<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>【06】
【06】
「だ~れだ~?」
横から声がしたが、俺は人形から目を離せない。
犬が吠え、水っぽい音と共に悲鳴を上げて黙る。
「これは僕の作品かな? でも、脆いなぁ。脆い作品は作ってないからなぁ~誰のだ~?」
金属の不協和音と、肉の破れる音。
不快な音の主を睨み付ける。
似ているモノを上げるなら、直立した人間サイズのムカデ。胴部はぬらぬらと赤く、脚の代わりに青白い人の腕が多数ある。その手には、血で錆び付いた様々な手術器具、調理器具、工具が握られていた。
頭部も昆虫のものではない。肌色の肉の塊に、白いペンキで丸い目と三日月のような口が描かれていた。
そいつは、犬の死体を解体しながら口を歪ませ喋る。
「やぁ! 気付かなかった! 新しいヒトかな? 僕は、レインメーカー。いわゆる人造修理人だよ。みんなは親しみを込めて【シェフ】って呼ぶんだ! 君はどんなボイドになりたいかな?」
「これは、なんだ?」
人形の牢の格子を叩く。
「それかい? それはまだ、“作りかけ”だよ。壊れた脆い手足、砕けた背骨、割れた頭部の一部を頑丈な物に取り換えて、髪も鼻筋も遺伝子的に正しく、美しい形に整えたのさ。目はお楽しみだよ。お人形さんは目が命! 僕これ、一番大事なの知っているから!」
「作って、完成、で、どうする?」
唇が震えて、言葉が上手く出ない。
「完成したらユージーンさんに出荷だよ。でもまず、頭は空っぽにしなきゃ。人形は人形だから、変に人間だとお客さんは不気味に感じちゃう。あとねぇ、女性機能を残すかどうかで、すっごく悩んでいるんだ。“使って”遊びたいお客さんもいるけど、お人形さんは見て愛でるのが正しい遊び方だからね。あーでも、生殖能力だけ取り除いて“使える”ようにするのもアリかな? そこのところ、お客さんの意見を取り込まなきゃ。君はどっちがいい?」
腹の傷が開いた。
俺の手には、折れた剣があった。
『敵から情報を得ようと思ったのですが、これは仕方ないですね』
「そうか」
真っ二つになったムカデが、ずるっと崩れた。
剣を振って血を払う。こんな化け物でも血は赤い。
『しかし、【シェフ】ですか。人間を加工してボイドに作り替える存在がいる、という噂がありましたが、本当にいたとは』
「いてててっ」
半分のままムカデが立ち上がった。
「痛いなぁ、困るなぁ、この体気に入っているのに」
「マンハンター」
二本の銛がムカデを地面に縫い付ける。
まだ修復中だからか、マンハンターの腕だけを呼び出せた。幸い、威力にさほど変化はない。
「あだだだだッ、お客さん! お客様! 困ります。困りますぅぅぅ! 僕を攻撃されても、商品の品質は上がりません!」
「ボロ、急所はどこだ?」
『心臓にあたる背脈管は潰れています。頭部も半壊。それで問題なく活動できるのなら、神経節を全て潰すしかないかと』
「つまり?」
『細切れにする、もしくは焼き尽くす。ですが、強力なボイドはあの猿に探知されるでしょう』
「時間がないか」
口に広がる血を飲み込む。
牢の格子を斬った。
抱き上げた人形は、ズシリと人の重さ。だが、キヌカより少し軽い。
「お客様! 本当に困ります! ちょっと待ってください! その人形は未完成品ですよ! せめて完成させてから持って行ってください! サポートききませんよ? もしくは、他の出荷待ちのボイドで我慢してくださいよー!」
去りながら、他の格子を斬っていった。
開いた牢から続々とボイドが出てきた。彼らは俺やボロに目もくれず、ムカデに向かって行く。
「え? え? 君たちどうしたの? 機能に不満があるの? 改善案ならいくらでも聞くよ? アハハ! アハハハハ! そうか、お腹が空いていたんだね! 僕の体でいいなら沢山お食べ!」
