<第二章:ソロモン・グランディ> 【07】
【07】
ミスった。
どこで判断を間違えたのか?
最初からか? 今なのか?
ユルルが地面を滑り近付いてくる。『万が一の時は、キヌカの元へ行け』という命令を無視して俺のところに。
こいつの歌は、水爆を耐えられるかもしれない。だが、遅い。到着は間に合わない。
キヌカと合流して、歌の守りに全てを賭けるのが最良の選択だ。しかし、クルトンで転移したとしても、ユルルが傍にいない。俺だけキヌカの元に転移しても意味がない。
爆弾はもう――――――光と熱を発する。
この空間が蒸発するような破壊が生まれる。
何もかも間に合わない。
思考に生まれた空白と虚無、現実逃避ともいえる脳の停止から、記憶の激流が発生した。そこから馬鹿な賭けを一つひりだす。
「さあ、餌だぞ」
“右腕”が震える。違う。震えているのは、右手の拳銃だ。
俺は引き金を引いていた。
そして、左手には血が出るまで握りしめた金属片がある。
このボイドの使用制限は一日七回。門外という怪僧の資料によると、八回目を使用して生きていた者はいない。八回目を使用した後、巨大な“何か”が現れ全てを破壊するのだと。
拳銃の震えが激しくなり、形が変わる。
拳銃から掌に収まる卵へ。
卵にヒビが入り、砕け散った。
中身を探す必要はなかった。銀色の羽毛が、俺の視界の全てを占有している。
巨大な怪鳥が現れた。
篝火のように燃える八つの目、黒く鋭利なクチバシ、怪しい輝きを放つ銀色の羽毛、広げた翼は空を覆い隠し、草原の全てに影を落とした。
俺が見たボイドの中で、最も巨大なボイドだ。それこそ、怪鳥の目の前にある爆弾が小さな木の実に見えるくらいに。
怪鳥がクチバシを開く。
人類のあらゆる建造物を一飲みできる大口。動物的な本能なのか、怪鳥は爆弾を食い、飲み込む。
怪鳥の腹が光る。
クチバシから煙が漏れる。
ただそれだけだ。人類最大の破壊の火は、この巨大なボイドに傷一つ付けられていない。
怪鳥は俺を見た。
点でしかないような、小さな小さな一人の人間を見た。睨み付けたと言ってもいい。
爆弾の脅威は消せた。だが、現れたのはそれ以上の脅威だ。相手は、文明を食らい尽くす化け物だ。
「悪手だったかなぁ」
後悔先に立たず。
脅威を脅威で消し、更なる脅威で上書きする。
「ヘル・イーター。赤――――――」
「?」
と、俺が最後のカードを切る寸前、怪鳥が首を傾げた。ただそれだけの動作で厚い風が巻き起こる。
怪鳥の腹が膨れ上がっていた。
ピカピカと羽毛越しに何かが光り膨れる。が、すぐ光と膨らみは消えた。しかし、すぐにまた怪鳥の腹が光と共に膨れる。
こいつの腹の中で何が起こっている?
まさか、水爆で終わりじゃなかったのか?
膨らみ萎み、膨らみ萎む、怪鳥の腹。何度かの収縮の後、山のような腹は膨らみ続け………………怪鳥は、ゆっくりと倒れ出した。
合流したユルルが、俺を掴んで怪鳥から引き離す。
怪鳥の転倒により、草原は捲り上がり土煙で空が隠れた。倒れただけで、大爆発と変わりない破壊力だ。
ユルルがいなければ、巻き込まれて死んでいた。しかし、感謝とは別にユルルには言いたいことがある。だが今は、生き残ることに全力を注ぐのみ。
土煙が晴れた。
怪鳥は、仰向けで倒れている。
大山のように膨らんだ腹が、内側から不気味に蠢いていた。
「出てくる」
クチバシを内側から開いたのは、“四つの巨大な手”。爬虫類に似た鱗と、猛禽類に似た爪。パッと連想したのは恐竜だ。だとしても、こんな大きな手を持った恐竜はいない。
そもそも、これは『人類の兵器』なのか?
四つ手が、怪鳥の口から全貌を出そうと――――――だが、怪鳥に飲み込まれた。
怪鳥の腹が激しく跳ね上がる。四つ手が突き破ろうと暴れているのだろう。
どうする?
左腕で口元を隠す。
二体の超常のボイドは拮抗している。まとめて屠るには、今この瞬間が絶好と言える。
奴を解放するか?
奴ならやれるはず。
問題は、大問題は、何度も何度も思考しても試行しても、奴の対策が完璧にならないこと。不安が膨らむ。怪鳥の腹よりも膨らんで破裂しそうだ。
迷える時間は少ない。
囁かれた気がした。
やれ、と。
全てを赤く滅ぼせ。世界を壊せ、星を滅ぼせ、と。
「ヘル――――――」
「おーおー、大きいのだー!」
呑気な声で、こけそうになった。
いつの間にか、エリンギがユルルの肩に座っている。
「お前、キヌカのところにいろって言ったよな!」
「聞いた。でも、安全そうだし目の前で見学したいのだ」
「これのどこが安全だ! 腹の中の奴が出てくるか、怪鳥の奴が消化するか、どちらにせよヤバいだろ!」
「そーかー?」
「そーだー!」
こんなことしている場合じゃないのに、エリンギと無駄話をしてしまう。
地響きと共に、怪鳥に動きがあった。
咄嗟に身構える。
金属の擦れあう音が響いた。怪鳥の鳴き声だ。生物とは思えない不協和音に両耳を塞ぐ。
「………………ッ」
嫌な汗が流れっぱなしだ。
勝ったのは怪鳥だ。腹の中の奴は静かになった。もう抵抗する動きはない。後は、消化されるのを待つだけだろう。
怪鳥は立ち上がり、俺たちを………ん?
バタバタと立ち上が………………あれ?
怪鳥は、小さい動き<それでも地響きと強風が起こる>で、ジタバタともがいていた。これは、俺の見間違いじゃなければ、
「食い過ぎで動けないのか?」
「なるほどなぁ~経口摂取とは不便だな」
エリンギの言葉にユルルは頷いた。
俺は剣を取り出し、怪鳥の首を見る。太く大き過ぎ、ビルのようなサイズ。
怪鳥と目が合った。
俺は初めて笑った。
「ヘル・イーター」
切断能力のあるボイドを全て取り出す。俺とユルルとエリンギは、それを持てるだけ持って怪鳥に近付く。
「さて、工事を始めるか」
怪鳥の首を斬り落とすのには、六時間必要だった。
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