<第二章:ソロモン・グランディ> 【06】
【06】
反射的に剣を振るう。勘が体を動かした。
銃声が響く。
柄越しに感じる小さく重い衝撃。剣の重量がわずかに変化した。見ると、刃に丸く小さな金属の玉が食い込んでいる。
黒い弾だ。
ただそれだけの物。刃こぼれのせいで切断できなかったようだ。
「マスケット銃?」
弾を捨て、遠くのミイラを睨む。
ミイラの近くには、マスケット銃が“浮いていた。”
彼我の距離は200メートル。映画の知識でしかないが、古い銃の射程ではない。
「コルバ、投下ポッドの強度は?」
『700mm程度の装甲貫徹力なら完全に無効化できます』
「もっとわかりやすく」
『標準的な戦車砲に耐えられます』
「ユルル、ポッドを持て。盾にして近付く」
ユルルは、近くの投下ポッドを抱えて俺の前に出た。
前のように操られたら、その時は首を落とす。俺のボイドなら、そのくらい覚悟はしているだろう。
「キヌカは避難しろ。距離をとってポッドの影に」
「気を付けてね。ユルルも」
キヌカは手を振りながら下がっていった。ユルルも手を振って返す。
「して、我は?」
「お前は………………」
何故だかエリンギも指示を待っている。
「お前は、何ができる?」
「できることはできる」
「よくわからん。キヌカと一緒に避難してろ。キヌカに怪我させたら、生きながら茹でて食い殺してやる」
「我は茹でたら食えるのか?」
面倒になり、エリンギを蹴り飛ばした。キヌカのいる方向に転がす。
「さぁ、行くぞ行くぞ」
ポッドを盾にユルルが先を進む。また銃声がした。同じくマスケット銃のもの。ポッドは銃弾を容易く防ぐ。
この程度なら簡単に終わる。
ま、この程度で終わるわけがないが。
ユルルの影からミイラを観察する。
マスケット銃は一発の弾丸を放つと塵と消えた。少しの時間を空けて、別のマスケット銃が虚空から現れ銃弾を放つ。
この繰り返しだったが、30メートル進むと銃声が変わる。
ミイラの傍に浮いている銃は、マスケット銃から西部劇で見るようなレバーアクションライフルになっていた。
銃声の間隔が早くなる。
ライフルは、マスケット銃と比べ物にならない速度で銃弾を放つ。七発を撃ち切ると、マスケット銃と同じように塵となり次の銃が現れた。
ポッドは問題ない。コルバの言う通り、銃弾程度ではびくともしない。
ユルルも問題なし。前のように操られる兆候はない。俺の左腕も同じく。違う能力か?
更に20メートルほど進む。
また銃声が変化した。ダダダダダッ、と激しいエンジンに似た音。
銃はライフルから、重機関銃に変化していた。
筒状の太く大きな銃身と、四角い機関部。前の二つに比べ、威力も連射速度も、ほぼ現代で使われている物と大差はない。
だが、ポッドを破壊するには至らない。ユルルを止める威力もない。
俺たちは進む。
今のところ順調だ。
攻撃で傷一つ付いていない。前の矢の方が圧倒的に強かった。不安だったボイドの支配も発生していない。珍しく余裕だ。
『飛龍! 後ろ!』
端末からキヌカの叫びが響く。反応したユルルは、物凄い速度で振り向き俺の背後にポッドを投げた。
派手な金属音と、間近で熱と衝撃を感じる爆発音。
ポッドは、ひし形の戦車に突き刺さっていた。それで砲門がズレて直撃を避けられた。
「やられた」
ひし形の戦車がミイラの傍にも浮いている。そこだけじゃない。空に、地に、俺たちを囲むように――――――無数に。
「キヌカ! ポッドを要請してくれ! 沢山!」
『もうやってる!』
戦車の一斉射撃と同時、天井が割れた。
大量の投下ポッドが降り注ぎ、大量の砲弾から俺とユルルを守る。
だが、爆撃のただ中にいるようなもの。衝撃で内臓がかき回される。脳がシェイクされて視界がグニャグニャになる。耳が馬鹿になる。これじゃ、ポッドが無事でも俺の体が持たない。
が、歌が聞こえた。
爆発の幻聴かと思ったが違う。ユルルが歌っている。眠る時に聴いた歌詞のない歌。
音が歌だけになる。
戦車砲による攻撃は続いている。爆発の大輪は手を伸ばせば届くところにある。なのに、衝撃も音も、熱すら俺に届いていない。見えない音の壁に全て防がれていた。
こいつにこんな力が、そりゃ安心してよく眠れるはずだ。
「ユルル、このまま近付いて倒すぞ」
ユルルは、歌いながら首を横に振る。
「まさか、歌っていると動けないのか?」
縦に首が振られる。
なんてこった。楽はさせてもらえないな。
彼我の距離は、100メートル。
一気に詰めるのはちと苦しい。
それに前の奴もそうだったように、近付けば近付くほど力は強まるだろう。たぶん、戦車だけじゃない。もっと強力な近代兵器が現れる。そんなもんに集中砲火されたら瞬殺だ。
クルトンを使うか? 被害が金で済む間に退却するのも一手。
倒す術がないわけではない。
俺の持つ最強最悪のボイドを使えば、どんな兵器を持ち出そうとも無意味だ。大問題は、あれが広範囲かつ無差別で、俺のボイドで再構成した後でもコントロールが不可能ということ。
気分的には、目の前で使用する核爆弾なのだ。
ユルルの歌で防ぐことができるかもしれない。しかし、一時的だろう。唯一、確実に止められるのはキヌカのボイドだけ。しかしそれは、ちょっとした邪魔で破綻する。
使うとしても、最後のカードだ。できれば一生使いたくない。
「退くか」
思考を巡らせた結果、そんな言葉が出た。こんな判断ができるとは、俺も成長したものだ。
キヌカに連絡をしようと端末に話しかけた。
「クルトンを――――――」
『特別指令が発生しました』
「ああん?」
コルバから横槍を入れられる。
『あの異常事象が、ゼロ距離になった時、どのような兵器を発生させるのか観測してください』
「断る。この状況では先に進めない」
包囲された時点で負けに近い。自爆してまで突破する意味も見出せない。
『戦闘時のパートナーを得たことにより慎重になりましたか? ボイドはボイドであって、生き物ではないのですよ?』
「黙ってろ、ボケが」
『失礼いたしました』
謝っただと?