毛むくじゃらの獣や、カラスに体を食われても、ムカデは笑っていた。
癪に障る笑い声だ。
そう思ったのは俺だけではないようで、やかましい顔が、冷蔵庫とカバに潰されるのを尻目で見た。
だがまだ、笑い声は消えない。
俺たちが遠く離れるまで、ずっと笑い声が響いていた。
拠点に戻ってきた俺は、キャロラインが洗濯していた制服に着替えた。ギリースーツのままでは、彼女が目覚めた時に混乱してしまうだろう。
傷は、まあ後でどうでもいい。
人形を抱いて壁に寄りかかった。
右手には、折れた剣を忍ばしている。
「ねーねーねーねーねー」
「うるせぇなぁ」
帰って来てから、ササが妙に絡んでくる。鬱陶しい。
「その人形が、あんたが探してた人なの? 人形だよね? ボイドなの? そういう趣味なん? 別に人の趣味にケチつけるつもりないけどさ」
「人間だ。あの地下牢でボイドに………ササ、あいつを知っていたのか?」
「地下牢? 知ってたって誰のこと?」
とぼけているのか、本当に知らないのか。
今はどうでもいいか。
「触っていい? 髪超キレイじゃん」
「殺すぞ」
「殺すはないでしょ! もっと段階踏んでよ!」
「半殺しにするぞ」
「それそれ、って違うし」
「三分の一に斬り刻むぞ」
「死ぬって!?」
「黙れ。起きちまうだろ」
「起きるの待ってるんでしょ?」
「………ああ」
だがどこかで、目覚めないで欲しいと思っている。
ボロが人形を調べた結果、四肢と頭部の一部以外は人間に近いとわかった。それに球体関節の手足は、触れれば温かく、剣で小指の先を斬ったところ血が流れた。血中のボイド汚染濃度も5パーセントと低い。
艶やかな黒髪は、触れれば砂のように手からこぼれた。
ビスクドールのような肌。
愛らしい顔立ちと、頬と唇の柔らかさは変わりない。
眠っている人形は、キヌカそのものに見える。
しかし、と考えてしまう。
「ササ」
「あによう」
「人形が目覚めて、俺を殺したら。人形を処分してくれ」
「えーもったいない」
「キヌカは俺を殺してまで、生きたいとは言わない」
「それって、あなたの思い込みですよね?」
「かもな」
俺のエゴだ。
「それじゃ、俺を殺して俺を食ったら殺してくれ」
「人食い人形ってこと? むむ、なんかサメに生かせそう。人食いのサメとか?」
「普通だろ」
「はぁーやだやだ、サメ偏見、サメ差別。サメが獰猛で人を襲うのは映画の中だけ! サメは割と臆病で慎重で多様性に溢れた素晴らしい生物なのよ!」
「あ、はい」
「興味もてや」
「心に余裕ができたら興味持ってやる」
「ほんと? 約束だかんね!」
「ああ、はいはい」
ボロがカサカサと傍に来る。
「そっちはどうだ?」
『あの存在に、敵意はないかと』
離れた場所では、キャロラインが冷蔵庫を磨いていた。
ただの冷蔵庫ではない。白くレトロなデザインで、ひょろ長い手足のある冷蔵庫だ。牢にいたボイドだが、何故かこいつだけは俺たちについてきた。
「まあ、後でいい。暴れたら壊すだけだ」
『暴れるといえば、そちらは?』
「どちらも、そちらもない。まだ寝てる」
『その後の行動は――――――』
「覚悟は決めている」
キヌカの姿をした別の何かが、人を殺し喰らうモノなら、迷いなく殺せと自分に言い聞かせている。
『それは良かった。間違っても後追い自殺はしないように。マザーエッグを使用するプランもあるのですから』
「するわけがない。ユージーンは必ず殺す。マザーエッグもな」
『左様で』
「んっ………………」
人形が、小さい声を上げて体を動かした。
目が開く。
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