<第二章:ソロモン・グランディ> 【10】
【10】
エリンギの要望により、ティーカップのボイドから100個のクルトンを取り出す。その全てに蛍光ペンで模様を付けし、撥水スプレーで防水加工を施す。
次は、転がっている投下ポッドをバラして加工した。これがとてつもない重労働で、厳しい寒さもあり、俺の体力は限界近くまで削られた。
エリンギのプランが失敗して、反撃されたら応戦できない。
とはいえ、俺に良い考えがあるわけでもないし。キヌカは、エリンギのプランに乗る気だ。信じることが、俺のできる最善なのだろう。
「で、どうだ?」
吹雪の中、自分が作った物をエリンギに見せる。
幅2メートル、全長18メートルの筒状の物体だ。
「うーむ、作りの甘さと粗さが目立つのだ。しかし素人にしてはよくやっている方、我慢我慢の人生であーる」
イラッとしたが、素人仕事なのは認める。
それでも、
「初めて作ったんだぞ? 寒いし視界も悪い。贅沢を言うな」
「だから我慢するのだ。それに、たぶん? いけるとかと?」
「疑問系かよ」
背後に気配を感じた。
モコモコのコートを着たキヌカだ。それでも寒そうに震えている。
「うわっ、大きい」
「だろ? 俺の力作だ」
「設計は我がしたのだが………」
自慢気な俺に、エリンギがチャチャを入れた。
「あの落書きから、これを作った俺を称えろ」
「絵心を学ぶ時間はなかったのだ」
「ところでこれ………」
キヌカが首を傾げて言う。
「壊れた遊具?」
「砲身だ。砲身」
酷い言われようだ。
「え? ああ、言われてみればそう見えなくも?」
そんなに酷いか?
エリンギは、砲身をペチペチ叩きながら言った。
「問題ない。というか、問題があってもこれで行くしかないのだ。このまま気温の低下が進めば、じきに有機生命体は生存できなくなる」
「だろうな」
疲労もあるが、体がまともに動かなくなってきた。寒すぎて呼吸が辛い。俺で“これ”なのだから、キヌカはもっとしんどいだろう。
「では始めるのだ」
「まあ、頑張れ」
後は、こいつ次第。
「散開ッ!」
エリンギが叫ぶと、白いキノコのような体がバラバラに崩れていった。
崩れた体が蠢くと、そこから拳大のエリンギがポコポコと湧いて出てくる。集合恐怖症の人間が見たら悲鳴を上げる光景だ。
「整列しろー」
やる気のない俺の号令で、総数100体のエリンギが並ぶ。
「やだ可愛い。ねぇ、飛龍。一つ飼ってもいい?」
「ダメだ」
「ケチ」
キヌカのお願いは拒否した。屈んで、一体一体にクルトンを渡す。何故か、クルトンを受け取る度に『ヒャッハー!』と奇声を上げて指定の場所に走って行く。
49個のクルトンを配り終えた。
「次からは上空待機組だ」
50個目から、クルトンを受け取った小エリンギは、頭部にプロペラ状の器官を生やし、回転しながら空を飛ぶ。
「フライハーイ」
「ねぇ、飛龍」
「飼わないぞ」
キヌカのお願いを再び拒否。
「そうじゃなくて、アタシ、もう大抵のことじゃ驚かないと思っていたけど、これはなんか驚きの光景だわ」
「俺もだ」
エリンギが飛んで行く。飛行タイプは、変な言動が多く。
「お国のために必ず!」
「スターリングラードで弾だけ渡された兵士の気分」
「殺す、絶対殺す」
「野郎、ぶっコロ!」
「一緒にニッポンに帰ろう!」
「アババババババ」
とまあ、完全に意味不明な言動も多い。頭を回している影響なのだろうか?
