<第二章:ソロモン・グランディ> 【16】


【16】


 外でキノコのバターソテーを食べると、俺とキヌカの間に微妙な沈黙が流れた。

 気まずい。

 とても気まずい。

 さっきの出来事が原因だ。

 キヌカは、パーカーのフードを目深に被って俺と目を合わせない。無駄に話しかけても、『ああ』『そ』『へぇーそうなんだ』としか返さない。

 原因のエリンギたちは、


「好き~好きなのです~素敵なのです~」

「やっぱオリジナルですな!」

「ワレらは所詮、ジェネリックやぁー」

「同じ成分でも値段が違いますなー」

「安くてお得な時代は終わったんやぁ」

「これからはブランドがものをいう時代!」

「地産地消」

「畜生蓄積」

「飛龍、助けてほしいのだ」


 オリンギにまとわりついている。何故か、引きこもっていた女王までも。

「………原因を話せ」

「飛龍に打たれた薬の成分。というか薬の元になった花。あれには“人を惹きつける”効果があったようだ。中和薬を作った時に、我も取り込んでしまった」

「惚れられ薬、的なもんか?」

「たぶん恐らく」

 ということは。

「キヌカ」

「ああ」

「さっきのアレ、薬のせいみたいだ」

「そ」

「だからほら、お前の行動も全部薬のせいだって」

「へぇーそうなんだ」

「そうだ」

 食器を片付けていたキヌカがフリーズした。

 一分後に再起動して、

「薬のせいかー。アタシ変なこと言っちゃったけど、それも薬のせいなのね! そっか!」

 彼女はフードから顔を出す。

 赤らんだ頬で笑顔を浮かべて、手にした食器を置き、俺の首を絞めた。

「デモ、ワスレロ」

「忘れるッ」

「何を忘れたの? 言ってみ?」

「『………する?』あたりかな」

「ぎゃー! それは念入りに忘れろー!」

 首をがくがく揺らされた。

「忘れた忘れた。てか、俺の性癖暴露も忘れろよ」

「え、イヤ」

「それは酷いだろ!」

「うるさい、尾てい骨フェチ」

「フェチじゃねぇよ! お前の尾てい骨が好きなだけだ!」

「いっ!」

 キヌカは、自分の尻に手を置く。

「我を助けた後に、好きなだけイチャイチャしてほしいのだ」

 オリンギが、すまなそうに話しかけてきた。

 しょうがない。

 俺は、腰にぶら下げた白い縄を手に取る。

 カウボーイが使う投げ縄に似た物。無造作に、オリンギに向かって縄を投げた。自然とできた輪にオリンギの体が入り、釣り上げる。

「飛龍、その縄どうしたの?」

「は? キヌカが持たしてくれたんじゃないのか?」

「知らない。剣みたいに急に出たけど、新しいボイドじゃないの?」

「いや――――――」

 あれ、いつからあった? “そこに存在している”という確信があったから手に取ったのに。

「その縄、我らの死骸のようだな」

「椅子を一本釣りした時に使ったやつか」

 オリンギを肩車した。

 群がって来るエリンギをしっしと追い払う。一匹、俺の背中をよじ登ってきた。面倒なので放置だ。

「飛龍の修復に使用したそうだが、こういう形で定着するとは予想外なのだ」

「ほー」

 縄を改めてみた。

 皮のような感触だが、ゴムのように伸びる。足で踏んで伸ばしてみた。引っ張っただけ伸びるに伸びる。どれだけ伸びるのか予想もできない。

「キモッ」

 キヌカに気持ち悪がられる。縄が蛇のように蠢いたからだ。

「俺の意思で動かせるぞ」

 縄の形から逸脱できないが、意思である程度は操作できる。

 やや遠くで、くつろいでいるユルルを見つけた。

 もう一度、投げ縄の要領で投げる。輪がユルルの胴体にすっぽりとハマった。縛り上げることも可能だろう。

「使えるな」

 ふと、記憶が掘り起こされる。誰かさんが図書館で縛り上げられたシーンだ。あれはあれで、芸術性が高かった。

 そんな俺の意思を縄が受け取り、ユルルの体を縄が這い回――――――

「コラッ! 殴るよ!」

 キヌカに殴られたので縄を解く。

「つい」

「変態」

「この縄が悪い」

「あんたがエロいのが悪い」

「そこについては否定しない」

 ムッツリがバレてしまった今、否定しても無駄だろう。

「結婚するのですーですー」

