<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>【03】


【03】


『お目覚めですね? 飛龍さん。今現在の状況を説明します』

 瞳を開くと、枕元のボロが喋り出す。

 俺の首から下は包帯のグルグル巻きで、ミイラのような状態だ。これじゃまともに動けない。傷は腹と足だけのはずなのだが、何故にこうなっている?

『傷の状態ですが、腹筋が50パーセント近く消し飛んでいました。幸運にも内臓の損傷は軽微。飛び出た部分を中に入れて、医療用バンテージを六重で巻いて処置しました。私の歩行パーツが医療用アームの流用で幸運でしたね。ですが、右膝の状態は修復レベルを越え、交換が推奨される損傷です。残念ながら、今現在投下ポッドは要請できない状況。ですので、ある可能性に賭け、応急処置として再生ジェルで覆っています』

「………………」

 右足の包帯は他に比べて太い。再生ジュルとやらで覆われているのだろう。

 体を軽く動かそうとする。

 とても痛い。

 吐きそうなほど痛い。

 包帯で拘束されていなければ暴れるところだった。

 腹の痛みを120としたら、右膝の痛みは300くらいだ。今も尚、刃物でザクザクと刺されているかのような痛み。

『次は、悪い知らせと良い知らせのコーナー』

「………………」

 既に最悪な状態なのに、何を報告するんだ?

『の前に、小粋なジョークを一つでもと思ったのですが、それは次回にでも、様々な状況に対応すべく自己アップデート中です。人間の要求って、留まることを知らないからなぁ。はぁーメンド。引退して田舎で農業したい』

「………………」

『まず悪い知らせから、血液検査キットを使用したところ血中のボイド汚染濃度が判明しました。現在42パーセントです。しかも、3時間ごとに2パーセントずつ増加しています。良い知らせは、傷の修復速度が汚染と共に上昇していることです。人間卒業まで間近といったところですね。おめでとうございます』

「………………」

 何もめでたくない。

「へーい、ボロちゃん、へーい。彼、起きた感じ?」

 ギリースーツの女がやってきた。

『起きた感じです。丁度良いので、彼女の紹介を』

「きゃは♪」

 女は、何らかのセクシーなポーズをとったみたいだが、人型の草むらが蠢いただけにしか見えない。

『こちら、鮫肌鮫子さん。通称ササさん。飛龍さんより一つ上のデルタクラス戦闘要員です。【ユージーン】というアルファクラス戦闘要員と戦闘状態にあり、話し合った結果、敵の敵は味方ということで協力関係になりました』

「よろしくね! 回復したら、ササさんの盾になって代わりに死んでね!」

「………………」

 断る。

「彼って、いつもこんな無口なの?」

『割とおしゃべりな方ですよ。5時間ぶっ通しで、キヌカさんに映画の話をしていましたし』

「映画? 映画といえばサメ映画! あなたもサメ好き!?」

 嫌いじゃないが好きでもない。

 サメ映画って、大体B級映画だし。

『彼女のボイドは、V-413-S4【後天性創作思想【執着/終着】症候群】。特定のモチーフに執着し、作成し、実体化してしまうボイドです。モチーフは、言わなくてもわかりますよね?』

