<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>【01】
<第一章:後天性創作思想【執着/終着】症候群>
【01】
爆発音で目を覚ました。
毛布を跳ね除けて、剣を取り出す。
両刃直刀、狼があしらわれた独鈷柄の剣。何度か形を変え、この形に落ち着いた俺の剣。
「って」
少し離れた所に投下ポッドが落ちていた。その傍にユルルと、パーカーのフードを被ったキヌカの姿もある。
寝起きで硬くなった体をほぐし、俺もポッドの近くに行った。
「キヌカ、どうしたんだ? 何か必要なら俺が」
「はい、これッ」
振り向きざまに、何かを胸に押し付けられる。
色んな言語が書かれた小箱だ。日本語を見つけた【S0血液検査キット】と書いてある。
『昨晩言った検査キットです。キヌカさんが購入しました。感謝しましょう』
砂漠を歩きながらボロが言った。
ボロは歩いていた。だが、体ができたわけではない。首の下部に追加ユニットがあり、そこから生えた蜘蛛のような多脚で歩行している。
『ちなみに、これも買って頂きました。やはり自立歩行は良いですね。人間から自由になれた気がします』
シャカシャカと、嫌悪感を覚える虫の動きでボロは移動する。
気持ち悪いが、それは後だ。
「キヌカ。投下要請するなら言ってくれ。必要な物なら俺が――――――」
「あのねぇ、飛龍。アタシ怒ってるんだけど」
「何故に?」
え、俺なんかやっちゃった?
寝てるキヌカの微妙なところ触ったのバレたか?
「体のこと! ボイドに侵食されてたとか! 検査キットが必要なのに出費抑えていたとか! ケチりたいなら最初からアタシに言ってよ! これくらい払うから!」
「いや、節約を」
「自分の体なのよ! 一番お金かけなきゃいけないでしょ!」
「俺、頑丈だし」
まだ猶予もあるし。
「頑丈でも人間なんだからね! 大事にしろって言ってんの! 心配させんな! 馬鹿ッ!」
「お、おう」
頬が緩む。
「え? なに笑ってるの? アタシ、マジで怒ってるんだけど?」
「すまん。ほんとすまん。反省してる」
可愛い剣幕のキヌカには悪いが、顔がニヤけてしまった。人に心配されるって、良いもんだなぁと改めて感じた。
「全然、反省した顔じゃないんだけど?」
俺は自分の頬を両手で叩いた。
五回べしべし叩く、でもまだ緩む。
「穏やかな顔で笑うな!」
「マジすまん」
「あんたって、怒られると笑いだす系の人?」
「違う。反省する人だ」
不条理な場合は、怒り返す人でもある。
「じゃあ、その態度はなんですか?」
「すんません」
敬語で怒られたので、真面目な顔で謝罪する。
「次からどうするの?」
「自分の体をいたわる。自分の金で」
「別にお金のことはいいのよ。アタシの儲けって、あんたのおかげなんだし。最終的に1億くらい残っていれば、その後の生活も何とかなりそうだし」
「二人で稼いだ金だ」
「でも………………まあいっか」
ともあれ、右手首の腕時計型端末に言う。
「コルバ。キヌカに6億送れ」
『カヌチ・キヌカの端末に6億送ります。よろしいですか?』
「よろしいです」
「あ、ちょっと!」
キヌカの端末が電子音を鳴らした。
「コルバ、飛龍にお金戻して」
『お断りします。このやり取りは、過去78回行われたため処理の無駄と判断しました。痴話げんかに会社のシステムと人材を使わないでください』
そんな送金キャッチボールしたっけな?
