<第二章:ソロモン・グランディ> 【11】


【11】


 キヌカを抱き締めて、雪原を転がる。白い視界が何回転もした後、雪の溜まりに突っ込んで勢いは止まった。

 身動きできない。

 呼吸もできない。

 ――――――と、誰かに足を引っ張られ、俺とキヌカは雪から出られた。

 俺たちを助けたのは、ユルルだった。

 俺の足を掴んで引っ張り出したようだ。まだ寒いらしく、俺とキヌカを雪の上に落とすとノロノロと家に帰って行った。

 吹雪は止んでいた。

 空には太陽が見え、雪原がキラキラと輝いている。

「………やったの?」

「そのセリフ禁止な」

 キヌカが不吉な言葉を吐く。

「なんでよ?」

「やったか? で、やれたところを見たことがない」

「映画の話でしょ?」

「映画の話だ」

「じゃあ、やった! はい、これ」

「………おう」

 それでいいのか?

「あ! エリンギは!?」

 キヌカが、俺の腕の中から抜け出て走り出す。

 向かう先は、一番大きな破壊の跡。クレーター状に大地が抉られている。

 キヌカの後に続いた俺は、浮かんだシンプルな言葉を飲み込む。

「エリンギー! どこー!」

「どこだー」

 あの速度と威力だ。希望的な想像をしても、無事ではないだろう。肉片の一つでも残っていたら幸運だ。

 そもそも、あいつだってこうなることは理解していたのでは? それはそれで、なんのために自己犠牲を払ったのか理解できないが。

 変なボイドだった。

 キヌカには悪いが、俺はエリンギを完全に過去の者として考えている。

「どこー! 返事しなさーい!」

「どこだー」

「飛龍、声が小さい!」

「どーこーだー!」

 こうやって声を上げるのも無駄なこと。だが、無駄なことをやるのが人間なのだ。そう考えると無駄なことも無駄じゃない。


 捜索は、30分近く続けた。


 キヌカの声も段々小さくなっている。丸一日やれば諦めてくれるだろう。

「ん?」

 地面にめり込んだ、小さな金属片を見つける。

 近付いて屈む。

 俺の剣だ。刃部分が地面からわずかに突き出ている。摘まんで引き抜くと、ボコッとエリンギが収穫できた。

「我、死ぬかと思ったのだ」

「呆れた頑丈さだな」

 焦げて全身真っ黒だ。

 美味しそうな匂いがする。

「終端速度を延長するため、真空を作りだしたり、重力操作して色々疲れたのだ」

「よくわからんが、お疲れさん。キヌカー!」

「飛龍ー!」

 ほぼ同時に俺たちは名を呼び合う。

 彼女は白い物を抱えて、俺のところにやってきた。

『え?』

 声がハモる。

 キヌカは、エリンギを抱えていた。こっちのと違い白い奴だ。

「おい、どういうことだ?」

 焦げたエリンギに理由を聞く。

「分裂体は全て取り込んだのだ。しかし、加速する時に千切れた破片が再生したのだろうか?」

「つまり?」

「あれも我であり、我も我である。しかし、正真正銘この我こそが本物である」

 キヌカは、困り顔で抱えたエリンギを眺める。

「こっちは、偽者ってこと?」

「失礼な。“私”は“私”であり、“偽者”と呼ばれる言われはない」

 偽エリンギは、焦げエリンギより賢そうな声で言った。

「だとよ、お前が偽者なんじゃないのか?」

「ば、馬鹿な」

 焦げエリンギは落ち込んだ。

 軽い振動を感知する。

 足元だ。下に何か、下から何かでてくる? 