「ふっ、建前で協力して隙を見て捨ててやろうと思っていたけど、サメ好きに悪い奴はいねぇ。仲良くしようね! あまたが死ぬまでの短い間!」

 ササは、俺の手をとってぶんぶん振る。

 クッソ体が痛い。

「ほんと無口な人ね。キャロラインちゃんと似てるわ。いや、彼女は『ぐー』っていうけど。あなたは『ぐー』の音もないのね」

『ササさん、ナイスジョークです。これはメモメモ』

「はぁ? 真面目に言ってるんですけど」

『………そうですか、すいません。ところで飛龍さん、何故に喋らないので?』

 俺は深く、深く、深いため息を吐く。

「喋らなかったのは、傷が死ぬほど痛いからだ」

『強力な鎮痛剤を打ちましたが、やはり効果はないようですね』

 滅茶苦茶、滅茶苦茶、痛い。

 もう痛すぎてどこが痛いのかわからんくらい全身が痛い。失禁している可能性すらある。

「グッ、そ、それはいい。三つ質問がある。一、キヌカはどこだ? 二、キヌカはどこだ? 三、キヌカはどこだ?」

『目下、捜索中です』

「わからんのだな。俺も探しに………」

 起き上がろうと腹に力を入れたら、一瞬意識を失った。

「あなたさぁ、そのキヌカくん? さん? 死んでるよ。あの高さから落ちたらフツー死でしょ。フツーの人間なら」

「………………」

「また無口になった」

 痛みがなかったら、殺すと言っていた。たぶん実行していた。

「まーまーわからんでもないですよ? ササさんもユージーンにチームの仲間全員ぶっ殺されちゃいましたから、かくゆーユージーンも実は元仲間というね。世の中無情っスよ。めちゃつよで頼りになる切り込み隊長だったんだけどなぁ、あいつ。チーム全体和気あいあい、順風満帆で向かい風なし。向かうところ敵もなし。なのに、敵になっちゃうとはなぁー」

『何故、ユージーンさんはそんなことを?』

 と、ボロが聞いた。

「理由はシンプル、女であります」

『痴情のあれやこれやと?』

「ちょっと違う。うーんなんと言えばよいですかなぁ。お姫様と騎士? 飼い主と飼い犬? 比翼の鳥? あっ! 思い付いちゃった。鳥とサメを掛け合わせた空飛ぶサメってどう? これ新しいでしょ!? 鳥要素なくてもササさんのサメは飛ぶけどね!」

 比翼の鳥ってやつがわからん。

『新しいサメの話は後で、ユージーンさんの続きを』

「【カナリア】って、チームのリーダーがいましてね。美人でスタイル抜群、眼鏡をクイクイするタイプの仕事ができる女。指揮して良し、戦っても良し、料理も上手! ササさんのチームがここまでこれて、みんなが出世できたのも彼女のおかげ」

 ササは胸を張る。

 スーツ越しで今までわからなかったが、結構たぷんとある方だった。そんなどうでもいい所に目をやって現実逃避しないと、痛みで気が狂いそうだ。

「パーフェクトウーマンと呼んでも良いでしょう。そんな人間にも欠点がありましてねぇ。自己犠牲で陶酔するタイプのマゾヒストでして、そんな彼女が性癖とマッチしたボイドを手に入れてしまって――――――」

『どのようなボイドですか? 発見番号は?』

「番号はわかんない。異常性は、自分の体を代償に対象を治療するってやつ。怪我や、心的外傷、ボイドの損傷まで治せるのよ。凄いね」

『なるほどそれで?』

「周囲が止めるのも聞かず、使い続けたよ。最後はユージーンの怪我の治療に使って、自分はドロドロのスープになりました。結局カナリアは、人に尊ばれる死を迎えたかった。それだけのために生きてたって感じ。聖女様って呼ぶ仲間もいたけど、当のユージーンは」

 ササは、頭の近くで指を回す。

「プッツン。仲間を皆殺し、持ってたボイドも自分の以外は水槽に沈めた」

『その水槽とは?』

「水槽は水槽。あの劇場に元からあった頑丈な水槽。そこに、ユージーンはカナリアのスープを入れたの。あのスープ、ボイドを溶かして増える作用があったから、次々にボイドを入れて絶賛増量中。ここを通りかかった他の戦闘要員や、ヘル・シーカーも、襲って殺して奪って、ボイドを水槽にシュート! ユージーンが何をしたいのかは、ササさんもわかんない」

『【マザーエッグ】を作ろうとしていますね』

「え、ボロちゃんわかるの? 実は有能? 首だけなのに?」

『有能過ぎて廃棄される程度には有能です。到来種を覗いた、ボイドの根源。それは一つの卵から始まったとされます。それが【マザーエッグ】。推論ですが、ユージーンさんがやろうとしているのは、逆行の進化。沢山のボイドを生み出した【マザーエッグ】なら、【沢山のボイド】の中から再び産まれる。破綻した狂気には違いないですけど、可能性はゼロではないですね。猿が適当にピアノを叩いて、ベートーヴェンを奏でる程度の確率ですけど』

