<第二章:ソロモン・グランディ> 【18】


【18】


 24時間が経過した。

 今のところ妙案は浮かばず、俺は頭痛に悩まされ、キヌカは22時間も起きていたので仮眠をとらせた。

 気晴らしに散歩に出る。

『ピンポンパーン、爆発まで16時間でございます。そろそろ、やっちゃいましょうよ』

 再起動したボロに絡まれた。

 無視するのもしゃくなので、ボロにヘッドロックをして引きずりながら草原を歩く。草原には、色とりどりの花が増えていた。短いが、所々に木も生えている。

『ハハハッ、残念ですがその程度の腕力では破壊できませんょ』

 イラッ。

「いざとなったら、爆弾事どこかに消し飛ばすか」

『それこそ無駄の無駄無駄、次は直接爆弾が送られるだけです。猶予期間と対話できる私を送り込んだのは、アホな担当官なりのアホな配慮かと?』

「あーはいはい」

 ボロを放り捨てて座り込む。

 まいった。

 自分から『やらない』と言い出したのに、エリンギをどう倒すか考え始めている。

『ノルアドレナリンを分泌していますね。やる気になったようで、良かった良かった』

「うるせぇ」

『あなたの戦闘データから、ソロモン・グランディに有効なプランを立てました。聞きます? 聞きたいですよね? 言っちゃいますよ』

「ホントうるせぇ」

『デルタクラスの下級戦闘要員の癖に、ロードクラスのボイドを持っていますし、やりようは色々とありますよ。まずですねぇ~』

 ボロは、聞いてもないのに戦闘プランを喋り出す。俺は、右から左へ聞き流した。のだが、何個かの案を記憶してしまった。

『どうですか? このパーフェクトプラン。これでも私、対ボイド用・戦術人工知能として一線を張っていた時期もあるのです。それをまあ、ボイドに汚染されたとか、カオス化が進み過ぎてリプログラミングできないとか、ロボット三原則の上にクソを垂れ流したとか、そんなもんで廃棄決定して、爆弾埋め込んでダンジョンに落とすとか、人類滅びるべきだと思いません? 思いますよねぇ』

「………………そういうとこだぞ」

『はわわ』

 爆弾がなかったら俺が廃棄処分しているところだ。

「ほんと、そういうとこです」

 俺の意見に賛同したのは、

「は?」

 ボロだった。

 ただし、土と木で出来たボロだ。

『うわぁ、不愉快。もうコピーしたのですね』

「うわぁ、不愉快。オリジナルがこんな粗雑なんて」

 頭痛が酷くなる。

「説明しろ」

『ソロモン・グランディですよ。人間の技術をコピーするって言いましたよね?』

「完全なコピーではありません。現にほら」

 コピーボロは腹を開く。そこには、

「爆弾の代わりに野菜が入っています」

 ブロッコリーが入っていた。

 意味がわからない。

「ちなみに爆発はしませんよ。ほらもう、オリジナルよりも有能」

『ちなみにあなた、稼働時間は?』

「この個体は5分少々ですね。歩行に慣れるのに時間が必要だったため、ここに来るまでにかなり消費を、後10秒ほどで崩壊しま――――――」

 コピーボロは、崩れて塵になった。

『あなた方がのんびりしているから、ソロモン・グランディが次のステージに移行しちゃいましたよ。さっさとやりましょう。手遅れになる前に』

「ポンコツが、コピーされただけだ。ああ、なるほど、なんでこんなポンコツが送られたのか疑問だったが、コピーされても惜しくない奴を送り込んだのか」

『その説は否定できませんね。でも節穴です』

「………………」

 背後に気配。

 ぬるっとユルルが現れた。俺の腕を掴み、家に戻ろうと引っ張る。

「どうした? キヌカに何かあったのか?」

 ユルルは首を振る。

「じゃあ何だよ」

『これがV-321-S3を変成したボイド。さしずめV-321-HEといったところですか。だらしない乳ですねぇ。これ、あなたの願望が混じった姿でしょ? もしくは男性の潜在的な共通の欲望?』

「黙れボロコツ」

 巨乳好きだったのは過去のことだ。

 ユルルが、俺を引きずる。

「わかったわかった。自分の足で歩くから」

「おーい、飛龍~!」

 オリンギの声が響いた。

 女王と一緒にこっちに歩いてくる。手に布の塊のような物を抱えていた。

「シャァァァァ!」

 ユルルが蛇のような威嚇音を上げる。

「どうした?」

 妙に殺気立っている。次の敵かと思ったが、そんな気配はない。草原の空も青く穏やかなままだ。

 ユルルは引っ張ることを止め、俺を囲うようにとぐろを巻く。

「ホントどうした? オリンギだぞ。今更何を警戒しているんだ」

『無知は罪ですねぇ』

 ボロが意味不明なことを言う。

 オリンギたちが傍に来た。

「ついさっき、やっと収穫できたのだ。先ず飛龍に見せたかった」

「収穫?」

 オリンギは、抱えていた布をめくる。

 よくわからない物体があった。ピンク色で丸く、果実のように見えるが、ねっとりとしてブヨブヨの質感。注視すると、小さく蠢いている。

 生き物なのか?