「うーむ、分身体に結婚を迫られるとは複雑なのだ」

 俺の背中を登り切った女王は、オリンギに求婚していた。

「してしまえ」

「しかし、飛龍。結婚とは何をすればいいのだ?」

「俺に聞かれても困る。キヌカ、教えてやれ」

「アタシに聞かないで」

 童貞と処女<たぶん>に聞くことじゃない。

「うーむ、二人とも経験不足であるか。なら我の勝手にやるか」

 オリンギは、俺の頭の上に立つ。

 そこから女王に向かって言った。

「女王よ。そなたは今、薬物で頭がイカれている。また騒ぎを起こされても面倒なので『結婚』という契約で縛り付けよう」

 最低の口上だった。

 オリンギは、腕の端末を一つ外して女王に渡した。

「これで結婚なのだ」

「これで結婚なのです」

 端末、後で返してもらおう。今はまあ、これで良し?

『おめでとう』

 俺とキヌカは拍手した。

「がんどうじだぁぁぁ」

「お薬が抜けるまで末永くお付き合いを!」

「ロミオとジュリエットやぁー」

「ボニーとクライドやぁー」

「どーにでもなーれ」

「ヒャッハー!」

 他のエリンギたちも祝福していた。なんだろな、これ。

 と、落下音だ。

 投下ポッドが降りてきた。

 キヌカに目で『要請したか?』と聞く『してない』と返事。

 しばらく無視していたから、OD社がしびれを切らしたのだろう。ポッドから出てきたのは、ひょろ長い人型のロボットだ。

 四角い胴体に、円柱状の頭部、鉄パイプみたいな手足。玩具にも見えるデザインで、二足歩行もぎこちない。

 ロボットは、フレンドリーに手を振りながら俺たちに近付いてくる。

「飛龍、どうするの?」

「向こうの出方次第だ」

 謝罪から入るなら良し。俺の対応を糾弾するなら、もう一回連絡遮断だ。その後は、なるようになれ。

 ロボットは言う。

『おーい、人類の敵ども~交渉しましょー』

 駄目そうだ。

『あ』

 ロボットは派手に転んだ。古臭いアニメのドジっ子みたいな転倒だ。

 拍子に左腕が外れる。

『失敗、失敗』

「………………」

 出鼻をくじかれた。エリンギたちも沈黙している。

 ロボットは、外れた左腕を装着しながら言った。

『私は廃棄AI、あなた方“人類の敵”と交渉をするため、OD社から派遣されました』

「あ、はい」

 予想外の交渉役だ。

 それよりも、

「おい、“人類の敵”って俺とキヌカもか?」

『いえ、飛龍さん。あなたと、このキノコ状のボイドのことです』

「それなら良かった。………良くねぇよ」

 人様を人類の敵にするな。

『良くないですよね。例え、重大な命令不服従であっても、“人類の敵”認定は浅慮であると新しい担当官は考えました。なので、私を派遣したのです』

「新しい担当官?」

『あなたの担当官は、四回変わっています。一回目が事故、二回目が精神疾患、三回目が失踪、四回目は更迭。あなたは厄介者として有名だそうです。現担当官は、あなたにはまだ利用価値があり、交渉の余地ありとお考えなようですが』

 裏で起こってることなど知るか。

 てか、不愉快。

「それじゃ直接来いよ。最低でも顔と声見せろ」

『一般社員と、ボイド・シーカーの接触は禁止されています。ボイドによる影響は、文字や音声、視覚情報、デジタル機器を介しても行われるので。だから、コルバのような低機能AIを介してコミュニケーションをとっているのです。あ、これ言っちゃいけないやつでした。まあ、私は40時間後に廃棄される予定なのでいっか』

 エリンギたちが、ロボットに群がっていた。

「作りが甘いですな」

「明日には同じ物を作れますな」

「土で何とかなりそうだ」

「でてぃーるにこだわって改造したい」

「ロココ調がいいよね」

「巨大化もいいかも?」

 やっちまえ、やっちまえ。

 それはそうと、

「まぁ、話だけは聞いてやる」

『それは良かった。命令はシンプルで猿でもできるほど簡単です。この――――――』

 ロボットは、ガタガタの指でエリンギを指す。

『ソロモン・グランディを破壊してください』

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