「ほ、ほーん?」

 ササはよくわかってないようだ。俺もよくわからん。

 だが、

「ボロ、そのマザーエッグ。できたとして何ができる?」

『無垢の大器と呼べるボイドですから、そこから好きなボイドを作れます』

「願いを叶えるってことか?」

『ボイドの異常性に則った願いですけどね』

「例えば死者を生き返らせることも可能か?」

 最悪の………………最悪の場合を想定した場合だが。

『死の定義によりますが』

「定義?」

『例えばクローンですね』

「なんだそりゃ?」

 聞いたことのない言葉がでた。

『ああ、情報統制ですか。猿でもわかる言葉を使えば、細胞から生物を再生する技術です。あなたたちのパーツなども――――――』

 けたたましい音が響く。

 俺の腕の端末からだった。

『ヴァージニア。それ以上の情報開示は止めなさい。治安部隊が出動してしまいます。お願いしますから』

『あーはいはい、トーセートーセー大変ですねぇ。チッ、反省してまーす』

 ボロが、端末の向こうの人間に悪態を吐いた。

『話を戻します。同じ遺伝子を持った人間を作ることは可能です。それを【生き返らせる】と定義するかは、人間の倫理観にお任せします』

「それじゃ別人だろ」

『記憶も作ればよいじゃないですか』

「それでも、似た別人だ」

 パンッとササが手を叩く。

「ササさんわかっちゃった。ユージーンってば、水槽を使ってカナリアを生き返らせるつもりなのね」

『でしょうね。マザーエッグを作ってまで、個人の蘇生を目指すとは、人間とは小事から逃れられない生き物ですね』

 俺は、ボロにもう一度同じ言葉をぶつける。

「仮に、仮にだ。キヌカが死んでいたとして、マザーエッグを使って蘇生できるのだな?」

『ですから、マザーエッグが完成するかどうかも怪しい………………いえ、そうですね。ここは確率の問題はなしにして答えましょう。“できます”本人の完全な蘇生ができるでしょう』

 それは最悪の場合だが、選択肢が多いに越したことはない。

『その前に、ユージーンさんを倒して水槽を奪わないといけませんけど、飛龍さん勝てます? 端末から戦闘記録見ましたけど、一方的にやられちゃったじゃないですか』

「そうそう、ユージーンのボイドは無敵だよ」

 ササが割って入る。

 てか、この女邪魔くさいな。妙に距離も近い。手を離せ。

『どんなボイドですか?』

「んーよくわかんない」

「元仲間だろ? なんでわからないんだ!?」

 つい声を荒げて、ツッコミを入れてしまう。どうやら、痛みで余裕がなくなったようだ。

 ササは驚いた様子で俺の手を離して下がり、

「キャロラインちゃーん! ちょっとー!」

 サメを呼び寄せる。

 のっそのっそとエプロンを付けた二足歩行のサメが現れた。俺をワンパンした奴だ。なんとなく、雰囲気的なものがユルルに似ている。

「あいつササさんを怒鳴った! 捨ててきて! 食べてもいいよ!」

「グー」

 サメは、丸っこい手でササの頭を撫でると………帰って行った。

「ええっ!? ちょっと! ねぇちょっとー!」

 ササは、サメを追ってどこかに行った。

「大丈夫か? あの女」

『飛龍さんよりマシだと思いますけど?』

「………………」

 それを言われたら、沈黙せざるを得ない。

『言い忘れました。彼女との協力関係を築くにあたり、あなたの端末にある金を全てを譲渡する契約を結びました』

「おい」

 流石に全部はないだろ。

『ご安心を。成功報酬なので』

「何を安心しろってんだ。体はまともに動かない。死ぬほど痛い。キヌカは行方不明。おまけに成功したら全額没収とか」

 最悪の状況だ。

『相手は、アルファクラスの戦闘要員です。勝てません。間違いなく死亡します』

「なるほど、死ねば支払いの義務はないな………………おいッ」

 こいつもこいつで、ふざけてるな。

『恐らく、使っているのは特別措置のボイド。登録も記録も許されていないボイドです。仲間内でも特性を知らないのが、その証かと』

「図書館の連中、その本体、アレと似たものを感じた」

『ああ、到来種系ですね。なんか私と縁がありますねぇ、非科学的ですけど』

 こいつが呼び寄せてんじゃないのか?

「まあ、あいつのボイドの正体はわかった」

『ほほう。聞きましょう』

「だがその前に――――――」

 目標は三つだ。

 キヌカを探す、

 ユージーンを殺す、

 水槽を奪う。

 だがどれを行うにも先ず、

「飯をよこせ。食って傷を治す」

 血が必要だ。

 食えるもんなんでも食って力を戻してやる。

『丁度良いですね。キャロラインさんが作っていますよ。そろそろできるのでは?』

「サメが?」

 飯を?

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