 ボコッ、ボコッ、ボコココッ、と大量のエリンギが地面から出てきた。1メートルサイズの偽エリンギや焦げエリンギより、一回り小さいサイズのエリンギ。総数は、たぶん100に近い。

「おいおい」

 豊作だな。



「整列するのだー! 整列するのだー!」

 焦げエリンギが跳ねながら叫ぶ。

 エリンギの群れは、わちゃわちゃと好き勝手に喋くり走り回り、聞く耳を持たない。

「整列するのだァァァ! 貴様ら我の分裂であろうがー! 言うこと聞けー!」

「うっせバーカ」

「少しデカイくらいで偉そうに」

「焦げた癖に偉そうに」

「キノコの癖に偉そうに」

「ワレらもキノコぞ?」

「でも、キノコって何ぞ?」

「タケノコになるぞ? お? お?」

 やっと聞いたと思えば、罵詈雑言で返される始末。

「飛龍、我キレちまったのだ。こいつらには制裁が必要である。拳見せてやるのだ」

「そうかそうか、頑張れ」

 焦げエリンギが、エリンギの群れに跳び込む。俺は、疲労もあってアンニュイな感じで適当に頷く。

「オリジナルの強さ見せてや、ギャァァァァァァ!」

 焦げエリンギは、エリンギの群れに四方八方から攻撃を受けた。

 所謂、フルボッコだ。

「ところでキヌカ、そいついつまで抱いているんだ?」

 隣の彼女は、偽エリンギを抱えたままである。それがなんとなく気になる。

「触り心地いいのよね。フワフワで羽毛みたい。軽いし」

「へぇ」

 俺も撫でようと手を伸ばしたところ、偽エリンギに頭で手を弾かれた。

「気安く触るな、下郎めが」

「げ、げろう?」

 人生で初めて言われた中傷である。

「そうよ、飛龍。女の子の頭を勝手に撫でるとか性犯罪よ」

「女の子?!」

 いやまて、俺が知らないだけで菌類にも雌雄があるのかもしれない。おしべとめしべがあるくらいだから。

 ん? 

 んん?

「するとキヌカ、あっちもメスなのか?」

 袋叩きにあっている焦げエリンギを指す。

「あっちは男の子」

「わからん。何もかもわからん」

「声のトーンとか、発言がってこと。キノコに性別なんてないでしょーが」

「声のトーンと発言の区別もわからん」

「ユルルは女の子扱いしてるのに?」

「あのオッパイで男の子扱いできないだろ?」

「じゃあ、アタシは男の子扱いなの!?」

「いっっつも女の子扱いしてるだろ!」

「そうよね!」

「飛龍、イチャイチャも良いが助けてほしいのだ」

 焦げエリンギからヘルプが来たので、近くにあったロープを投げて引っ張る。焦げエリンギの他に、余分なエリンギが釣れた。そいつらを群れの奥に投げると、

「次、ワレ~」

「その次ワレ~」

「アトラクション!」

「サティスファクション!」

 投げ待ちの列ができた。

 保父さんって大変な仕事なんだろうと痛感しながら、エリンギを投げてゆく。子供投げたら大問題だろうけど。

「丁度いいのだ。並んだし、静かになった」

 あちこちヘコんだ焦げエリンギが、俺の隣で声を張り上げた。

「貴様ら分裂体は! ただちに活動を止めて土に還るのだ! このまま各自進化したら、大変なことになる!」

「いやお前、それって“死ね”ってことだろ? 従うと思うか?」

 俺はエリンギを投げながら、焦げエリンギにツッコミを入れた。

「我、オリジナルぞ? 生みの親ぞ? 神ぞ? 従うであろう。従って当たり前なのだ」

「そういう傲慢は足をすくわれるぞ」

「どういうこと?」

 焦げエリンギは、背中を押されて群れに落とされた。また揉みくちゃされる。

 背中を押したのは、偽エリンギだった。

 彼女は、高らかに宣言する。

「その者は、偽りの神である! 我々が自立し、確立するためには、この者を断罪しなければならない! 皆の者! この者に相応しい罪は何ぞや!」

 不気味なほど、ピタッとエリンギの群れは止まる。

 停止した後、声を揃えて叫んだ。

『死刑!』

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