<第二章:ソロモン・グランディ> 【19】


【19】


「ほんとにやるの?」

「やる」

 準備をしていると、キヌカに再度確認される。

「迷いはない感じ?」

「ない感じだ。………最初“やる”って言ったのは、お前じゃないか」

「それは、あんたが微妙に迷ってる風だったから」

「迷ってる?」

 作業を止めて、背後のキヌカを見た。

「今も迷ってるでしょ?」

「あいつらは、お前を複製をした。おぞましい形で。認められる行為じゃない。しかも、止めろと言っても聞きはしない。やるしかないだろ。他に何がある?」

「それはそうね。でも飛龍、まだ戦わなくてもいいって思ってない?」

「思ってない」

 欠片も思っていない。思ってないはずだ。

「ならいいや」

「どういうことだよ?」

 少しイラッとした。

 最初に反対した理由もわからない。

「ごめんね。実は、アタシも最初は戦うの反対だった。でも、両方の可能性を考えておかないと足元すくわれるかなって」

「そういうことか。いや、最初からそう言ってくれよ」

「だから謝ってるでしょ。アタシだってわからない問題なんだもん。あんたも一緒に悩んでよ」

「俺の足りない頭で悩んでもなぁ」

 エリンギは、いや【ソロモン・グランディ】は敵だ。今となってはそれしか考えられない。

「なんやかんで、前の方が楽だったよね」

「前? 黒峰のことか?」

「敵がわかりやすかったもん」

「良い奴は死んで、残ったのは敵と怪しい奴だけだったな」

「怪しいってアタシのこと?」

「違う。クソ坊主のことだ」

 妖怪飯たかりクソ坊主。今思い返しても抜群に怪しい。

「ああ、門外さんね。今頃どこで何してるんだろ」

「誰かに飯たかってるんじゃね」

「あの体格で、人のおごりだけで足りるのかな?」

「実は小食なんだろ」

「あ、一つわかったかも」

 キヌカは閃いた様子。

「アタシたちって、基本的に人間とは合わないよね」

「そうだな」

 特に俺は人に好かれたことがない。

 キヌカは、まあ相手が悪かった気もするが、俺と気が合う時点で色々とありそうだ。

「エリンギは、人間に近付いている。だから、アタシたちと合わなくなった。人間同士だから争いごとになっている。こんな感じでどう?」

「“どう?”と言われても、別に俺は戦うことに迷っては」

「迷ってるわよ。口で言っても、表面上で思っても、奥底で迷ってる。そういうのって、ヤバイでしょ」

「奥底でも迷ってない。お前こそどうなんだ?」

「アタシは、迷えるほど選択肢を持ってない。あんたと一蓮托生よ。って、ほら話逸らした。そういうとこよ。迷いがあるって思わせるのは」

「むぅ」

 確かに逸らした。

 自分でも気付かないところで、迷っているのだろうか。

「嫌なことを直視しないのは、迷ってる証だって」

「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」

「………………あーごめっ。これじゃかき回してるだけだった。結局、一番迷ってるのはアタシなのかもね。何が正解なんだろ」

「生き残ることが一番の正解だ。そのためには、邪魔なものは皆殺す。これじゃ駄目か?」

「ダメじゃない」

 キヌカは、ため息を一つ。

 ポケットから取り出したペーパーナイフの柄を俺に向ける。

「必要なんでしょ? 今回だけ貸してあげる。今回は、アタシ上手く使えないかもだから」

「俺じゃ扱えない」

 キヌカのボイドだ。こればっかりは簡単に受け取れない。

「コツは、世界を細く小さく見ること。止めたいモノの感触、匂い、姿形、音、認識しやすいどれかに集中する。そして、対象にボイドを当てて『止まれ』って強く思えば作用するから」

