<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>【02】


【02】


 左腕の大口から、フラクタル模様のマントが出てくる。

 風もないのにマントは舞い、ズルリと中身が産まれた。

 全長3メートル近く、マントを被った老人のように見える。露出した手足は細長く、人の二倍の長さだ。皮膚は枯れ木のように乾いていた。

 腰“らしき”部分を曲げて屈んでいる、ように見えた。手足は人に似ているが、マントに隠れた他の部分がそうとは限らない。

 マンハンターは、マントの中から銛を取り出す。

 長い銛だ。への字の返しがあり、石突きには千切れた腸のようなものがぶら下がっている。

「チチ、チ、チチッ」

 マンハンターが小さく鳴くと、音が爆発した。

 早過ぎて投擲する瞬間が見えなかった。

 見えたのは結果だけ。銛に貫かれた猿の死体。五体まとめて貫かれ、壁に縫い付けられている。

「あいつを狙え」

 俺は、鷲鼻の男を指す。

 再び空気が爆ぜた。

 左の壁に、貫かれた猿の死体が現れる。

「何?」

 外した? 

 それとも、俺の命令を聞いていない?

「二回投擲しろ! あいつに向かってだ!」

 マンハンターは、両手に銛を持つ。

 ぐにゃッと絞った雑巾のように腰を捻じ曲げ、半身を嵐のように振り回して投擲した。

 見えた。

 神速だが、軌道を意識すれば影くらいは知覚できる。

 二つの銛は男に近付き、寸前で消えた。

 同時に、壁に銛と貫かれた猿が現れる。

「終わりか?」

 男は平気な顔で言う。

 あの猿がダメージを肩代わりしたのか? それとも男のボイドか?

「知ったことか!」

 迷うな。

 考えるな。

 全てまとめてぶっ壊す。

「ヘル・イーター! ラストリゾート!」

 男を指す俺の腕に、怪鳥が留まる。

 四つの翼、八つ目、一つ足。サイズは俺とほぼ同じ。

「なるほど、ストレージタイプのボイドか。しかも、ロードクラス。中のボイドはその二つだけではあるまい。次の出荷分を合わせれば………足りたか」

「ごちゃごちゃ、うるせぇんだよ!」

 怪鳥の胸が膨らむ。

 周囲の空気が――――――血がしぶいた。

 ラストリゾート、マンハンターが同時に両断された。

「あ?」

 俺は体に氷を突き刺された。そう思い違うほど、腹と足に冷たい感触。冷たさは一瞬、熱さが湧く。血の熱さ。流れ出る血の熱さ。

 腹と右膝を斬られた。

 深手だ。

 右脚は全く動かない。腹も手で圧迫しないとモツが飛び出る。

 男は刀を抜いていたが、彼我の距離は12メートル近く。刃物が届く距離ではない。しかも、この傷の大きさ。もっと大きな刃物でやられた傷だ。

「気色悪い目をしやがって」

 仕組みはわからない。原因はわかった。

 長髪に隠れていた男の左目が見えた。

 男の左目は、複眼だった。

 真っ暗な眼球の中に、無数の瞳が存在している。まるで闇夜に輝く星のように。

 間違いない。

 俺が接触した存在の一部だ。アレの力を自由に扱えているのなら、見られた時点で俺は負けていた。

 だがそれが、なんだ?

「ヘル――――――」

「止めておけ」

 男は刀を水平に構えた。

 さも、今から俺の首を刈ると言わんばかりに。

「致命傷だ。無駄な抵抗はするな。水槽に入れば、身も心も安寧に包まれ、至上の幸福と共に彼女の一部となれる。クソを拾うようなヘル・シーカーの終わりにしては、十分な最後だ」