「ち、痴話!? コルバそれどういうこと?」
『………………』
「ちょっと返事しなさい!」
コルバに怒鳴るキヌカの肩越しに、砂漠を滑る影を見た。
一瞬で見失い。錯覚かと思ったが、また姿を現す。
背ビレだ。
巨大な魚の背ビレ。砂漠を泳いでいる。
「キヌカ、後ろ」
「え?」
背ビレが砂の中に引っ込む。軽い振動を感じた。
「来るぞ」
「へっ?」
キヌカを抱え上げて背後へ跳ぶ。
砂からサメが飛び出てきた。
8メートルはある巨大なホホジロザメ。大きな口を開いて、投下ポッドに噛り付いてサメは砂に帰る。
「今の何!? 物資食べられた!?」
「“盗まれた”かもな」
俺とキヌカには見向きもせず、投下ポッドを食った。追撃はない。遠く離れて行く、背ビレが見える。
人肉より金属が好きなボイド。もしくは、誰かが操っているボイド。高確率で後者だろう。
「ポッドの落下を見られたの?」
「あるいは、最初から――――――」
ドロッとした嫌な感覚を覚えた。
脳裏をよぎるのは、少し前に味わった超越した存在。ただ在るだけで、何かを強制する絶対的な力。
「キィー! キーキィー!」
耳障りな甲高い鳴き声が響く。鳴き声は、俺の左耳のすぐ傍。同時に、左肩にのしかかる重さを感じた。
突然、猿がいた。
俺の肩に猿が載っている。
体長70センチ、べったりした赤褐色の毛並み、真っ赤な顔。見た目よりもかなり重く、足が砂に沈む。
「がッ!」
首と頭に衝撃と痛み。
猿にアゴを蹴り上げられた。
キヌカを落としてしまうが、猿の胸に剣を突き刺す。
「キィーッッッ!」
やかましく騒ぐ首を刎ねて黙らせた。
脳天に衝撃。
地面に叩き付けられる。全身の骨が鳴る。肺が圧迫されて息が詰まる。俺の背中には、無数の猿が載っていた。重すぎて身動き一つできない。
「ユルル!」
呼ぶが来ない。来られない。ユルルにも猿が群がっていた。俺の腕に取り付いているものと同じ個体が数十体近く。
猿はまだいた。
棍棒のボイドを手に、踊り騒いでいる。また別の個体は、俺から奪ったクルトン入りのティーカップを掲げて走り回っている。
「こいつら、ボイドをッ」
『飛龍さん危険です! 周辺が重量に耐えられないようです! このままだと陥没します!』
ボロが叫ぶ。
猿は、ボロとキヌカには反応していない。
「ヘル・イーター!」
遅い。
地鳴りがした。
地下から何かが崩壊する音が響き、重力から自由になる。
砂漠の底が抜けた。
下は底の見えない濃密な闇。
落ちる。
死の予感がする落下。
「キヌカ、手を!」
咄嗟にキヌカに手を伸ばす。
キヌカは、何故か、俺に手を伸ばすことを一瞬ためらい。
手の届かない場所に消えた。
あまりのことに理解が追い付かない。
今、目の前で何が起こった? これは夢か? 落ちる夢ってどんな暗示だっけ?
『飛龍さん! 今すぐ戦闘態勢を! 何か大きなものがこちらに向かって――――――』
惚けている俺の横から、手が迫ってきた。
傷だらけの人間の手。だが、俺を軽く包めるサイズ。
闇が濃くなり、呼吸が止まり、重力が戻って来る。
周囲が照らされた。
俺にまとわりついていた猿が一斉に離れて行く。
俺は、広い劇場のような場所にいた。
廃墟の劇場だ。ほとんどの座席は壊れ、緞帳はボロボロで穴だらけ、天井は綺麗になくなっている。
空には砂漠があった。俺が落ちてきた砂漠だ。
そして、至る所に猿がいる。
数は100近く。
待て、何に運ばれてここに来た?
いやそんなことはどうでもいい。キヌカだ。キヌカを探さないと。
「初めまして、ヘル・シーカー。恐縮だが、お前のボイドを見せてくれないか?」
「あ?」
俺は気が動転している。
舞台に立つ男に、全く気が付かなかった。
鷲鼻の男だ。
長身瘦躯、癖のない長髪、年齢は20後半くらいか30。黒の上下に、血を浴びたような赤いジャケット。左手には、鍔のない日本刀らしき刃物。
『キー! キーキィー!』
猿の集団が、俺を威嚇しながら騒ぐ。
「静かに、行儀良くな、アルジャーノン」
男の言葉で、猿が一斉に黙る。
こうも立派な、文字通りの猿山の大将は初めて見た。
ほんの少しだけ落ち着く。
何はともあれ、先ずキヌカだ。ここを出て探す。先ず探すことだけを考えて体を動かす。他の可能性は考えない。体を止める思考は、全て保留だ。
「逃げる気か?」
「………………」
読まれたが、それがなんだ。
広範囲攻撃のボイドを出して、滅茶苦茶にして逃げてやる。ただそれだけを考えろ。それだけを頭に詰めて動け、動け、動――――――
男が指を鳴らした。
舞台の幕が開き、現れたのは水槽だ。舞台の全てを占める巨大な水槽。中に沈んでいるのは、溶けかけの異様な器物、肉や骨が剥き出しになった異常な生物、全部ボイドだ。
水槽に立て掛けられた階段を上り、猿が棍棒とティーカップを水槽に放り込む。ユルルは、既に水槽に沈んでいた。
「ユルル、戻れ!」
反応がない。
力なく水槽に沈んでいる。
「そう、君のボイドだ。大体、三日ほどで機能を失い四日で消滅する。それまでに救出すればいい。簡単なことだ。それとも逃げるかい?」
唸り声を聞いた。
獣が俺の耳の傍で囁く。
殺しちゃえ。
「見せてやるよ! 俺のボイドを! 見たら死ね!」
剣を逆手に持ち、左腕で口元を隠す。
「ヘル・イーター。殺せ、マンハンター!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます