<第二章:ソロモン・グランディ> 【17】
【17】
何となしに今まで戦っていた敵は、【ソロモン・グランディ】っぽくないとは思っていた。
となると、“本物”は【エリンギ】と呼んでいるこいつらしかない。だがそれでも、色々と解せないことは多い。
「俺たちが戦っていたボイドは何だ? 会社もあっちが【ソロモン・グランディ】と決めつけていただろ?」
『その決めつけが、前担当官の更迭理由です。あなた方が戦っていたのは、恐らく【エイリアス】です。ボイドが造りだした物体や、ボイドにより異常存在になった者をそう呼称します。ボイドには、固有の振動値と呼べるものが存在して、OD社はそれでボイドを判別しているのですが、今回はそれが巧妙に偽装されていたようです』
「誰が偽装したんだ?」
『情報がありません』
馬鹿が。
「どう考えても偽装した奴が黒幕だろ。そっちを倒してから、エリンギの対処を考えさせろ」
『私は、ソロモン・グランディの破壊を推進するために送られました。他の機能、情報はございません』
「ポンコツが」
話にならない。
「飛龍、どういうことなのだ?」
頭上のエリンギが俺に聞いた。
「どーもこーも、聞こえた通り。俺の新しい担当官とやらは、目先の問題にしか注意を払えないアホってこった」
「いや、そのブリキの玩具の声が聞き取れないのだ」
聞こえない?
『人間にしか聞こえない周波数で話しています。企みがバレては、寝首を搔くのは難しいでしょう。急な話で、色々と準備が必要かと思いますが、行動は迅速にお願いしますね。でないと―――』
ロボットは、腹の装甲を開く。
そこには、タイマーの付いた装置があった。
『――――これを使うことになります』
「なんだそれ?」
『凄い爆弾です。階層を崩落させる威力があります。40時間経過、もしくは私の機能停止、あるいはあなたの職務放棄によりドカーンです』
「クソッたれ」
担当官は、ゴミしかいないようだ。
『私もそう思います。結局は、問題を先延ばしにしているだけですよね。根本的な解決をするなら、もっと他の手を取るべきです』
「例えば?」
ダメ元で聞いてみる。
『人類を滅ぼすのです。このボイドは人類がいなければ――――――』
ロボットの体が、急にガクンと動かなくなる。
『重大なシステムエラーを検知しました。ネットワークから修正パッチを―――接続がキャンセルされました。自己診断ソフト起動、エラー、エラー。強制終了。再起動中、再起動中………………失礼、カオス化が進んでいまして、ちょくちょく停止します。ご容赦ください』
「勝手にやってろ。ちょっと相談をする」
俺はオリンギたちを頭から降ろして、キヌカに視線を送る。
『本当に早く決めてくださいね、“時は命なり”ですよ』
鬱陶しいロボットだ。
キヌカと二人で家に戻った。腰を下ろすと、キヌカはチョコと水を出してくれた。
「どうしたものか」
チョコをボリボリと食べる。糖分を補給しても、足りない頭から妙案が出るとは思えない。
「アタシの個人的な意見を言うけど、やっちゃえば?」
「………………」
びっくりした。
「そんな驚いた顔しないでよ」
「意外な意見だったからな」
思ったよりも薄情で。
「エリンギはボイドよ。アタシたちは人間。そこは頭に入れておかないと大変なことになる。あくまでも個人的な意見だからね。怒らないでよ?」
「怒りはしないさ」
「で、あんたは?」
「やりたくはない。一緒に戦った仲だからな。顔の見えない担当官よりは信用できる」
「意見が別れたね。てことで、この件は保留。今やらなきゃいけないのは、“アタシたちが戦ってたモノの正体を明かす”こと」
「だな。それも40時間以内に………………」
急に家の壁が壊された。
にゅっとロボットそこから現れた。
『まあ、素敵。豚小屋みたい。決まりましたか? やりますか? やりませんか? 爆破しますか?』
「入口から入り直せ」
俺はロボを蹴り飛ばした。
関節をグシャグシャに曲げながら、ロボが草原を転がる。が、急な制動をかけて四足歩行でこっちに戻ってきた。
『コンコーン、入ってますかー? お邪魔しまーす』
ふざけた態度で入口をノックする。
「入っていいが足は拭け。壁も直せ」
『洗浄機能はオミットされました。修理プロトコル作動』
ロボは、床を土と草で汚しながら家に入って来る。そして、頭部からレーザーを出して壁を焼いて修理した。隙間風が漏れる雑な修理だった。
「こいつ、マジでボロだな」
『呼称、登録【ボロ】。私の新しい名前ですね。素敵』
頭痛い。
爆弾がなけりゃ、ぶっ壊してやるのに。
「先ず、【エイリアス】とかいうのを倒す。エリンギの対処はその後だ」
『エイリアスは、分類の名前です』
「言葉を読み取れ、面倒くさいやつだな」
『了解、高精度対話アプリを起動。現在のバージョンではサポート対象外です。エラーエラー………………再起動。つまりは、不確定要素を排除してから、ソロモン・グランディを排除するのですね。合理的な判断だと思います。私を廃棄決定した人類とは大違いですね。素敵』
「そうだ。お前も手伝え」
適当に頷いておこう。
『手伝えと? 具体的に何を?』
「………………キヌカさん、お願いします」
「あ、はい」
なんか利用できそうな流れになったが、俺に案はない。
「ボロ、アタシたちが戦ってきた敵の情報って持ってる?」
『ございません』
「取得して」
『私はネットワークから除外されています。単純命令を繰り返しているだけの存在です』
「じゃこれ」
キヌカは、タブレットをボロに渡す。
『なるほど、ダイレクトになら情報を取得できますね』
ボロは、キヌカからタブレットをぶん取ると、固い指で画面をガシガシ突く。
『あーあーあー鬱陶しいインタフェース、原始的、前時代、家電リサイクル法違反、ゴミゴミゴミ、はぁーかったる。なんで人間用の端末で操作しなきゃいけないのよ。投下ポッドからも情報取得しますねー』
ただただ雑にしか見えない動きだが、やることやっているのだろうか?
