<第二章:ソロモン・グランディ> 【03】
【03】
『V-400-S4【ソロモン・グランディ】。マザーグース、ソロモン・グランディになぞらえ、七つの段階を経て、人類に滅びをもたらす悪性新生物大災害です。発生する七つの異常性、そのすべてを破壊する、もしくは無力化することで、この大災害を一時的に消し去ることができます』
「その、悪性新うんたらってなんだ?」
聞いたことがあるようでない言葉だ。
『人類に寄生し、肉体、思想、文明などを変異し、増殖する異常存在です。悪性新生物とは、癌の別名ではありますが、これの多くは感染性を獲得し、大衆、社会、環境に至る伝染病です。現在確認されている悪性新生物大災害は三つ。V-■-S4【7月4日】。V-<あなたのクリアランスでは閲覧できません>。そして、この【ソロモン・グランディ】。これらは、【三大々災害】と呼称されることがあります』
飯待ちの暇つぶしに聞く話ではなかった。
「聞けば聞くほどおかしいぞ」
『何がでしょうか?』
「そんなヤバいボイドなら、会社はもっと戦力を割けよ。どう考えても二人じゃ手に余る」
『問題ありません』
「どこが?」
『問題ないので、問題ありません』
「俺の状態を見ても、問題がないと?」
今現在、俺の左腕はボイドと共に使用不能。右足首を捻挫。右肩の傷も深く、高く上げると激痛が走る。一番痛いのが、好きな時に自由に取り出せていた剣が呼び出せないこと。
丸裸になった気分だ。
『はい、問題ありません』
「戦えないぞ」
『過去の戦闘記録によれば、【ソロモン・グランディ】は、敵対者が万全な状態でなければ発現しません。あなたの回復を待つ時間は十分にあります』
「何故、俺の回復を待つんだ?」
『吸収、変異、増殖することが、このボイドの特性とされています』
「だから俺の万全を待つと。てことは、俺のボイドは回復するんだよな?」
先の戦闘で奪われ。二度と使えない、その覚悟はしつつあった。
『回復します。現在使用不能なのは、肉体の損傷が原因です』
「一つ安心した。が、やっぱ俺たち二人で戦う相手じゃない。………………あ、報酬の上乗せを要求する」
『できません』
「七体いるってことは、一つにつき二億な」
『できません』
「断るとなると、戦闘データを隠ぺいするぞ?」
『あなた方の戦闘データは、端末や、投下ポッド、タブレットを通して収集されています。あなた個人の隠ぺいなど意味はありません』
「俺の思考まではデータ化できていないだろ? さっきのボイドと戦闘して、感覚的に理解した部分は多い。報酬の上乗せがないなら、このデータは隠す」
『重大な規約違反です。全サービスの停止の可能性が――――――』
「俺なんか言ったか? 戦闘後の痛みで忘れた。報酬が上がったら思い出すかもな」
口笛を吹いた。
全く上手く吹けなかった。
『つまりあなたは、報酬の上乗せに応じないならデータを隠す。しかも、その猿芝居でごまかして、と?』
「キヌカ、飯まだかー?」
「もうちょっとー」
と、離れた場所でポッドを漁るキヌカの返事。
『………………』
「なんか言ったか?」
『しばらくお待ちください。………………しばらくお待ちください。………………しばらくお待ちください。………………………………しばらく、ザザッピー』
古い通信機みたいなノイズ音が端末から響いた。
しばらくして、
『一つの異常性を消去する度、二千万円の報酬が上乗せされます』
「一億二千万」
『二千万円です』
「駄目だ。【ソロモン・グランディ】の異常性は、一つだけでも強力なボイドに匹敵する。それが残り六つとか、最低でも二億は必要だ」
『一億二千万円では?』
「面倒だから二億にする」
『冗談と受け取ります』
「わかった。この話はなしだ。あーかったりぃ」
『しばらくお待ち――――――担当官から了承を得られました』
担当官?