 感触も匂いも姿も音も、それ以上の要素でキヌカを認識している。他の、例えばエリンギに対しても似たような認識がある。

 もしかしたら使えるかもしれない。だが、

「お前のボイドだぞ。簡単に………あれ?」

「――――――」

 キヌカが止まっていた。

 衣服や、髪の一本に至るまで、別世界に行ったかのように停止している。

 特に迷う理由もなく、目の前にあった生の太ももに触れた。滑るというかズレるというか、摩擦がないかのようなツルンとした感触。

 今なら悪戯し放題だ。しかし、感触が生には程遠い。

『エロい子はいねぇかぁぁぁぁ』

 家の半壊した壁から、ボロが覗いている。

 ユルルも一緒になってこちらを見ていた。

「ボイドの影響を調べていただけだ。ボイド・シーカーの仕事だからな」

『いつから、セクハラが業務に含まれるようになったのですか?』

「いついかなる時も含まれねぇよ。そんなもん」

『ちなみに録画済みですが、何か問題でも?』

「消せ、破壊するぞ?」

『それはまあ、後ほどで。準備は万端ですか? “急かねば事を仕損じる”ですよ』

 何か微妙に違う気がする。

「準備はできた。ほらよ」

 キヌカの太ももから手を放し、結んで塊にした縄をボロに投げる。

 壁の穴を広げて、ボロは塊を受け取る。

『はぁ~雑。ざっつ。デティールに神が宿るというのに、小人が裸足で逃げ出す雑さ』

「じゃあ、最初からてめぇがやれよ」

 ボロの雑な作りのアームが、塊を乱暴に握り締め、シェイクする。

『人間様の自主性を育ててやろうという、造物主様のありがたいプログラムです。“やってみせ、言っても聞かぬ馬鹿者は、さっさとクビを切って他所から優秀な人材を引き抜こう”って言いますから』

「やってみせてないし、元ネタをよく知らんが間違っているだろ」

『人間の癖に細かいなぁ、ああ、こんなもんで完成です。後はお任せあれ~』

 やっぱこいつ、ぶっ壊れているだろ。

 そんな奴が立てた計画だ。死ぬほど不安になってきた。

「ところで、いつまでアタシの太ももを掴んでいるの?」

「………………」

 気が散って停止を解いていたようだ。しかも、自然とまた触っていたようである。

「やっぱ生の方がッッ」

 頬に膝をくらった。

「全くもう、触りたいならそう言えって」

「ん?」

 今なんて。

「バーカ!」

「はい、すいません」

 キヌカにそっぽを向かれた。俺の手には、ペーパーナイフが残ったままだ。

「キヌカ、やっぱりこれは――――――」

『イチャイチャは戦いが終わった後にしてください。尖兵が来ちゃいましたよ』

 俺は、外に出た。

 エリンギが一体、佇んでいる。距離は、15メートル程。

「何の用だ?」

 近すぎる。

 今から準備しても間に合うのか?

「オリジナルから伝言なのだ。『二度と邪魔をするな』だって」

 適当に嘘を吐くか、そっちの方が賢いやり方だろう。

 ちらりとユルルを見た。

 ユルルも俺を見返した。

 いや、簡単に見抜かれるか。

「断る」

「仕方ないのだ」

 エリンギの体が変化した。

 細く、細く、長く、全長は四メートル近く。目を失った頭部は小さくなり、胴は一際細く紐のようだ。二つの丸っこい腕は、鋭利な爪を持つ八つの触手に。長い体を支える二つの足も細く、草原に突き刺して立っている。

 まるで、深海の海洋生物だ。

「どんな人間を参考にした姿だ?」

 返事の代わりに、エリンギは一つの触手を俺に向けた。

 恐ろしい速度で触手が伸びる。

 咄嗟に剣で弾かなければ、顔に穴が開いていた。

「ちっ」

 腕が痺れる重い一撃。

 これが八つもあるとか、フィジカルじゃキツイ相手だ。

『丁度いい標的です。始めましょう』

「ユルル!」

 ボロの声と同時に、ユルルをけしかけた。

 二匹の猛獣が取っ組み合う。人間では入り込めない暴れ様。触手に絡まれながらも、ユルルはエリンギを押し倒した。力では負けていない。しかし、ユルルには決め手がない。

 決め手は今、俺が出す。

「ヘル・イーター。魔法少女インシ変身スティック」

 少女の胸像を抱いた大杖を取り出した。

『先ほども言ったように、言語で作動するボイドには、繰り返しが有効です。また言葉を繰り返すことにより、あなた自身の精神も向上します。私の元パートナーは、こんなことを言っていました。“ボイドは心で制する”と』