『観測の成功報酬は、二億円です』
「はい、そうですか、撤退する」
ポケットのクルトンを指で挟む。
『上層部の要請により、この戦闘に限り戦闘サポートが行われます』
手を止めた。
「例えばどんな?」
『例えばこんなです』
また空が割れ、投下ポッドが三つ落下してくる。
だが、ポッドは空中で四散、中から大きな黒い人型が現れた。
重装騎士を思わせる厚く丸みを帯びた装甲、バケツのような兜。両手に持つ武器は長大な槍――――――に見えた大砲だった。
黒い騎士は、戦車を踏み潰して着地。
手にした大砲を撃ちまくり、戦車を面白いように破壊して行く。
『滑腔砲装備の自動化PAA三機です。ボイドにも“ある程度”効果のある試作砲弾を使用しています。これは着弾さえすれば、あらゆる地上兵器を破壊できます』
あっという間に、ひし形の戦車は壊滅した。
「………………進むか」
道が開けてしまった。
ユルルに歌を止めさせる。
俺とユルルを守るように、黒い騎士が先を進む。
20メートル進むと、戦車はひし形から近代でよく見る“戦車らしい戦車”となった。その程度では騎士の敵ではなく、滑腔砲が火を吹く度、爆炎を上げて吹っ飛ぶ。
楽をして更に進む。
彼我の距離は、残り60メートル。
戦車は戦闘機に変わった。プロペラという共通点はあるが、多種多様な戦闘機が周囲に溢れかえる。
「もう、戦争博物館だな」
『それを再現する異常性のようですね』
重力を無視して、あらゆる角度から爆弾が迫って来る。雷雨のように機関砲がバラ撒かれる。
「ユルル、防げ」
また歌が響いた。
銃弾も、爆弾も、爆炎も、この歌を突破することはできない。
結局は、ボイドとはこういうものなのだ。ある角度において絶対であり、常識ではそれを突破することはできない。対抗するには、別の異常をぶつけるしかない。
爆撃と機関砲の雨が止む。
『距離は十分です。さっさと突っ込んでください』
「なっ」
黒い騎士が俺を担いだ。そして、そのまま跳んだ。跳躍というより爆発して吹っ飛んだ勢い。
ユルルの姿が一気に小さくなった。
何の感動もない空の旅。このままの角度で落下すれば、もう数秒で敵と肉薄する。いや激突する。
「クソッたれが!」
騎士の体を蹴って加速、ミイラが剣を構えるよりも早く。馬ごと両断して、すれ違った。
地面に剣を突き刺し、勢いを殺す。
着地に失敗した騎士の体がバラバラに壊れる。
15メートル滑り、俺は止まる。
何だ、これ?
確かに敵を両断したというのに、体が勝手に動く。
転がって来た騎士の残骸を掴み、拳銃のボイドを引き抜いた。
撃つ。
ミイラの体が四散した。
だが、まだ撃つ。まだまだ撃つ。騎士の残骸を弾に、銃を撃ち続けミイラに近付く。
胸のざわつきが消えない。
脅威が死んでいないと俺の中の何かが叫ぶ。ざわつきが消えるまで撃ち続ける。
気付けば七発目、このボイドの【ラストリゾート】の一日の使用制限。今日撃てる最後の弾。ボロ布のようなミイラ“残り”に向かって七発目を撃つ。
草原が抉れ、小さいクレーターができた。
ミイラは、跡形もなく消えた。
だが、まだ消えていない。
むしろ、ざわつきは膨らむ。
『どうやら、この異常性は一定距離に侵入された時点で自壊、いえ変成するようです。上空のアレに』
「おい、冗談だろ」
真上、遥か上空にある物を見て声を上げてしまった。
全長8メートル、直径2メートルの大きな爆弾だ。落下傘を開き、奇妙な沈黙の中をゆっくりと降りてきている。
『50メガトン級の水素爆弾ですね。ツァーリ・ボンバと同形です。恐らくは、精巧なコピー、もしくは“そのもの”でしょう。残念です。人類の未来から兵器を呼び出す、という予測を立てていましたが完全に外れました。とはいえ、失敗も観測の一つです。報酬は振り込みますので、後はお任せします。グッドラック』
コルバの通信が切れた。
爆弾が、落ちてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます