<第二章:ソロモン・グランディ> 【09】


【09】


 一眠りすると、外は雪国だった。

 しかも過酷な雪国だ。

 猛烈に吹雪いている。白い風が全てを塗り潰していた。

 防寒着を着込んでも、寒さが骨まで染みる。視界も悪く、数メートル先も定かではない。

 左腕のボイドのせいで、俺は人間離れの身体能力を得た。代謝能力もかなり上がっている。それでも、この寒さは堪える。

「人間の生きれる環境じゃねぇ」

 早く原因を潰さないと凍死だ。

 双眼鏡で吹雪の中を覗く。白いだけでの空間だが、相手の位置は予想できる。吹雪の中心、一番近寄られたくない場所。


 ………………見つけた。


 吹雪のわずかな隙間に、骨の馬に乗った黒衣を見つけた。

 第三の【ソロモン・グランディ】で間違いない。恐らくは、雪が降り出したのと同時に出現していたのだろう。

「それ、我も見たい。みたーい」

「ほれ」

 俺は双眼鏡を、足に抱き着いているエリンギに渡す。エリンギは、緑色のポンチョを羽織っていた。キヌカが、『全裸じゃ寒そうだから』と着せたのだ。

 全裸ポンチョでこの寒さに耐えられるとは、このエリンギかなりの環境適応能力だ。

「おー何も見えん」

 エリンギは、短い手で双眼鏡を保持して吹雪を見ていた。

「奥にいるだろ。黒いのが」

「あー、おー? んーあー? ………………お、いた」

「そいつが、次の敵だ」

「敵とな。何故、敵なのだ?」

「倒さなきゃ俺らは死ぬ。この雪も敵が原因だろう」

「雪を止めれば、敵ではないのか?」

「まあな」

 雪程度で終われば、だがな。

 放り投げられた双眼鏡を受け取る。

「雪を止めるように言ってくるのだ」

「は?」

 歩き出すエリンギの頭に足を置いて止める。

「何をするのか?」

「止めとけ。話が通じる相手じゃない」

「話してもいないのに?」

「いきなり攻撃してきたやつだぞ?」

「我も経験あるのだ。三回目までは誤射かもしれない」

「三回も誤射されたら普通死ぬ」

「我、頑丈な故」

 俺は足を離し、腰に下げたロープをエリンギに巻いた。

「まあ、ダメ元で行け。やばそうなら引っ張るからな」

「ラジャ」

 エリンギは、吹雪の中心に向かって歩き出す。白いこともあり、あっという間に見えなくなった。

 スルスルとロープが伸びてゆく。

 俺の本心は、ボイドと話し合いで解決できるとは思っていない。ただ、エリンギは頑丈だ。ちょっとやそっとの攻撃では死なないはず。敵の攻撃手段を見れば、対策の一つでも浮かぶだろう。

 とは言え、万が一の期待は捨てていない。楽ができるなら、それにこしたことはないのだ。

 だが、ロープは止まる。

 ロープの長さは十分だ。エリンギが進んでいない。

 双眼鏡を覗く。

 たどり着いたと思ったが、黒衣の傍にエリンギはいない。

「ダメか」

 引いたロープは結構な重さだ。エリンギだけの重量ではない。しばらく引くと、重さの原因が視界に入った。

 大きな雪玉だった。

 剣を取り出し、それを斬る。

 中から出てきたのは、かちんこちんの冷凍エリンギだった。

 剣の腹でエリンギを叩く。

「で、話はできたか?」

「………………」

 流石のエリンギも、凍っては何もできないようだ。

 急に吹雪が強くなった。

 呼吸を止める。本能的に、今呼吸したら肺が凍ると察した。視界は白一色、ホワイトアウトだ。上下に前後左右、全ての感覚が白に染まる。

 足が動かせない。自分がどこにいて、どう立っているのか、いや倒れているのか、何もわからない。

 ロープを握り締めた。

 俺は立っている。立っていると信じ、思い込み、ポケットから取り出したクルトンを踏み砕いた。

「ぶはっ」

 一瞬で空気が変化した。

 内臓が驚く寒暖差。豆腐ハウスに戻ってきた。

「飛龍、早くストーブの近くに」

 キヌカに引っ張られストーブの近くに座る。凍っていた血肉に命が戻る。体のあちこちがチクチクと痒い。

「生き返る」

 凍ったエリンギもストーブの近くに置いた。

 豆腐ハウスは、積雪で一度倒壊したので作り直した。広さは10畳程度、床にはマットを敷き詰め、天井は高く、屋根は三角にした。部屋の中心にストーブ兼調理スペースがあり、角には収納ボックスを置いた。冬眠中のユルルがいても、割と自由に動ける快適さ。