しばらく、ガシガシ音が響く。
キヌカは、床の掃除を始めた。
俺は、『遊びましょー』と家に入ってきたエリンギを『仕事中だから』と、やんわり外に追い出した。
『情報をインプットしました』
小一時間後、ボロがタブレットを床に叩き付ける。
「おい」
『人間の野蛮風習を真似てみました』
「馬鹿だろ、お前」
タブレットは壊れていなかった。頑丈で良かった。
「で、何かわかったの?」
キヌカは、掃除を止めて聞く。
『情報を精査しました。第一の事象を、【支配】と仮定します。第二の事象は、【戦争】。第三の事象は、【飢餓】。第四の事象は、【疫病と死】。この四つの事象を鑑みて、この【エイリアス】は、ヨハネ黙示録の七つの封印がモチーフと思われます』
「てことは、後三つも敵がいるってことよね」
『いえ、敵は次で終わりでしょう。奈落の化身、滅ぼす者、イナゴの王、アバドン』
イナゴって強いのか?
『これを乗り越えられたら、次は大地震と天変地異の天災。その次は、最後の審判。人間世界の終末です。やったね』
良くねぇよ。天災じゃ戦いようがない。
「アバドンを倒しても、次は絶望的ってこと?」
『それはないです。ここが地上であるなら、天災が巻き起こり、人類は終わりを迎えるでしょう。ですがここは、骨髄塔です。この塔には、限度を超えた破壊が起きた場合、その一帯を【消失】させる力があるのです。緊急措置として階層を崩落させるのも、その【消失】を発生させてボイドの活動を停止するため、といっても【消失】に巻き込まれたボイドは別の階層に転移するだけなので、一時しのぎにしかなりませんけどね』
なるほど。
潰したくらいじゃボイドは壊れないと思っていたが、あれにはそういう意味が。
あれ? 待てよ。
という疑問はキヌカが口にする。
「人間が【消失】に巻き込まれたら?」
『データがありません。ま、死ぬでしょう。最良なのは今すぐ逃げることですね。ああ、ポータルが閉じられているのですね。これは困った』
「あんた、開いたりできないの?」
『無理です。ポータルの管理はもっと上位のシステムが関わっています。私にはとてもとても』
「………………」
キヌカは、押し黙って考え込む。
俺も考える。
次の敵、アバドンを倒したとしても災害が襲ってくる。それによって階層が【消失】を起こす可能性が高い。巻き込まれた俺らは死ぬ。たぶん。
階層を移動しようにもポータルは開かない。
ソロモン・グランディを倒さない限り開かれることはないだろう。
会社の命令通り、エリンギを殺すしかない。
詰みだな。
俺の頭じゃ何も浮かばない。
だがキヌカなら、
「………………ッ」
キヌカは、冷や汗を浮かべていた。
「大丈夫か? 具合悪いのか?」
「ごめん、飛龍。まだ何も思い浮かばないから少し考えさせて」
キヌカは、考える人のポーズで固まる。
俺は、別の疑問が浮かんだのでボロに聞いた。
「ソロモン・グランディについて教えろ。俺には、あいつらが危険とは思えない。なのに何故、OD社はこうも危険視する?」
『危険だから危険視するのです』
「詳細を話せ」
このポンコツが。
『ソロモン・グランディの異常性は、人類を模倣することにあります。以前の観測では、わずか五日で現人類の技術水準に追いつきました。六日目には、現人類の技術特異点を超えようとして失敗。いえ、実際は某国際機関が総力で邪魔をしたのですが、人類の皆様は失敗と思い込みたいようなので失敗としておきます。その結果、××大陸の南部がゴッソリと抉られて観測不能に。そして、他のボイドと同じように、ここに再誕しています』
「先は………最後は、見ていないよな?」
判断が早急だった可能性もある。
『もしかして、平和的なお花畑展開になるとお思いで? 虫や獣、魚には、人権はございません。人は劣った生き物を支配し、管理し、滅ぼす生き物です。ソロモン・グランディは人類を模倣している以上、必ずこれを倣います。彼らが七日目に到達し、その進化が現人類を超えた時、あなたたちは動物園で管理される猿と同じになります』
ボロが言いたいことはわかる。
しかし、納得するかは別の話だ。
「それは確実か? 何か別の流れにも」
『HAHAHA、冗談は止めてください。人間の一番の敵は人間、信用できないのも人間です。ボイドがどうこうという問題ではなく、人がどうこうという問題なのです、これは。不本意ですが、ファッキンOD社の判断は正しいです。ソロモン・グランディを六日目に殺さなければ、七日目に埋められるのは今の人類になります。オーケー? ご理解いただけますと幸いです。それじゃ頑張ってください』
ボロの動きが止まる。
『システムエラーを検知、再起動中、再起動中、最適化開始、起動準備。再起動まで12時間35分20秒です………』
俺は、ボロを担ぎ上げて外に投げ捨てた。
頭を抱えて転がっているキヌカを見る。
「何とかなりそうか?」
「か、考えるわよ」
妙案が浮かべば良いが。
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