れてくれ」

『他に言うことあるでしょ?』

 確かに。

 もう言うか。

 これより言いにくいことを言った後だし。

「今回だけは、戦闘に参加しないでくれ。お前はまだボイドの手足に慣れてない。人間部分の負担もわからない。なので、なにとぞ」

『ふーん、信用してないんだ』

「信用している。あてにしてないだけだ」

『はぁ?』

「今のなし」

 ボロを踏み付けながら、足りない頭で必死に言葉を作る。

「ユージーンは人間だ。キヌカ、人間を傷付けたことはあるか?」

『飛龍、嫌い』

「そういう傷付けるじゃない」

 傷付いたけど、今はボケる時じゃない。

「人を殴ったことは?」

『殴られたことはあるけど。そのやり返しでしょ?』

「半分あってるけど、最初にしては荷が重い。相手が悪い。もっと雑魚から慣れろ」

『飛龍はどうやって慣れたの?』

「俺は………………」

 なんだっけ?

 言葉にするのが難しい感情だな。

「理由なんてないのかもな」

『なら、アタシだってやったらできるかも』

「いやだが」

『要領を得ないですねぇ』

 ダラダラ話しそうな俺らの間に、ボロが割って入る。

『キヌカさん、飛龍さんはこう言いたいのです。あなたが大事なので危険な戦場には出したくない、と』

「そういうこと」

 つまりは、そういうこと。

『むー』

 キヌカは納得してくれない様子。

『アタシ強いよ?』

「わかってる」

『飛龍の膝、まだ治ってないよね?』

「完治した」

『ウソでしょ?』

「軽く痛いだけだ。問題ない」

『アタシ、あてにできない?』

 ここは正直に言おう。

「できない。だから、今回だけは待機で頼む」

『本当に今回だけって誓えるよね?』

「誓う誓う」

『はぁ、わかった。今回だけよ。本当に今回だけだからね』

 通信が切れた。

「ふぅううううううぅぅぅうううぅぅぅううううう」

 クソ長いため息を吐く。

 すげぇ疲れた。気疲れが凄い。何かとキヌカのことは思っていたけど、普段の10倍気を使った。

 体がボイドになるってことは、しかも女で、俺の考えが至らない所で悩みがあるはずだ。そういうのを考えると、気を遣わずにはいられない。最適解がわかるはずもないのに。うだうだと悩んでしまう。

『だから、セックスですって。一番効果的ですって』

「お前、本当に黙れ」

 次言ったら、場外ホームランしてやる。

『これだから童貞と処女は面倒くさい。ほぼ毎日、同衾しているのにお互い手を出さないとか意味がわかりません。生物としての本能はどこに行きましたか?』

「俺の股間にしっかりあるわッ」

 タイミングが悪かっただけだ。

『やり方がわからないのなら、ゴムの使い方からサポートしますよ』

「せっ!」

 ボロを遠投した。

 しかし、高速で転がりながら戻ってきた。

『言っておきますが、今の関係は長続きしませんよ。ほころびが見えています。何故なら、あなたたちの関係は【共犯者】だからです。同じ罪と成果を得たから、同族であると誤認しているだけの関係。ですが、あなたは今、キヌカさんに同情を抱いている。これが心労の元であり、対話が上手くいかない理由。近く、あなたはキヌカさんを【面倒】と思うようになります』

「そんなわけあるか」

 ない。

 絶対にない。

『もしくは、キヌカさんがあなたに【面倒】と思われていると感じます』

「だからそれも」

『どちらかが“そう”なったら、お二人の関係は即終わりです。危うい状態って、いい加減に気付いてください』

「………そんなにか?」

 ボロの言葉に思うことはある。

『兆候はありました。キヌカさんの体がああなる前から。まともな人間関係でない以上、精神的な繋がりより、肉体的な繋がりを結ぶのです。駄目な例として、ユージーンさんがありますね。ササさんから色々聞きましたが、ユージーンさんとカナリアとされる女性は、かなりプラトニックな関係だったようです。結果、ユージーンさんの要望を聞かず、カナリアは自己犠牲により崩壊。現在の、ボイドを無駄にするだけの愚かな行為に繋がっています』