 多少は家らしくなった。

「それどうしたの?」

 キヌカは、凍ったエリンギを指す。

「吹雪の中心、次の【ソロモン・グランディ】に近付いたらこうなった」

「エリンギって、凍るんだ」

「そりゃまあ、凍るだろ」

 キヌカは、エリンギを何だと思っていたのだ?

「つまり、近付いたら強くなる系から、近付かせない系になったってこと?」

「だろうな。エリンギが凍るんなら、俺じゃ凍死だ」

「飛び道具、必要よね。………ある? ラストリゾート以上の?」

「“対人用”ならある。ボイド用ならない」

 怪鳥になったラストリゾートは、現在ヘル・イーターで再構成中だ。前のように銃になるかは、使ってみないとわからない。そもそも、何時になったら使えるのかが不明だ。少なくとも、今は絶対に無理である。

「広範囲に色々出せるボイドは持っていたよね? あれで燃やしてみたり」

「あいつらは攻撃範囲が広すぎる。下手をしたら自滅だ。ユルルに守らせて無理やりってのを考えたが、冬眠中だしな」

 毛布に包まったユルルは、春まで目覚めそうもない。

「となると………………」

 キヌカは考え込む。

 暇になった俺は、キヌカを凝視した。

 まつ毛が長い。目が大きい。考え込むとやや釣り目になるのか。相変わらず小さいし華奢だ。飯きちんと食っているのか心配になる。

 髪が少し伸びたな。生え際に地毛の黒が見えていたのだが、それも金髪に染められていた。

「何見てんのよ?」

 視線に気付かれ睨まれる。

「なんで髪染めてんだ?」

「物資に髪染めあったから」

「そういうことではなく。根本的な? 意味で」

「みんな染めてるし、髪黒いと目立つし、変なのに絡まれるから面倒だし」

「そうなのか」

「そうなのよ」

 女も大変だな。

 しかしそうなら、

「今は別に染めなくてもいいだろ。変なのが絡んできたら、俺がどうにかするぞ」

「それはそうだけど、習慣よ習慣」

 習慣か。

 俺はそういうのないなぁ。

「って、ヤバッ。物資の無料時間まで一時間切ってる。飛龍、本当に欲しい物ないの? 無料だよ? 無料!」

 億単位で金がかかっているというツッコミはなしとして。

「んー」

 必要物資は、必要以上に揃えた。

 嗜好品に興味はないし、状況を打開できるような物は要請できる物資にはない。防寒着は、今着ている有名アウトドアメーカーのコピー品の上下がある。欲しい物と言われても………………なんとなしにエリンギを見た。

「俺もこんなのが欲しい」

「ポンチョ?」

「もうちょい長くてマント的なのがいい。剣隠せるような」

「防寒用? 普段使い?」

「普段使いで。頑丈なら尚良し」

「色は?」

「黒」

「アタシが作っちゃっていい?」

「任せた」

「装甲も仕込むよね。裏にポケットも沢山と、重くなるけどあんたなら大丈夫だし、それと――――――」

 もしかして、エリンギのポンチョもキヌカが作ったのか? だとしたら、そういうのはまず俺に欲しいのだが。

「理解した」

「なんだ?」

 解凍されたエリンギが喋り出す。

 ベトベトに濡れていたので、キヌカが毛布をかけてやった。

「対話を完全拒否している物体には、攻撃しかないのだと」

「場合による」

「寒さは害。これも覚えたのだ。このままでは我々は飢えて死んでしまう」

「飢えの前に凍死だな」

「寒いのは良くない。骨身にしみた」

「骨ないだろ、お前」

「比喩なのだ、ひーゆー」

 変な奴だ。

「ということで、我あれを倒すのだ」

「………はぁ?」

 何を急に。

「いいから、任せるのだ」

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