 唱える。

「闇あがり、闇より出でて闇へ誘う、花闇咲き、闇狂い。灯はみつれ。闇がみつる。世界を閉ざせ、帳を下ろせ、ただ暗く暗く、ここには闇だけであれ」

 電灯が消されたように、一瞬で草原が闇に染まる。

 月のない闇。

 夜でない闇。

 宇宙の無明の闇。

 光の届かない深海の闇。

 今この世界に、光というものは存在しない。

『光学センサーが使用不可になりました。次、行ってみましょう』

 息を呑む。

 気安く扱えないものを再度使う。

「ッ――――――赤錆の暗き神の座」

 ズンッと重力が変わった。

 視覚では認識できないはずなのに、クソ重い存在を肌で感じ取る。合わせて、俺に対する猛烈な敵意も。

「ボロ、早くしろ! この闇はいつまで続くかわかんねぇんだよ!」

 今晴れたら、何もかもが錆びの塊だ。

『はいは~い。やりますよ、やりますってば必死に。エコーロケーションを起動、作戦開始』

 ガシャガシャとボロが動く。

 鉱物のような冷たさが俺の頬に触れた。

 ボロではない。エリンギでもなければ、ユルルでもない。直観で理解した。この手は、あの椅子の手だ。

 闇の中には何がいる? 

 まだ椅子の形をしているのか?

 ひたり、ひたりと冷たい手が俺を掴む。

 肩を掴まれた。

 脚を掴まれた。

 頭を掴まれ。

 首を掴まれ捻じ――――――

『つーかまえた』

 手が一斉に俺から離れた。

『むーすんでー♪ ひーらいーてー♪ 手を~縛っても―――ミギャ』

 ボロの悲鳴と金属のひしゃげる音がした。

『乱暴ですねぇ。はいはい、悪いボイドはしまっちゃいます~主要ユニットの一部が重大な損壊を受けました。直ちに交換を』

 メリメリと金属が捻じ曲がる音。

 一瞬散った火花に、半分にへし折られたボロが映る。ボロを破壊したのは、無数の人の手を持つ赤い何か、何かの一部。

『はっは~半分でも私の性能は75%しか下がらないのです。とおりゃぁぁぁぁぁ!』

 汽笛に似た声が鳴り響く。

 脳みそが揺さぶられる大音量の中、ボロの声を聞く。

『できましたよー準備いいですかー?』

「やれ!」

 伸ばした手に棒状のものが触れた。

 キヌカから預かったナイフと一緒にそれを握り締め、俺は叫んだ。

「止まれぇぇぇぇ!」

 闇が晴れた。

 まるで、それが闇を払ったかのように、俺の手には槍があった。

 白い長柄に、人の上半身ほどある矢印型の赤い穂先。

 柄は縄が変化した物、そして穂先は、あの椅子が変化した物だ。

 上半身だけになったボロが、槍を観察しながら言った。

『ソロモン・グランディの特質を受け継いだ縄は、物質の形状を一時的に無視して形成できます。それを利用してV-200-S3を穂先に加工。V-259-S1で停止させ、異常性の影響範囲を極々最小――――――接触物のみに留める。ぶっつけ本番でしたが成功ですね。名付けて【ジ・エクリプスゾーン】。これなら、ソロモン・グランディを破壊することが可能でしょう』

 ボイド殺しの赤錆の槍。

 ボロのプラン通りで上手くいったのは、それはそれで面白くないが。

「呼びにくいから、ジェゾだ」

『略称もいいですね。赤塵消滅領域ジェゾで登録、登録………ネットワークに繋がらない!』

「ユルル! 危ないから離れろ!」

 ユルルがエリンギから飛び退く。

 血だらけの彼女は、もう十分仕事は果たした。

 残りは全部俺がやる。

 駆け出す俺の背中にボロが言う。

『使用時に細心の注意を、周辺状況への最大限の考慮を、接触した物体の全てが異常性により破壊されます。グッドラック、ヘル・シーカー』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る