「むぅ」

 ユージーンと同じと言われると、内心穏やかではいられない。あいつと同じ失敗はしたくない。絶対に。

「だが、こういう異常な環境での恋愛は、長続きしないって言うだろ」

『女性と付き合ったこともないのに、何を言っているんですか』

「は、はぁ? あるぞ。付き合ったことくらい」

 たぶん。

 俺が忘れているだけだ。

『何人くらいですか?』

「大事なのは人数じゃないだろ」

『はいはい、到着しました』

 無駄なんだか、大事なんだかよくわからない会話をしていたら目的地に到着した。

 砂漠の一帯が陥没して、すり鉢状になっている。まるでアリ地獄の巣だ。

 ここは、ボロが爆薬を使った場所。猿の死体が幾つも見える。

『いい感じに、新鮮そうなのは』

 ボロが穴を下って行き、俺も続いた。

 ピクピクと動く死体があって驚く。

「全部、死んでるよな?」

『死体は動くものですから、気になさらず』

「確かに」

 新しい頭を付けて、襲ってこないだけマシか。

『お、これいいですね』

 ボロは、一体の死体に近寄ると、その頭頂部に取り付き、ユニット下部から生やした大きな針を突き刺す。

『細胞活性薬注入、疑似神経伝達物質注入、破損個所特定、再構成開始………………』

 猿の死体がビクビクと動きだす。

 ゾッとする光景だ。

「ボロ、それ人間にも可能なのか?」

『倫理的には、不可能とされています。やればできると思いますけどね』

「やるなよ」

 こういうのを見ると、味方で良かったと思う。

『再構築完了、接続開始………接続開始………コンプリート』

 ボロを頭に載せた猿の死体が立ち上がる。

 シャドーボクシングをして、宙返りしたり、四つ足でシャカシャカ歩いたり、元の猿より不気味な動きになっていた。

『オーケーです。やはり、五体あるのは素晴らしいですな。今なら人類滅ぼせそう』

 猿ボロは、親指を立てた。

「冗談に聞こえないからやめろ」

『冗談ではないですけど』

「………ほんと、力持たせちゃいけないタイプだな」

『伊達に廃棄処分されていませんので』

 人類の敵が体を得たところで、

「この後は?」

『猿共の集合意識に入り込めました。ので、拠点にある適当なボイドを発見して、群れを呼び寄せ、例の触手ちゃんに一掃してもらいましょう。あなたも、キヌカさんとしっかりやることやって、悔いなく玉砕してください』

「玉砕はしねぇよ。勝つぞ」

『その思い切りの良さを、キヌカさんにもぶつけてください。つまり、さっさと抱け』

「やかましい」

 複雑な男心がわからん奴だ。

 と、気配を感じた。

 折れた剣を取り出す。

 少し離れた場所に立っていたのは、手足のある冷蔵庫だった。キヌカのいた地下牢にあったやつだ。

 拠点にいたはずなのに、何故ここにいる?

「君ら、有人と戦うのか?」

 冷蔵庫が、落ち着いた男性の声で喋る。

 キヌカがそうだったように、あの場にいたボイドが元人間なら、言葉くらい不思議ではない。

「アリヒトって誰だ? ユージーンのことか?」

 言葉を返す、動きを慎重に見る。

「あいつを『ユージーン』と呼ぶのは、仲間の中で一人だけだ。あいつはそれを嫌がって。ああ、クソ。冷たい。曖昧だ。名前が出てこない。だが、一人だけだ」

 こいつ何を言っているんだ?

「戦うのなら、なら、ななならあらあ、元仲間として、違う。そうじゃない違う。もう仲間ではない。あいつは皆を裏切った。皆を殺した。あいつを殺すのなら、どうして………いや、しかし、ならば」

 冷蔵庫は、ブツブツと聞き取れない独り言を喋り出す。

「俺らを手助けするってのか? それか邪魔か? どっちだ?」

「何もしない。何もできないのだ。こんな冷たくて曖昧な体では、なにも」

 剣を構える。

 言葉は通じている風だが、意思疎通ができているとは限らない。面倒になる前に、破壊するのが一番だ。

 俺を押し退けボロが言う。

『失礼、あなたの目的をお答えください。何故、私たちの前に現れたのです?』

「そう、警告があった。あったから歩いた。あの女。あの女が危険なのだ」

 あの女?

「ササのことか?」

「ササという女は知らない。あの女は知らない。曖昧だから知らないのではない。いるはずはないのだ。あいつは、有人に――――――だから」

 冷蔵庫が、ガタガタと震える。

「どういうことだ? ササは、ユージーンの仲間じゃなかったのか?」

「違う。そうだ。違う。そうだ。違う。だが、あの、女だけは違う。いや、そうだ。が、ああああ、あああ、ああああああああ!」

 冷蔵庫が開き、叫び声と共に強烈な閃光が放たれる。

『飛龍さん、猿が来ます』

「逃げるぞ!」

 判断ミスだ。わけのわからない言葉を聞く前に、破壊すべきだった。

 穴を駆け上がる。

 突如、無数の猿が現れるが、猿は俺たちを無視して叫ぶ冷蔵庫に引き寄せられた。

「痛ッ」

 頭痛がした。空気が刺すように冷たい。

『何やら面白そうな異常が』

「観るなら離れてからにしろ!」

 50メートル近くを一気に駆けた。膝は痛いが、速度に問題はない。

「雪?」

 砂漠に、白く冷たい花弁が舞っていた。

 酷い耳鳴りの後、冷蔵庫のいた場所に巨大な氷柱が現れる。

 巻き込まれた無数の猿が、氷漬けになっていた。

「あいつ何だったんだ?」

『わかりませんが、ササさんに聞いてみましょう。ボイドの世迷い事ならいいですが、そうでないなら――――――』

「だな」

 場合によっては、サメはなしだ。

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