<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>【08】
【08】
「うわ、マッズ」
「だろ? 人間の食い物じゃねぇよ」
「食べ物のレベルに至ってないわよ」
「栄養はあるらしいぞ」
「栄養だけあっても味がこれじゃ、精神的によくない」
「うむうむ」
俺は大いに頷いた。
「そこまで文句言うなら、食べなきゃいいでしょー。フーンだ。フーン!」
「ササ、まともな食い物を寄越せ」
「“まとも”とは? オートミールはササさんにとって“まとも”な食べ物です。ヒリューの“まとも”を押し付けないでもらえますか? てか、慣れりゃいいじゃん」
「人間が、動物の飼料に慣れることはない」
「止めてよ飛龍。飼料とか言うから、ペットフードに見えてきた」
「ササさんがペットですと!? サメのペットという意味なら………いや、普通に腹立つんですけどね」
「いいから普通の食い物を寄越せ。俺から奪った物資にあるだろ」
「制服は返してあげたでしょ! 他はササさんの物!」
キヌカは、いつも通りのパーカーと制服姿に戻っていた。ただ関節部分が巻き込んでしまうため、タイツは履いていない。
俺の制服も新品に交換した。
だが、飯はオートミールのままである。
「まあまあ、飛龍。今回は我慢するから、次はわからないけど」
「キヌカ先生、何ですかその目? シャークアイより鋭いんですけど」
とりあえず耐えに耐えて、オートミールという最悪の終末食による食事が終わった。
次は、ササをふん縛ってでも食べ物を食べよう。何度も言うが、これは人間の食い物ではない。家畜の餌だ。
『さて、現状を整理しましょう』
クソ不味い飯の後、ボロが仕切りだす。
『状況は最悪です。飛龍さんが敵施設を破壊したことにより、収監されていたボイドが逃走、探索のため猿型ボイドが活発化、拠点周辺にも出現しました。あなた方が呑気に寝ている間、私がどれだけ身を粉にして猿避けをしていたと思いますか?』
「具体的に何をした?」
猿の対策があるなら知っておきたい。
『音で誘導して落とし穴に落とし、投下ポッドに搭載された爆薬を使って爆破しました』
「倒せたのか?」
『退けることはできました。………爆破耐性ついちゃいましたけど』
「駄目じゃねぇか」
『いいえ、様々なことがわかりました。一つに、あの猿とユージーンさんのコミュニケーション方法です』
「ほう」
『群れがダメージを受けると、真っ先に逃走する個体がいるのです。跡をつけたところ、根城である高層ビルに帰還していました』
「伝令か?」
『ですね。猿とユージーンさんは、口頭に近い形でコミュニケーションをとっている。これは間違いないかと』
割と有能だよな、こいつ。
褒めると調子乗るから黙っておくけど。
「伝令を潰せば、馬鹿猿に過ぎない。………か?」
『あの猿の能力は、死に起因した進化。死に至らなければ、多いだけの猿に過ぎません』
「いや、多いだけでも十分脅威だが、なんか滅茶苦茶重かったし」
見た目の何十倍も重たかった。
俺もユルルも、それで動きを止められた。
『形状では考えられない重量です。しかし、こちらもそれを利用すれば良いかと』
「ああなるほど、落とし穴か」
掘るか、穴。
『私が使用したので、耐性ついていそうですけどね』
「ダメじゃないか」
『進化とは何だと思いますか?』
「急にどうした?」
クイズは苦手なんだが。
キヌカは小さく手を挙げる。
『はい、キヌカさん』
「何かの可能性を捨てて、別の可能性を得ること?」
『正解。120ヴァージニアポイント進呈。5万ポイント貯めると粗品と交換できます』
気が遠いな。
「ふむふむ、ササさんもそう思っていました」
ササはどうでもよし。
『進化には落とし穴があります。進化である以上、必ず。知恵を得れば惰弱になるように。頑強な獣が理性なく愚かであるように』
「重さが原因で死ねば、軽くなるってことか?」
『ブッブー、飛龍さんゼロポイントです。進化には段階があるのです。【重い】から死ぬ、ならば【軽く】ではなく。【浮遊・飛行能力を得る】。その中で【軽く】なる。もしくは【落下時の衝撃に耐える肉体となる】が近い進化です』
「衣食住を共にした友人を裏切って、ぶっ殺されるってのも進化にあるのか?」
自然と口から出た。
