<第二章:ソロモン・グランディ> 【15】
【15】
目覚めると家だった。
「あ、起きた」
キヌカが隣で寝ている。割とかなり近い距離だ。
意識しないよう自然に慣れた風を装う。
「俺、何日寝ていた?」
「二日」
「結構寝たな」
「あんた最近、よく寝るわよね」
「良いことなのか悪いことなのか」
「寝る子は育つっていうから、良いんじゃない?」
「成長期は終わってるぞ」
「でもほら、今小さいんだし早く大きくならないと」
「………は?」
キヌカは俺に手鏡を渡す。
そこに写っていたのは、人間の顔ではなく白いキノコの体。
俺は、エリンギになっていた。
「ぎゃああああああああ!」
目覚めると家だった。
夢だったようだ。
とんでもない悪夢だった。
ベタベタを自分の体を触る。顔の輪郭、肉の感触、耳、口、目、汗ばんだ皮膚。人間の体だ。
毛布の隣に膨らみがある。たぶんキヌカだろう。
「んん~飛龍、起きたの~?」
起こしてしまったようだ。
彼女が寝返りをうつと、その顔は目も鼻も口もないエリンギの体だった。
「うぉおおおおおおおおお!」
目覚めると家だった。
「夢だよな!?」
「どしたの? 大丈夫?」
毛布を跳ね除け、隣で寝ていたキヌカの顔を触る。
「お前もキノコじゃないよな!?」
「落ち着きなさいってば」
「お、俺は!? 俺は人間か!? キノコの体じゃないか!? マタンゴじゃないか!?」
「マタンゴが何か知らないけど、あんたは人間よ。変な夢でも見たの? めちゃ、うなされていたけど」
「俺とキヌカがエリンギになる夢だ。死ぬほどびっくりした」
「それ、ちょっと楽しそうかも」
「冗談やめてくれ。可愛いな」
「はぁ?」
自然と変な言葉が出た。内心思っていた言葉ではあるが、何の脈絡もなく口からポロリと出てしまった。
まだ疲れているようだ。
「本心だが気にしないでくれ」
「はぁぁ?」
「!?」
なんか変だ。
「変だぞ」
「変ね、変。いつも以上に」
「変わり者ってことなら、キヌカも同じだろ。俺みたいなのと一緒にいるわけだし」
「あ?」
「怒らないでくれ。怒っても可愛いな。良い匂いもする」
「ちょ、さっきから何言ってるの?」
「俺もわからん。変な下心がバレると気まずいから、考えないようにしていた言葉が次々と口から………………ほら今みたいに」
「あー」
キヌカは、何とも言えないような顔で外に声をかける。
「オリンギー! 飛龍起きたわよー! 予想通り副作用でてる!」
「副作用?」
バタバタと音がして入口が開いた。
焦げ茶のエリンギ―――オリンギが両手一杯に花を持って現れる。
「見舞いの花か?」
「違うのだ。エリンギの一体が、飛龍を“たぶん”治療するために薬を作った。この花は、薬の材料に他のエリンギが作って植えたもの。現在、草原で大繁殖して大変なことになっているのだ」
大輪の黄色い花だ。
「どこかで見たことのある花だな。食えるのか?」
「花は食うものなのか?」
「いや、別に食いたくはないが自然と口に」
キヌカが、俺の代わりに言う。
「心の声? 的なのが漏れているみたいなのよ」
「言語中枢に影響しているのだな。その程度なら、別に放置でもいいのでは?」
「俺が大変困るんだよ。さっきからムッツリの発言が多くてバレてしまう」
「もうバレたので良いのではないか」
よかねぇ!
