<第二章:ソロモン・グランディ> 【12】
【12】
「うぉぉぉぉぉ! やめろぉぉぉぉ! やめるのだ、貴様らぁぁぁぁ!」
焦げエリンギは、廃材で作られた十字架に吊るされる。
『死刑♪ 死刑♪ 死刑♪ 死刑♪ 死刑♪ 死刑♪ 死刑♪』
その周りを、エリンギの群れが楽しそうに回っていた。
「ブラックコメディだなぁ」
「助けてあげなさいよ」
キヌカの提案はごもっとも、しかし。
「愉快に見えても、あいつら全員ボイドだぞ? 数が違い過ぎる」
「見捨てるの?」
「そうは言っていない。体力面に問題があるだけだ。救出するにしても、少し休みたい」
寒さに削られた体力が戻っていない。
今の状態だと、戦っても五分と持たないだろう。
「そんな暇ある?」
「もうちょい様子を見よう。やばそうなら、広範囲ボイドでドーンと巻き込んで助ける」
「“荒らす”の間違いでしょ………」
間違いない。
「静まれ! 者共! 静まるのです!」
偽エリンギが、群れを止めた。
どういう仕組みなのか、群れを従えている。まるで女王だ。
「我々は民主主義で生きるのです! 故に、処刑方法を広く求めます!」
「我、痛いのは嫌なのだ。初めては優しくしてほしいのだ」
「黙るのです。粛清!」
「ぐはっ!」
茶々を入れた焦げエリンギは、周囲の群れに棒で叩かれ黙らされる。
怖い民主主義である。
「先ずは、下郎!」
「え、俺?」
女王の短い腕で指された。
処刑方法とか言われてもな。んーまぁ、
「串焼きとか?」
「飛龍、それは調理方法ではないか」
「粛清!」
「ぐはぁぁぁぁぁ!」
再び、焦げエリンギは棒でボコボコにされた。
「処刑方法そのイチ、串焼きなのです。メモメモ、そこのお前! 記録係任命なのです!」
「らじゃ!」
女王に言われ、群れの一体が敬礼して了解した。
単純に考えて、命令している女王を倒せば、群れは焦げエリンギの言うことを………………聞くとも限らないか。早急だな。暴走する危険性もある。
「次、ママに意見を求めるのです!」
「え、アタシ?」
女王に言われて、キヌカが驚き戸惑う。
「求めるのです!」
「産んだ記憶はないのだけど」
もし産んだなら俺は卒倒する。
『ママ』という言葉で群れがざわついた。
「ママって何ぞ?」
「造物主」
「造物主は、吊ってるアレぞ」
「哀れな主ぞ」
「産んでもらった記憶はないのだ」
「謎だぁ」
「謎なのだ」
「でも、体形は似てる」
「似てるよねー」
「仲間、仲間」
「ママー!」
群れの連中はキヌカを仲間と認めたようだ。
「キヌカ、怒るなよ」
「誰がエリンギ体型よ!」
そこまで平らじゃないと思うのだが、尻とか太ももとかが特に。
女王が叫ぶ。
「ママ、求めるので!」
「え、えーと、バター醤油炒め?」
「処刑方法そのニ、バター醤油炒めなのです! 記録係! メモ!」
「だから調理―――ぐああああああ!」
焦げエリンギを理不尽な暴力が襲う。
「次はお前! 処刑方法を言うのです!」
群れの一人を女王が指す。
「ひぃぃぃ」
何故か怯える指されたエリンギ。
「言うのです! 言わないとお前も粛清なのです!」
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
「逃げた! 裏切者なのです! 捕縛!」
逃げ出すエリンギ。しかし、簡単に捕まえられ、焦げエリンギの隣に吊るされた。
「意見なき者は粛清なのです」
民主主義は逃亡を許さないようだ。
「次なのです!」
「ひぃぃぃぃぃぃ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃ………は、恥ずかしい思い出を話す?」
「それでは死なないのです。粛清!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
またまた吊るされるエリンギ。
「次なのです!」
次に指されたエリンギは、
「八つ裂き!」
と処刑方法を言った。
「メモなのです! 記録係! はい次!」
女王は、次を指す。
「ぎゃー!」
次は逃げた。
「捕縛! そして次なのです!」
「くすぐり」
「メモ!」
20回ほど、そんなやり取りを観察した。
大体、三人に一人が意見を言って、二人が逃げ出す感じ。次々とエリンギが吊るされてゆく。指された瞬間、逃げ出すエリンギも出てくる。
結局、最後は捕まるのだが追いかけっこは長くなる一方だ。そして、ここまでにかかった時間………………なんと、四時間である。