俺って根に持つタイプだったようだ。
『あなたの個人的な恨み言はさておき、猿を攻略する糸口はこの進化にあります』
「強みは、弱みにもなるってことか」
『そうですね』
「で、なにすんだ?」
『進化させまくります。あらゆる死に対応した生物は強者です。しかし、脅威ではないのです。死を与え続け、進化で雁字搦めにしてやりましょう。幸運にも、数多の生物を生み出せるボイドがいることですし』
俺とボロは、ササを見た。
「ササさんは、サメしか作れないけど?」
「ササ、多種多様なサメを作れ。俺らも協力してやるから」
「ならば、がってん!」
ササは嬉しそうだった。
こういう他人を頼るのは気分が良くない。大体エリンギのせいだ。あの野郎、復活したらボコボコにしてやるからな。
「伝令役を上手く狩れたとしても、ユージーンの邪魔は入るだろ」
『高確率で入るでしょう』
「なあ、ササ。ユージーンの奴は水槽の前から動くか?」
「動かないでしょ。当たり前でしょ。一番大事な物なんだから」
ならば、
「視界さえ遮断できれば猿と分断できる」
『遮断できますか?』
「やるしかないだろ」
一時的なら問題ない。
ただユージーンのボイドの力が俺の予想通りなら、簡単に掃われる。巨大な物体、天候や、闇ですら斬り払われる可能性が高い。
「その、ユージーンって人のボイドは何なの?」
キヌカに聞かれたので、俺は答えた。
「左目に映った空間の、遠近感を無視して干渉する。ただ物質の強度までは変更できない」
『と―――飛龍さんは予想しています』
「ボロ、予想が外れていることは?」
『もちろんありますよ。ですが、方針転換する余裕はありません。外していたら全滅する覚悟で挑むだけです』
俺は、キヌカに自信満々で言う。
「大丈夫だ。外してない」
「根拠は?」
「勘」
「勘ねぇ。まあ、そっか。それでここまで来たもんね」
キヌカは、困り顔で笑った。
『視覚を遮断して、猿にサメをぶつけるとして、肝心のユージーンさんをどうするべきか。飛龍さんの手札では、勝算はとても低いです』
「ああ、それな」
実は思い付いている。
キヌカと手を繋いで寝たから思い付いたのだが、それは恥ずかしいから言わないでおこう。
「ユージーンは、あの場から動かない。動く必要のないボイドでもある。だから――――――」
俺は、ユージーンの攻略方法を話す。
いざ言葉にすると、アラの多さが目立つ。いつものことである。
しかし、
『いけると思います』
ボロは賛同してくれた。
「飛龍、それ悪役のやることじゃない?」
キヌカの反応は今一。
「俺は悪役の方だぞ」
「ウソでしょ。それじゃ、アタシもそっちの方じゃない」
「そうなのか?」
「共犯者でしょ」
「そうなるかな」
俺って、いつからこうだっけ? 最初からか? それとも穴に落ちた時から? 折れた剣を手に取った時から? それで人を斬り殺した時から? 俺のルーツって、どこからだっけ?
「んー」
キヌカは、小さく唸る。
「そのユージーンって人、説得できない?」
「無理だ」
『無理ですね』
「ササさんも無理だと思いまーす」
「みんなで否定しなくても」
キヌカは、シュンとしていた。
今の俺は、ユージーンの内情を理解できる。理解できる体験をしてしまった。
「てめぇの女が死んだから、ボイドを集めて“なかった”ことにしたいのさ。アホ過ぎて言葉が通じるとは思えねぇよ」
「言い方」
キヌカにやんわりと怒られた。
ボロが言う。
『人間同士の浅はかなコミュニケーションをとりたいのなら、敵を倒し、拘束した後にしましょう。つまり、さっさとサメを作りますよ。皆で協力して大量に最良を』
こいつの言い方が一番よくない。
「サメかぁ、アタシ役に立たないよ?」
「キヌカには、色使いとか、芸術的な側面で意見を頼む。そういうの得意だろ? 前にベクなんとかって画家の話もしていたし。色にも詳しかったし」
キヌカは、人形のような顔で首を傾げた。
「芸術? アハハ、ないない。アタシ全然わかんないよ。そういうの」
「え? あ………そうか?」
謙遜しているのかとも思ったが、本当に知らないようだ。
俺の勘違いか?
だが何か、少し、言語化できない不安が胸を焼く。
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