「よかねぇよ! すぐ治せ! キヌカに嫌われたらどうするんだ!? なんかもう哀れなゴミを見るような目だぞ!」
「それよりも、体はどうなのだ?」
「すこぶる快調だ! 今は体よりも心の問題が大事だ!」
「わかった、わかったのだ。我も花から薬を作ろう。中和できるものができれば、たぶん恐らく副作用も消えるかもしれない。何事も挑戦なのだ」
オリンギは、花を“食った”。
「お前、それどうした?」
「進化したにょだ。モグモグ」
オリンギには、口が出来ていた。
鮫のような牙が並ぶ、肉食獣の口だ。噛み合わせが悪いらしく、花をこぼしながら咀嚼している。
「うわぁ、可愛くない」
キヌカは、げんなりしている。
「同感だ。それになんで、ヘル・イーターに似ている?」
「参考にしたので」
閉じると、オリンギの口は完全に見えなくなった。
「冗談じゃねぇよ。他のエリンギにも同じ口があるのか?」
「うむ」
「嫌な予感がする。グレムリン的な」
白くて増えるところまでは全く同じだ。その後、
「凶暴になったら手に負えないぞ」
「ああ、映画のアレね」
キヌカの返事に頷く。
「映画のアレだ。エリンギを安心と思っていたのは、身体に攻撃的な部分がなかったからだ。そこがなくなると、俺としては不安しかない」
「人間とはそういうものなのか?」
「そういう浅はかなもんだ。結局のところ、俺はお前を愛玩動物のように見ていた。思い込んでいた。で、その凶悪な口を見てかなり引いている」
「愛らしいものを善と思うのが、人間の感性なのだな。勉強になったのだ」
「別に愛らしいとは思ってないぞ?」
「では、飛龍が愛らしいと思っているのは何だ?」
「キ―――」
俺は自分の口を手で塞ぐ。
「お、できたのだ」
オリンギの頭に小さなキノコが生えた。
「これを食えば、たぶん副作用は消えるのだ。五分五分で」
「確率をもっと上げろよ」
「急ぎなので、とりあえずなのだ」
「不安しかねぇ」
キヌカがキノコをもいで、俺に食わそうとする前に――――――
「ど、どうした? キヌカ。その悪そうな笑顔は」
「これから先も一緒に冒険するとして、今回の発言で変な空気になるの嫌だから、はっきりしてよ」
「ん、ん?」
ずいっと、キヌカが迫る。
「近い近い。キヌカ、これ接吻の距離だ」
「何その、江戸みたいな言葉」
「江戸?!」
「最初の質問、巨乳と貧乳どっちが好きなの?」
「巨乳だ。ぐおっ」
正直に言ってしまった。
「それじゃ、アタシの胸じゃ興奮しないのよね?」
「する。勘違いしているようだが、巨乳が好きだからといって貧乳に興奮しないのは男としての怠慢だ。後、貧乳と思っているようだが、しっかりと膨らみはあるし、お前を庇って抱き締めた時に、どさくさ紛れて何度も触った」
「………うわぁ」
キヌカがドン引きしている。
「殺してくれ」
「じゃ次の質問」
「まだあるのか!?」
「ごゆっくりなのだ~」
「助けろよ!」
オリンギは出て行った。
「胸以外でも、アタシのこんな貧相な体に興奮するの?」
「する。勘弁してくれ」
「例えばどこ?」
「細い首筋とか、体格の割に、むちっとした尻とか太もも」
「はぁ? むち?? ほ、他には?」
「尾てい骨」
「はぁ?」
「背後から抱いた時、硬い感触を感じて、ああこれキヌカの大事な部分なのかと思うと――――――ギ」
俺は舌を噛んで黙った。
血の味が広がる。
「あんたって、そんな不愛想な顔してエロいことばっか考えてたのね」
「大半の男はこうだぞ? いや、俺もエロいことばっかではないぞ?」
「あ、そうだ。あんたの左目なくなってたから、アタシと同じ赤いやつ入れといたわよ」
「マジか。全然気が付かなかった」
そういえば問題なく見えている。パーツが変わったのに何の違和感もない。
OD社の製品がそれだけ良いってことか。
『………………』
急にお互い沈黙する。
キヌカが近いままだ。吐息を当てたくないので呼吸を小さくしてしまう。
「あんたってロリコン?」
「違う」
「あたしってそういう体型でしょ?」
「そりゃ言い過ぎだ。立派な女性だよ」
「………………もう、あんたが何を言っても、ヤらしく聞こえるんだけど?」
「ひでぇよ、聞いたのはお前じゃないか」
「聞いたアタシも悪いのかぁ」
「お前こそ俺をどう思ってるんだよ?」
「アタシ? アタシは別にいいじゃない」
笑って誤魔化すキヌカ。
「おまっ、それは酷いだろ。散々ナイーヴな男心に土足で入り込んだのに」
「酷いとか言わないでよ。こんな貧弱ボディに興奮するとか、変態以外にいなかったわけだし。そりゃまあ、あんたも変態って言ったら変態か」
「そこは認める。元々、なんもない人間だったからな俺は。変って言われた方が良い。個性だ」
「じゃ、アタシの気持ちは察したということで」
「逃げるな。はっきりと口にしてくれ。俺だってしたんだぞ」
「えー、アタシの行動とか言葉の端々から察してよー」
「俺はアホなので何もわからん。酷いなぁキヌカ。俺をこんな風に弄んで」
「絶対に言わない」
「………………」
「あんたは、なんか言ったら?」
「不愛想な顔でエロいこと考えて黙る」
長いため息を吐いて、キヌカは何か決意したような顔をした。
「それじゃ、ユルルは外の花に夢中みたいだし。オリンギも外なわけだし。久々に二人っきりよね。今暇だし、あんたはどーしてもって言うし」
キヌカの熱い吐息がかかる。
「す、す、すす、す、す、すすすすす」
彼女は顔を真っ赤にして、言葉の渋滞を作っていた。
しかし、グッと何かを飲み込み決意する。
「………する?」
はい、お願いします。
「はい、お願いします。と思ったのだが、これもまだ夢じゃないのか? もしくは薬の副作用がキヌカにも影響して、ん?」
あれ? マジで熱い。これ大丈夫な温度か?
「おい、キヌカ。だいじょ――――――」
ぐてん、とキヌカが倒れかかってきた。
「るぅううぅうぅぅ。きゅ」
「………………マジか」
熱で気絶したようだ。
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