そして、99個のクルトンを配り終えた。
100個目は、砲身の中にセット済みだ。
エリンギの最後の一体がポツンと残っている。俺は剣を取り出し、最後の一体を拾って柄に括り付けた。
「おい、エリンギ。この剣は俺の一部だ。誰にも貸したことはない。大事に使え、決め手をミスんなよ」
「了解なのだ」
「よし」
俺は剣を振りかぶる。
「できるだけ高く投げ飛ばす。落下の調整はそっちでやれるんだよな?」
「できるのだ。ゴーゴー!」
「行ってこい!」
雪原を踏み締める。
全身全霊、残った力を全て使い、曇天の空に剣をぶん投げた。
鈍い銀光が空に吸い込まれる。
それだけだ。
残念ながら、俺に空を払うほどの力はない。剣とエリンギを、高く高く、天に届くまで投げ飛ばす程度の力しかない。
荒れる白い風の中、短い空の旅を終えて、落下するエリンギと剣を見た。
か細い糸のような銀の光。その落下地点には、クルトンを持ったエリンギがいるはずだ。
吹雪のうねりを見た。
成功だ。剣を持ったエリンギは、飛んだエリンギのクルトンへ転移。再び空へ。そして落下がまた始まる。一回目よりも速い落下だ。
――――――エリンギのプランを思い出す。
『あの、踏んだらピューンとするやつ』
『踏んだら、転移するクルトンな』
『運動エネルギーを拡散しないで、保存したままピューンとしているのだ』
『ん………つまり?』
『この保存を利用すれば、遠距離から吹雪の中心を貫く攻撃力を出せる。………はず』
『はずって、一応聞いてやるけど』
『敵の防御力が未知数なので、我の分裂限界数――――――つまり、100体に分裂して挑む』
『その時点で色々おかしい』
『最後まで聞いて欲しいのだ。分裂した我を、天と地に配置。それらにクルトンを持たせる。最初の我を飛龍に高く投げ飛ばしてもらい、高度から落下、落下地点に用意したクルトンで転移、落下エネルギーを保存したまま上空に出現、また落下して転移、を繰り返す』
25回目の落下。
いやもう、落下と呼んでいい速度じゃない。下に向かって撃ち出された砲弾だ。音の壁を破壊して進んでいる。
『言うのは簡単だが………』
『コントロールなら確かに不安は残る。だが分裂した我で操作、調整する。転移する度に分裂体を回収、合体して元のサイズに戻る頃には凄いエネルギーになる。それを、砲身状の空間から撃ち出せば、何もかも貫く凄い破壊力になる、はずなのだ』
『何回か試してみるか』
『ダメなのだ。今、この瞬間も、奴は我々を見ている。下手に見せたら、たぶん対応される』
『ぶっつけ本番の一発勝負か』
『なのだ』
34回目? の落下。
なのだろうか? もう俺の目では追えない。空間に散る残り火だけが、まだ転移に成功している証だ。
恐らく45回目辺りの落下。終盤だ。
稲妻が発生した。
激しい炎を伴った稲妻だ。
何度も何度も、吹雪の中を炎雷が落ちる。
エリンギは転移に成功しているのか? これは失敗の余波なのか? もう、人知が理解できる現象ではない。
不安で寄ってきたキヌカと肩を抱き合う。
「頑張れ」
キヌカの応援が届くとは思えない。ボイドがやっていることに、人間が意思をぶつけて意味があるとも思えない。
違うか。
人間の意思をぶつけられてこそ、ボイドなのか。
「やっちまえ」
一際大きな稲妻の後、音が消えた。代わりに光の柱が生まれる。
穏やかで、寒さを忘れる暖かい光。
この感じ、前にどこかで見たことがある。
あの人間を自死させるボイドの光と似ている。当たり前だが、あのボイドと違って、この光を見ても穏やかに死にたくなる気持ちは湧かない。
もしかして、人間が理解できない現象を脳が【光】として誤認しているのか?
光の柱が消えた。
光は、佇む砲身から溢れる。
空気が震えた。
「キヌカッ、口を開けて耳を閉じろ!」
砲撃に耐える体勢だ。なんの映画の知識かは忘れた。
吹雪が濃くなる。
吹雪の中心が、こちらの異常を察したのだろう。奴が動く、防御態勢なのか、攻撃態勢なのか、どちらにせよ。
――――――圧倒的に遅い。
俺に見えたのは、砲身の一瞬の輝き。吹雪に大穴を開けた破壊の跡、馬の脚を残して消し飛んだ敵の姿。
音が止まり、景色が止まり、時間すら止まった気がした。
そして、破壊の余波で俺とキヌカは吹っ飛ばされる。
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