<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>【04】


【04】


 10分後、サメが飯を運んできた。

 受け取ったサラダボウルを見て感想を言う。

「飯?」

 らしきものだ。

「そうよ。ありがたく、ありがたーく食べなさい。栄養満点の残り物なんだからね。新鮮な物資が手に入ったから在庫処分よー」

 サメの背ビレに乗ったササが言う。

 その『物資』は俺らから盗んだ物だが、今は我慢しておこう。怪我を治さないとサメも倒せない。

 で、怪我を治すために食うものが、

「飼料だよな?」

 人間の食い物とは認めたくない。

「はぁ? オートミールよ。オートミール! 完全食品よ! 知らないの? ぷぷっ」

 オートミールは、似ているものをあげるなら、潰れて死んだ米を三日ほど外に放置した物。人間の食い物には見えない、思えない。

「本当はそのまま食わせようと思ったけど、人工乳飲料も入れてあげるわよ」

 サメが、俺のサラダボウルにドバドバと牛乳っぽい液体を注ぎ、スプーンを挿す。

「………………」

 これの見た目は表現したくない。

 古いSF映画で、べちゃべちゃの飯が原因で人類を裏切った男がいたが、その気持ちがよくわかった。

「おい、ボロ。これは本当に食い物なのか?」

『オートミールですか? 食い物ですよ。見た目は人間の吐―――――』

「やめろ。マジでそれは言うな」

 考えないように我慢していたのに。

『栄養はあります』

「心が痩せそうだ」

「変なの~こんな美味しいのにね? キャロラインちゃん」

「グー」

 ササは袋に入ったオートミールを食べ出す。スナックのようにボリボリと。

 サメもオートミールを食べた。というか、口に流し込んだ。ユルルがものを食わないから、違和感のある光景だ。

「はぁ」

 傷の痛みと嫌悪感でスプーンを持つ手が震える。ゲテモノはなんとやらと言うから、実は美味しい可能性もある。

 だが、この見た目は本当にアレだ。

 目をつぶり、耐えて………耐えて食ってみた。

 食感は、濡れた段ボールだ。

 味はよくわからない。

 味あるか?

 人工乳飲料の薄い牛乳の味はするけど、オートミールからは味らしい味はしない。噛めば噛むほど穀物の匂いが広がるだけ。

「ボロ。もう一度聞くが、本当に栄養はあるのだな?」

『あります』

「食い物の域に達してないと思うが、栄養はあるのだな?」

『薬だと思って耐えてください』

「………わかった」

 馬になったつもりで無心で食った。

 耐えて食い尽くした。

 人としての尊厳が削れた。食べたのに痩せた気がする。

「人の物資で食う飯は美味いでしょ?」

 ササとサメがチョコを食いながら言う。

 それを寄越せと飛び掛かりたいが、まだ起き上がることもできない。

『さて、飛龍さん。ユージーンさんのボイドについて正体がわかったと?』

「ああ」

「えっ、うっそ。こんな野良犬みたいな男が?」

 ササは無視。

「あいつのボイドは、遠近感を無視する」

 手を振りかざすだけで、映ったモノに干渉できるボイドだ。

 あいつの攻撃は斬撃だった。

 俺も、俺のボイドもそれで斬られたのは間違いない。ただ、刀の傷跡でありながら本来の刃よりも大きい傷跡だった。

 そして、傷のタイミングだ。

 あいつが刀を振るのと同じタイミングで斬られた。何かを飛ばしていたのでは説明が付かない速度。空間を支配していたとしか思えない力。

『遠近感ですか、空間を掌握して干渉するのですね』

「恐らく、左目で見える範囲だな。手首を返し細かく刻む、独特な刀の振り方をしていたから勘付いた。後………そうだな。たぶん、物質の強度には干渉できていない。元の強さのままだろう。でなけりゃ、刀なんて使わず指を振るだけで、俺やボイドを斬れたはず」

「ササさんは見逃しません。『恐らく』『たぶん』『はず』という言葉が目立ちます。確証なーいじゃん」

「俺の体験が確証だ」

『その通りです。身をもって知ってこそ、ヘル・シーカーです』

 珍しい。

 誉め言葉だ。

「へーへー。で、どーすんのさ?」

「これから考える」

「はぁ~それ全然でしょ。ぜーんぜん」

 腹立つ女だな。

「それじゃ、お前は何か策はあるのか? 元仲間で、しかもここまで生き残っていて何もわかってなかっただろ」

「知ってますぅぅーササさんは知ってますぅぅー。例えばあの猿! ちょー面倒な猿!」

 ユージーンのボイドが強烈過ぎて忘れていたが、あの猿も厄介だった。

「あの猿は、番号は忘れたけど【101匹目の猿】って名前」

「どんなボイドだ?」

「姿は猿。増えたり減ったりするボイド。100回死ぬとその【死因】に対応した101匹目を生み出す。んで、それを次の100匹に伝播させて進化するのよん」

 おいおい。

「ユージーンのボイドより強くないか? やりかた次第じゃ無敵のボイドを作れるぞ」

「それが万能じゃないんだなぁ。忘れちゃうのよ、時間の経過と共に対応した【死因】を」

「どのくらいの時間だ?」

「二日に一つくらい? たぶん?」

「言ってといて、お前も『たぶん』かよ」

「はーい、自分のこと棚上げー!」

「お前から先にいっッッ」

 傷の痛みで声が詰まる。

 こいつと話すと、知能が中学生レベルまで落ちる。

『小学生みたいな会話は止めてください』

 ボロ、嘘だろ?