 さっきのボロのように何かをコピーしたのか?

「―――――り゛」

 物体はとても小さく鳴く。

 耳を澄まして鳴き声を聞いた。

「ヒ゛、り゛――――――ヴ」

 擦れて聞き取り辛いが、確かに『飛龍』と、物体は俺の名前を呼んだ。

 足りない頭では、状況を理解するのに時間が必要だった。

 聞き覚えのある声だ。

 いや、そういうレベルじゃない。聞き間違うはずがない。普段からよく聞いている、ついさっきも聞いた。

 ………………キヌカの声だった。

「オリンギ、これはどういう」

 突然、ボロがピンクの物体をオリンギからかっさらう。

「何をするのだ!」

 オリンギの言葉を無視して、ボロはピンクの物体を“握り潰した”。

 赤い液体と一緒に、小さなパーツが草原に飛び散る。

『私が攻撃できるということは、まだ“人間”に到達していなかったようですね。良かった良かった』

 飛び散った物体をオリンギが拾い集めている。

「オリンギ、お前、何をした? 何を作った?」

「【飛龍】と【キヌカ】を作ったのだが?」

 悪びれることもなく言った。

 頭痛が更に酷くなる。頭を殴られてもここまで酷くは痛まない。

「止めろ。今すぐ」

「できないのだ。木は育ち、実は生った。後は成長を待つだけ。早熟の一つを持ってきたのに、これは酷い。あんまりなのだ」

「やっちゃいけないことだ。人間を、俺とキヌカを侮辱している」

 表情のないオリンギの顔が、とても不気味なものに見えた。

 肩を並べて戦った時が、束の間の日常が、一瞬で遠い昔になったようだ。

「………………よくわからないのだ。飛龍たちは呼吸をし、飯を食う。我々にとって、人を模倣し、人を模造する行為は、それと同じ。止めれば死と同義となる。やるやらない、できるできないではない。当たり前なのだ」

 言葉をよく噛んで飲み込む。

 俺の聞き違いや、解釈違いということもある。ああでも、こんな単純なこと間違いようがない。

 迷った理由は簡単だ。

 単純な俺は、一度信じた者を、信じた自分を、裏切りたくないだけ。底の浅い自尊心を守りたいだけの勘違い。


『人とボイドは違う』


 致命的に違う。

 こんな単純なことがわからないなんて、自分に腹が立つ。

「そうか、仕方ないな。仕方ないよな」

 すっと感情が冷めた。

 ハサミ野郎を斬り殺した時と同じ感情だ。

「ユルル、場所はわかるな?」

「? 飛龍、何を」

 オリンギを無視して、ユルルの肩に掴まる。

 強風と共に草原の景色が流れた。

 即、オリンギの言った木の場所に到着する。

 異様な木があった。裏返ったというべきか、ひっくり返ったというべきか、背の低い幹や枝が、花びらの形で草原に広がっている。枝には、先ほど見た実が生っていた。

『うわぁ、気持ち悪い。これ全部、あなたたちですよ』

 ボロは、ユルルの尻尾にしがみついていた。

 べしべしと叩かれて落とされる。

『疾く破壊しちゃいましょ。一つでも残したら、あなた方が新しいソロモン・グランディになりますよ』

「やかましい!」

 言われなくてもやる。

「ヘル・イーター。禍つ日、天使予報」

 腕から取り出したのは、幾つもの携帯ラジオが巻き付いた鉄杖。

『お伝えいたします』

 ジジッと異音がなり、ラジオが一斉に天気予報を伝える。

『本日は乾燥した晴天が続き、至る所で火災が発生するでしょう』

『本日は冷たい空気により、あらゆる生命が凍りつくでしょう』

『本日は豪雨により、文明の全てが洗い流されるでしょう。もう箱舟の定員オーバーです』

『本日は雷時々、血と豚』

『時化空の合間から人々を攫う大量の手が降りてくるでしょう』

『空は死に、太陽は消え、暗闇だけが残るでしょう』

『何ということでしょう。炎です、空から巨大な炎が落ちてきます。人類の終わりです。皆さん、さようなら、さようなら』

 狙ったラジオの電源以外を落としていく。

『引き続き、火災注意報です。野外には避難せず、屋内にも避難せず、諦めてその時を待ちましょう。火を崇めれば、その魂は救われるかもしれません。では、ごきげんよう。続いては、本日の残り物でできるお料理コーナーです』

 鉄杖を投擲する。

 木に突き刺さった鉄杖から、火が巻き起こった。

 予報通りの火災。

 火は木を舐め尽くし、実をドロドロに溶かし、枝を炭に変える。

『なかなかの火力ですねぇ。これなら3分程度で全て破壊できるでしょう。この調子で次――――――』

 うるさいボロを蹴り飛ばす。

 火を背にして、オリンギを見る。

 遠くから、他のエリンギたちと一緒に俺を見ていた。

 何も言わず、近付きもしない。

 しばらくして、彼らは俺に背を向けた。

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