「俺の最後を勝手に決めるな」

「“勝手”か。哀れだな、同情してやるよ」

 すまん、キヌカ。

 禁を破る。

 左腕が膨らむ。全部、滅茶苦茶にして噛み砕いてやる。

『キッキーキッー! キキキキッッ!』

 猿が騒ぎ出し、男は空を向いた。俺も吊られてしまった。

「は?」

 サメが降って来る。

 とんでもなく巨大な、この劇場を丸呑みできそうなサメが口を開けて落ちてくる。

 慌てることなく、男は刀を振るった。

 巨大なサメは、容易く両断される。

 角度が変わったおかげで、男のボイドが理解できたかもしれない。問題は、理解できても今この状態ではどうにもできないことだ。

 男は刀を返し、虚空を斬る。

 軽く何度も刀を振るう。

 ただそれだけの動作が、両断したサメを微塵切りした。いいや、霧散させた。血肉の一つも残さずサメは消える。

『飛龍さん、助けが来ます。抵抗しないでください』

 端末からボロの声がした。

 また空にサメが………サメ? がいた。人間サイズの丸いサメだ。丸過ぎてハリセンボンに見える。何故か目から火花が散っている。

 猿が守るように水槽に集合した。

 男は動じず、刀を振る。太ったサメが両断された。

 同時に――――――


 ――――――強烈な閃光と音で、何も聞こえず、見えなくなる。

 身構えていたおかげで、右目だけは閉じられた。左目は何も見えない。ポンポンと肩を叩かれ後ろを見ると、またサメがいた。

 これも普通のサメではない。

 デフォルメされたような丸っこいサメだ。可愛らしい手足があり、その手で俺を持ち上げると、俺を飲み込んだ。

 サメの口の中は真っ暗だ。身動きできず、血生臭く、妙な化学薬品の匂いがする。

 激しい重力の移動を感じた。

 移動している。

 吐きそうだ。ユルルより乗り心地が悪い。直ぐ出たい。しかし、傷の痛みで動けない。血が止まらない。

「マズっ」

 意識を失いかけ、気力で持ち直し、気絶と覚醒を五分ほど、いや小一時間ほど、正確な時間はわからないが、何度も繰り返し、本当に限界が目の前になった時、吐き出された。

 コンクリート打ちっぱなしの空間だ。建造途中のビルだろうか? 恐らく地下だ。窓一つなく階段が一つだけある。

 だだっ広く家具など何もないが、生活ゴミや、何故か画材らしき物が転がっていた。

「ひぃいいぃいいいいいい、無理無理絶対に無理。とっておきのスーパーメガシャークとフラッシュシャーク使ったのに、ユージーン傷一つ付いてない。あいつのボイド無敵だよ! 半端ないって!」

 ミノムシみたいなモノが、キンキンと悲鳴を上げていた。

『私たちから奪った物資を返却してください』

「え、イヤ。こっちはとっておきの、とっておきを使ったんだから、物資は報酬じゃん?」

 ミノムシの傍にはボロがいた。

 何やら言い争っている。

『あなたの襲撃計画は、私たちが襲われるのを見て急遽立てられたものです。成否は関係なく、私たちに報酬を支払うべきです。てか、盗んだもんは返しましょう。人として当たり前です』

「違いますぅぅぅー。ササさんは、そんな無計画論者じゃありません~ん~んッッ!」

 ミノムシは地団駄を踏む。

 いや、ミノムシと思っていたモノは、ギリースーツを着た女だ。たぶん女。

「おい」

「ぎゃー! 人間ッッ! 生きてるぅぅぅー!」

 ミノムシはうるさい。

「ちょっとキャロラインちゃん! ロボットに言われたからって、本当に連れてきたの!? なんで途中で食べなかったの!?」

 俺を運んできたサメは、ペコペコと頭を下げた。

『飛龍さん、生きれそうです?』

「ボロ、キヌカはどこだ?」

『不明です。それよりも今は治療を』

「いらん。探してく………………」

 片足で歩き出そうとすると、大量の血と中身が腹からこぼれ落ちた。だが、まだ歩ける。

「あれれー絵の具に使える?」

 ミノムシがなんか言った。

 俺には関係ないことだ。

『キャロラインさん、申し訳ないのですが飛龍さん気絶させてください。彼、こうなったら言うこと聞かない人なんで』

「グー」

「おい、ボロ。何を」

 風音。

 サメのまん丸な拳が近付いてきて、俺は意識を失った。

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