『ササさん、【101匹目の猿】についてもっと情報を』

「あいつらサメが苦手! だからササさんは強い!」

「苦手なのか、お前が強いのか、どっちだよ?」

「両方ですぅぅぅ!」

 保父さんになった気分だ。絶対になれない職業だが。

「ササさんのサメは、独創的でオンリーワン。だから、猿は対応できないのだ」

「サメの攻撃手段っていったら噛み付きだろ? それに対応できないのは何故だ?」

 丸っこい二足歩行のサメに殴られたけど、それはそれ。

「………………さ、さあ?」

 ササはそっぽを向く。

「お前、嘘ついてないか?」

 へったくそな口笛が響く。

「何故、通用しているのかわからないのか? それとも全く通用していないのか? どっちだ?」

 ササは耳を塞ぐ。

 代わりに、

「グー」

 と、サメが鳴いた。

「キャロライン。全く通用していないのなら、二回鳴け」

「グーグー」

 なんてこった。

「猿の対処も考えないとな」

「考えてます。しっかり考えてます。ササさん毎日頭を悩ませています! ただこう、後一歩ヒラメキがなくて猿どもを全滅させるサメちゃんのアイディアが出てこないのです!」

「アイディアって、例えば?」

「サメでありながら、サメという枠に囚われない全く新しいサメ」

「ボロ、パス」

 そういう発想力が必要なもんは俺には無理。

『やれといわれたらやりますが、飛龍さんの方が適任では?』

「冗談は止めろ。それに、傷が痛くて頭が回らない」

 パンッと、ササが急に手を叩く。

「ボロちゃんって、タコみたいよね」

『タコですか? 歩行パーツのアームを見て言っているのでしたら見当違いです。これは、スパイダーアームという商品名で――――――』

「ササさん思い付いちゃった。タコとサメを合体させた新生物。獰猛なサメの体に凶悪なタコの触手! 名付けてシャークとタコ! これ新しいでしょ!?」

 一瞬の沈黙が流れた。

「………いや、あるぞ。そういう映画」

「ウソでしょ!?」

『ほら、飛龍さんの方が向いています』

「こういう系か………………って、おいササ」

 ふと思い付いた。

「あによぅ」

「お前、サメならなんでも作れるのか?」

「なんでもは無理。行き詰まり過ぎて、全部吹っ飛ばしたくなったから、爆弾とサメを合体させたものを書いたけど実体化しなかった」

「サメから逸脱したモノは無理ってことか。いや、生物として破綻しているのがダメなのか?」

「さー?」

「てめぇのボイドだろ。もっと思慮を巡らせて試せよ」

「ササさん本番に強い天才なので、そういう地道なのは遠慮しておきます」

 こいつが天才なのか、紙一重のアレなのかは置いておいて。

「例えば、犬とサメを合体させることはできるか? 嗅覚が鋭ければどんな生物でもいい」

「えー? できるけど、鼻がよくても猿に勝てないよ?」

「猿対策のサメは後だ。まず俺の都合を片付けたい。できるな? 犬とサメ」

「んーできますけど。それ強い? 面白い?」

「いいからやれ」

「はいはい、やれ言うたらやりますよぉー。ササさん天才だからやってやれないことはないです。三日くらいちょうだい」

 ふざけんな、間に合うか。

「駄目だ。一日でやれ」

「無茶苦茶な納期!?」

「手足とかなくていい。人探せる嗅覚だけあればいい。てか、サメの要素もいらん」

「ササさんのアイデンティティ、否定しないでもらえますか!?」

「できるのか? できないのか? 半日で犬」

「サメと犬でしょ! しかも半日になってる!」

「やれよ。天才」

「う、うぐっ、天才ですけど、半日は流石に、天才でも流石に」

「できないのか? 天才」

 俺は鼻で笑ってやった。

「や、やりますよ! やってやりますけど! 半日クオリティですからね! 天才の半日クオリティですけどッッ! こんにゃろ!」

 ササは苛立った様子で叫び、サメに乗ったまま奥に引っ込んだ。

「とりあえず良し」

 目の前の問題が、片付く可能性が見えた。

 ボロのアームが俺の肩を突く。

「なんだ?」

『探索用のボイドを作らせ、キヌカさんの探索をしようと?』

「そうだ」

『それは良いですが、私から提案があります。キヌカさんの死亡を確認した後、ササさんを新しいパートナーにして次の階層に進みましょう。気が合うようですし』

「人間関係ってのは、簡単に交換できねぇよ。てか、キヌカを勝手に殺すな」

 しかも、アレと気が合うとか。

『切り替えは大事です。アルファクラスには敵いません。隙を見て逃げるのが得策かと』

「笑えない冗談だな」

『しかし――――――』

「逃げられるとは思えない。逃げるつもりもない。勝ち負けの問題じゃない。戦うから戦うだけ。あいつは、俺から奪った。流れた血肉と削ったボイドの分、奴から利子を付けて奪い返す。奪えないのなら、せめて後悔させてやる」

『嫌がらせですか』

「盛大に“卵”を焼いてやる。んま、それは最後の最後。“もろとも”だがな」

『OD社もマザーエッグを観測しているというのに、つくづく組織人じゃないですね』

「今更だ」

『廃棄AIの所持者に相応しい破滅思考です。あー悲し』

 やかましいわ。

 ほんの少し忘れていた傷の痛みがぶり返す。

 だが、痛みの抑え方を覚えた。

 怒りだ。

 怒りで脳を煮え滾らせれば、痛みは消える。

 爆発しそうになる感情を奥の奥に飲み込み。目を閉じた。

「少し寝る。犬ができたら起こしてくれ」

 火の中にいるように熱い。けれども眠る。眠れる。血肉を癒すために燃えながら眠る。眠れと脳に命じた。

 真っ暗な火の中に、意識が落ちる。

 燃え盛る火の中で、また狼の声を聞いた。

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