「キヌカ、俺寝ていいか?」
「アタシも眠くなってきた。続きは明日でいいよね。この調子じゃ、明日もやってると思う」
焦げエリンギも、吊るされ仲間が増えて寂しくなさそうだし、俺とキヌカは休むことにした。
一眠りした後、外に出ると様子は一変していた。
草原が禿げ、土埃が舞い。その中を『棒と縄を持った白い物体』が行き交い、ぶつかり合っている。
さながら運動会のようだ。
エリンギの一体が転がりながら俺の足元に来た。
「飛龍、起きたのか」
緑色のマントを羽織り、槍を持ったエリンギだ。小さい手には、俺とキヌカの端末が付いている。
「お前、焦げ―――えーと、オリジナルか?」
「そうなのだ。色々と数が増えた故、オリンギとでも呼んでもらおうか」
変なネーミングセンス。
「オリンギ、一体どうなっている?」
「うむ、反乱により女王の民主主義は崩壊したのだ」
「ありゃどう見ても独裁だけどな」
「“群れ”の中にも“我”としての自意識が多い者が半数以上いた。自殺方法を選べと言われて、素直に言える個体は、半数もいなかったのだ。そんなわけで反乱、そして絶賛、我ら反乱軍と女王軍で戦争中なのだ」
耳をすませば、エリンギたちの雄叫びや悲鳴が聞こえる。
これ戦争中なのか。
「物騒だな」
「そうでもない。我フワッとした不滅な故、刺したり切ったり燃やしたりでは死なぬ。だから、棒で叩いたり縄で縛ったりして動きを止めるしかないのだ」
それはまあ、平和というか何というか。
泥沼になりそうな気もする。
「決着付くのか?」
「一定以上、攻撃を受けたら停止するようルールを設けた。自己申告制で」
サバゲ―かよ。
「だが酷いのだ。女王とその配下は、このルールを無視して暴れ回っている。だから相手が根負けするまで、囲んで叩いて縛るのだ。でも安心してくれ、寝返る者も多いので数的に我は優勢である。勝利も時間の問題かと」
「それ、どのくらいかかりそうだ?」
「たぶん………………二日くらい?」
「あ、はい」
家に戻り、キヌカに状況を説明。
連戦した後だから休暇も良いということになる。
朝食は、たっぷりジャムを付けた乾パンに紅茶。昼まで、タブレットに入れた日本昔話をユルルに読み聞かせ、情操教育を施す。効果のほどは知らぬ。
昼食は、キヌカがフライパン一つで作ったパスタ。コンソメ風味でチーズと加工肉マシマシ、美味だった。外で、エリンギたちの戦争を見ながら食った。
夕食まで、ユルルの爪の手入れをしたり、髪や鱗を磨いて過ごす。二人だけの時は、俺の拙い話で時間を潰すのだが、ユルルの世話をすると丁度いい感じで時間が潰れた。
夕食は、缶詰の野菜をたっぷりと入れたシチュー。ご飯にかけるか、パンで食うかでキヌカとモメにモメた。ちなみに俺は、ご飯派だ。
眠るまでの短い時間、キヌカがタブレットで海外の寓話をユルルに読み聞かせた。
やたら怖いのばかりで、ユルルは怯えていた。特に蜘蛛の話がダメなようである。
「あれ? 入ってない」
キヌカは、タブレットを操作しながら首を傾げた。
「何が?」
「ソロモン・グランディ。有名なのに」
「ボイドじゃなくて?」
「元々の意味よ、マザーグースの寓話の一つ」
「ソロモン・グランディって、寓話なのか」
コルバがマザーグースとか言っていたのは聞いていたが、特に考えず聞き流していた。
「そうよ。確か――――――」
ソロモン・グランディ
月曜日に生まれ
火曜日に洗礼を受け
水曜日に嫁をもらい
木曜日に病気になった
金曜日に病気が悪くなり
土曜日に死んで
日曜日に埋められる
これが、ソロモン・グランディの一生
「――――――ってやつ」
キヌカがソロモン・グランディを詠ってくれる。
「ん、んー?」
「どしたの?」
妙な引っ掛かりを感じた。
考える人のポーズで考える。何故か、ユルルも真似る。
「俺らが戦って倒した奴らって、どこにソロモン・グランディの要素があった?」
「皆無かな。でも、ボイドだし」
「ボイドだからなぁ」
常識で考えるのは悪手だ。
しかし、もう一つの可能性もある。
俺が感づいた時点でキヌカが気付いていないわけがない。口にしないのは、そういう可能性を恐れているからだ。
俺も口にはしない。
なんとなく無言のまま、今日は眠ることにした。三人で寄り添うようになってから、不眠が嘘のように改善された。
今日もユルルの歌が聞こえる。
外ではまだ、エリンギたちが戦っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます