<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>【09】
【09】
だだっ広い生活空間の奥には、ササの工房がある。
両開きの鉄扉で遮られた工房だ。そういう仕掛けがしてあるのか、俺の余裕がなかったのか、今の今まで扉の存在に気付かなかった。
ドュルドュルドュルドュルドュルドュルドュル♪ デデン♪
と、キャロラインが小太鼓を叩いて、ササが扉を開ける。
「てってれー!」
出てきたのは、人間を一飲みできる巨大なサメだ。しかしそれは――――――
「おい、ササ」
「あによう?」
「説明を求む」
猿対策一号のサメは、俺たちを困惑させるサメだった。
「ヒリューがね。頭が多いのはもうあるって言うからさ。発想を逆転させて、尾びれを増やしてみました! 名付けて、ナインテールシャーク!」
そのサメは、尾びれが六つあった。
扇状に広がった尾びれだ。
「飛龍。あのサメ、なんで浮かんでいるの?」
「キヌカ。そこは気にしなくていい。ササのサメはそれが普通だ」
「ごめん、普通の意味がわからない」
「ササさんは、いつも常識と戦っております」
俺は折れた剣を取り出し、ナインテールシャーク(シックステール)を真っ二つにした。絵の具の匂いがする血をまき散らし、サメは幻のように消える。
「あんぎゃー!」
「ふざけてんのか、ササ。尾びれが増えても、戦闘能力はサメ一匹分と変わらないだろうが!」
「逆転の発想は大事でしょ!」
「逆転する前に、基礎をどうにかしろ! いいから黙って頭増やせ!」
「はいはいはいはい! 頭を増やせばいいんでしょ! やりますよ、やってやりますよ!」
小一時間後、
ドュルドュルドュルドュルドュルドュルドュル♪ デデン♪
「てってれー!」
扉が開くと、新しいサメが現れる。
団子状に頭が三つ並んだサメだ。
「注文通り増やしたわよわよ! 名付けて、団子サメ兄弟!」
「………体はどうした?」
頭だけのサメは、風船のようにプカプカ浮いている。
「いる?」
「ふん!」
剣を振り下ろす。
頭だけのサメは回避できるはずもなく、真っ二つになった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
「真面目にやれ」
「はい、すいません。ササさん、ちょっと遊んでました」
再び小一時間、
デデン♪
「てん!」
扉が開くと、二頭一対のサメが現れた。
注文通り、頭は二つ尾びれも二つある。二頭のサメの体が半ばでくっついて、一つになっているサメだ。
「比翼の鳥ならぬ、比翼のサメ。うーんロマンチックですなぁ」
ササは、自分の仕事に惚れ惚れしている。
「最初からこれにしろよ」
「遊び心って大事でしょ!」
「時間の余裕がある時にはな!」
今、遊んでる暇はない。
「ねぇ、飛龍一つ聞いていい?」
「なんだ?」
キヌカはサメを見ながら一言。
「なんで、頭が増えると強いの?」
「そりゃ頭二つで火力も二倍だろ?」
極普通の理屈だ。
「いや、それがわからないんだけど。頭が二つもあったら、体はどう動かすの?」
「………………」
言われてみれば確かにそうだ。
俺は、片付けてない皿を手に取る。それをサメに向かって投げた。サメは、二つの頭で皿を食おうとする。
だが、皿は床に落ちて割れた。
我先にと、二つの頭が動き、皿を食えずに落としたのだ。
サメの右頭が、左頭を頭突きした。
八つ当たりのようだ。
左もやり返した。
右も黙っていない。
左右の頭が頭突きし合い。ヒートアップして、ビジビジっと体が裂けて二つに別れた。
別れた後、二頭のサメは死んで消えた。
ササは静かに言う。
「比翼のサメは、一匹では生きられないのです。二匹揃って泳がねばならぬのです」
「些細なことで喧嘩別れしたがな」
その後、頭を三つや、四つ、最終的に八つまで増やしたが、その全部が自滅した。
「ボロ、もしかして頭が多いのは駄目なのか?」
『むしろ、何故いけると思ったのか教えてもらえますか?』
「映画では、なんか強そうだった」
『………………愚かな人類よ、別のアプローチを試しましょう』
なんてこった。
「ササ、別のアプローチだ。凄い強い奴を頼む。ドーンとこう、一発でなんとかできる感じの」
「そんな適当な注文でサメが作れるとでも? 具体的にお願いします」
具体的と言われると難しい。
サメ映画の記憶を思い出し、ぽつぽつと口にする。
「ゾンビだったり、タコと合体したり、トルネードと合体したり、恐竜と合体したり、メカだったり、砂浜を泳いだり………いや、こっちは空飛んでるか。家の至る所に突如現れたり、幽霊であったりも………………あ、チェーンソーを持ったりもする。他に、無駄に長い環境映像や、意味のない会話シーン、森を歩くシーンに、チープな特殊効果。ビキニ姿の金髪美女は絶対必要だよな、絶対」
「飛龍、大丈夫? 疲れた?」
キヌカに心配された。
確かに、疲れた時に見る悪夢みたいな内容を話していた。
「で、どうだ? ササ」
『飛龍さん、真面目にやってもらえますか?』
ボロにツッコまれたが、
「待ってメモしてるから」
ササはいたって真面目にメモをとっている。
「ササさんまとめます。ゾンビのようなしぶとさ、タコのような触手、トルネードは意味がわからないから却下、恐竜と合体――――――なんの恐竜?」
「ティラノサウルスとか?」
「水辺ならスピノサウルスでしょ? ヒリューのお馬鹿さん」
イラッとしたが我慢。
「ササさん、メカは門外漢なのでパス。砂はフツーに泳げます。突如現れるってことは、形態が不安定になるから難しいかなぁ。姿形が決まっていないと安定しないし脆い。幽霊ってのがよくわかんない」
「透けてればいい」
「スケスケね。クラゲっぽくすればいいのかな、それ必要ある? それとチェーンソーね。物資にあったかなぁ。ちなみに、生やすの? 持たせるの?」
「持ってればいい」
「チェーンソーは持たせる、ね。メモメモ。ビキニ姿の美女も忘れずにっと」
それは忘れてくれ。
「他にはない? ササさん、チマチマやるの飽きてきたから一気に作っちゃう」
「そうだな………………」
一瞬だけ迷ったが、二体だけならいいかと見せる。
「マンハンター」
左腕から取り出したのは、フラクタル模様の布の塊だ。
「こいつは、銛をぶん投げるボイドだ」
「なんか貝っぽいね」
ササは、感覚だけで本質を見抜いた。敵に回ったら面倒な才能だな。
「姿を見せろ」
と、命令するが布の塊は動かない。
「ん? おい、マンハンター。戦わなくていいから、姿を見せろ」
返事の代わりに、銛が一本布から出てきた。
「もーらい」
ササが銛を拾う。
マンハンターに呼びかけて命令するが、まるで聞きやしない。仕方ないので回収して次、
「ラストリゾート」
「あ、上杉の」
俺の腕に留まった鳥を見て、キヌカは反応した。覚えているようだ。
「こいつは………………おい、鳥。お前何ができるんだ?」
吸い込んで吐き出すとか、そんな風だとは思うが。自律タイプは使ってみないとわからない。
「クェッァ!」
「痛っ」
鳥は、四つの翼で俺の頭を叩く。微妙な痛さと風で目が開けない。
手で払うと、左腕に勝手に戻ってしまった。
「その鳥は何ができるん?」
「忘れろ、ササ」
こいつも言うこと聞かないか。
戦闘になれば動いてくれるとは思うが、やはりユルルは特別だったな。
『大体、三日ほどで機能を失い四日で消滅する』
ユージーンと敵対してから50時間、大体二日が経過した。奴の言葉を信じるなら、ユルルを回収するには、残り二日で決着を付けなければならない。
できるなら後一日で仕留めたいが、それはササのサメ次第だ。
「うーむ、ううーむ」
ササは自分のメモを見て唸る。
「で、いけんのか?」
「ゾンビタコ恐竜クラゲで、チェーンソー持ったビキニ美女………………うん、全部サメでいける」
「いけるのか」
最早サメとはいえない要素が盛り沢山だが、クリエイターがいけると言うのなら信じよう。
「大船に乗ったつもりで、ササさんに任せなさーい」
サメ作りだす奴の船に乗りたくないなぁ。絶対沈没するだろ。
小一時間………………経過したが、扉の開く気配はない。
更に小一時間後、動きはなし。
急かしたいが、中途半端に変なもんができても困る。焦る気持ちを抑えて待つ。
キヌカの、新しい手足の慣らしで時間を潰した。
「やだ。これ凄いよね?」
「凄いな」
部屋内を往復して走らせ、飛び跳ねたり、軽く組み手をしたり、片足での爪先立ちや、小指で逆立ちして全体重を支えた。
彼女の手足は、速く、強く、丈夫だ。人間の比ではない。単純な速度と力だけなら俺以上でもある。
そして、
「全然疲れないんだけど、この足なら前よりも楽に歩ける。血もでないし、割れる爪もないし。良かったぁ。正直、移動が一番ツラかったのよ。気を使われるのもイヤだったし、置いて行かれるかもって思うとツラかったし」
「置いてくわけねぇだろ。担いででも連れてくぞ」
「そういう………ま、いっか。飛龍が倒れたらアタシが運んであげる」
「へぇへぇ、その時は頼む」
本当に、ただ速く、強く、丈夫な“だけ”の手足なら良い。だがボイドが、そんな都合の良い存在であるはずもなく。見えていない代償があるはずだ。
今からでも、あのムカデ野郎を尋問しに行くか? まだあそこにいるかは不明だが。
『キヌカさん、左です。左が肝心です。腰を落とし足を開き、シュシュっと』
ボロ指導の元、シャドーボクシングをするキヌカをしばらく眺めた。
良い左ジャブだ。
『ワンツーワンツー、ボディ、ボディ、ボディ、レバー、ボディ、敵がガードを落としましたよ! アッパー、ストレートでフィニッシュ!』
ボロが熱くなっていた。
こいつ殴り合いが好きなのか? ロボの癖に変な趣味だ。
「ヤッバ、体動かすの楽しい」
キヌカの額に爽やかな汗が浮かぶ。
「異常があったら些細なことでも言えよ。普通の体じゃないんだからな」
「それじゃ」
キヌカは少し考えて言う。
「汗拭いて、髪梳いて、着替えさせて、マッサージも。アタシを労わって、その分働いてあげるから」
「そのくらい良いが………」
もしかして、これが代償か? ご褒美だぞ。
「あ、髪。髪型。飛龍どうする? アタシ、こんな長いの面倒なんだけど」
「確かに戦闘では邪魔だな。前の短いのも好きだけど、今の長いのでも――――――」
「短くしちゃおう」
キヌカの腰まであった長い黒髪が、肩にかかる程度の長さに縮まる。
『髪を操作できるのですね? 長さの調整以外の動きは?』
「んーんー」
ボロに言われ、キヌカは身震いする。
「無理っぽい」
『では目の変化は? 顔は? 手足も別の形に変化できるのでは? 新しい部位を作りだすことは可能ですか?』
「ボロ止めろ。キヌカは本調子じゃないんだぞ」
急かすボロに蹴りを入れた。
「飛龍、アタシの目って変?」
無感情な緑眼が俺を見る。
ゾクッと心の内側を覗かれた気がした。
「いや、そのままで十分だ」
受け答えは慎重にしないと、髪で見た“変化”に嫌な予感しかない。
ガチャと扉が少し開き、ササとキャロラインが出てくる。
「いやぁ、驚きの超大作ですわ。ササさん自分の才能が怖い」
「できたのか?」
「ふっふっふ~」
不敵に笑うササ。
キャロラインが小太鼓を鳴らす。
扉が開いて出てきたのは――――――
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