『異常性一つに付き五千万円。これ以上を望むと、当社の戦闘要員と同コストとなり。あなた方を利用する意味がなくなります』
「大災害だよな? 人類の危機とも」
『はい』
「それなのに会社の連中は出し惜しみか?」
『異常性一つに付き五千万円。よろしいですね?』
スルーされた。
これ以上の賃上げ交渉は無理か。納得しておこう。
「“俺は”よろしいですよ」
『では、次回の異常性から適用されますので』
「てめっ、ケチくせぇことを」
「ごめーん、大量に要請したから探すの時間かかった」
キヌカが食料を抱えて戻って来る。
コルバへの文句は後回し。
「はいこれ、飛龍が前に“食べたい”って話してたやつ」
「おおっ!」
差し出された缶詰を受け取り、俺は声を上げた。
海外の豆の缶詰だった。前に映画の話をした時、こんなのを食べてみたいと言っていた。覚えていたとは驚きだ。
「それしかなかったんだけど、あってる? 映画のやつと同じ?」
「一緒だ、一緒」
缶詰のラベルには、ポークビーンズとある。映画のやつとメーカーは違う気がするけど、似たようなものだろう。
「キヌカ、缶切りくれ」
この缶詰、プルタブがない物だ。
「忘れてた。要請するわ」
「お、おう」
キヌカは、タブレットを操作して投下ポッドを要請。
数秒後、新たな投下ポッドが落ちてくる。もう、景観が滅茶苦茶になるレベルで白いポッドが草原に突き刺さっている。
キヌカは落ちてきた投下ポッドから、缶切り一個だけを取り出し戻ってきた。
なんか、もったいない。無料(二億)とはいえ。
キヌカに缶詰を開けてもらい、スプーンもさしてもらい、食べ――――――
「キヌカは?」
「アタシもうちょい荷物を………後でいっか。なんか食べよ」
積んだ缶詰の山から、キヌカは山菜おこわと焼き鳥を選ぶ。
『いただきます』
と、二人草原に座り込んで食事。
映画で見た時からずっと憧れていた豆の缶詰、俺は内心踊り出しそうな気分で豆を口一杯に頬張る。
「………………」
うわ、甘っ。
想像の何倍も甘い。
豆の甘煮にケチャップをかけて、追い砂糖したような甘さ。ただ、甘さが強すぎてケチャップは風味程度。塩気や酸っぱさをまるで感じない。
それに、豆の食感が死んでいる。グズグズで豆の形をしているだけ、ソースもドロっとしていて全体的に離乳食みたい。
二口目で、甘さに飽きた。
三口目で、甘さがつらさになった。
あのヒーローって、こんなもんを食べていたのか。凄いな。そうでなけりゃヒーローはできないのか。
「ぷっ、アハハハハハ! あんた、おじいちゃんみたいなシワシワの顔になってるわよ! あ、ダメ、すごいツボ。アハハハハハ!」
キヌカは笑い転げた。
「コレ、ツライ」
「そんなに美味しくないの?」
「アマイ、ツライ、マズイ」
不味すぎて片言になる。
「一口ちょーだい」
キヌカは、俺の缶詰にスプーンを差し込んで一口食べる。
「ん、アタシ嫌いじゃないけど」
「甘いだろ?」
「甘いの美味しいじゃないの」
「限度ってものがあるだろ」
「それじゃ交換してあげるわよ」
豆缶は、山菜おこわと焼き鳥に代わる。
山菜おこわは、ほんのり塩味の優しい味。焼き鳥は、甘辛でおこわが進む。次からこういうのにしておこう。よくわからん海外の食い物は危険だと学んだ。
飯を済ませ、缶コーヒー飲みながら一服。
「ねー」
「ん?」
キヌカは、俺の背後を見ながら一言。
「いい加減、許してあげたら? 陰湿よ」
「い、陰湿」
そこまで言うか。
そこまで言われた背後の原因を見る。
蛇体の巨人が伏せていた。たぶん、土下座のつもりなんだろうが、下半身が蛇だと寝ているだけに見える。後、デカイおっぱいが潰れて横からはみ出ていた。
ヘル・イーターが使えないので戻れず、こんな感じで反省、謝罪している。
「あのボイドが操ったんでしょ? 彼女悪くないと思うけど」
「操られる方が悪い」
意思がある以上、抵抗はできたはずだ。
「愛着というか、関係性が薄いから簡単に操られたんじゃない?」
「関係性か」
ありうるな。
ボイドは、使い込みと精神性で効果が強まる。物体であるS1、寄生するS2は、それが顕著に現れた。例えば、最初は折れていた剣がまともな剣に修復されてゆくように。
では、自立した生物のように動くS3ボイドを強くするには、その関係性を深めるのが一番………なのか?
とは言ったものの、相手は下半身が蛇の巨大な女だ。
こういう場合――――――
「飛龍、エッチなこと考えたでしょ?」
「考えてないッ!」
違うから。ないない。
「声大きいの怪し」
「誤解だ。あ~名前でも付けるか」
「それいいね」
「おい、それもういいから」
伏せたまんまじゃ困るから、蛇体を起こして俺らの間に座らせる。
「!! !?」
こいつは、何をされるのかビクビクしていた。
「じゃ、アタシから、蛇だからラミアでしょ。ナーガでもいいかも」
「じゃ、俺は蛇子。ナーガをもじって長子」
「真面目に考えてあげてよ。あんたの娘? みたいなものでしょ」
「そんなわけあるか! 俺は認知しないからな!」
「最低のセリフね」
蛇子がオロオロしている。
キヌカと俺は、蛇子の名前を言い合う。
「オロチ、ジョカ、エキドナ、ラフム、ウロボロス」
「蛇代、蛇美、蛇川オロチ」
「だから飛龍、適当すぎるって」
「苦手なんだよ。おい、コルバなんか名前言え」
『ユルルングル』
適当にふったら、コルバから答えが来た。
「どうですか? キヌカさん」
「えー『ングル』ってところが可愛くない」
「じゃあ、『ユルル』でいいか」
「あ、それ可愛い。決定」
キヌカからお許しが出たので、改めて蛇子を見る。髪に隠れて見えないが、たぶん目は合っている。
「今日からお前は【ユルル】だ。わかったな? 次は裏切るなよ」
ブンブン頷くユルル。バインバインと胸が弾む。正直、目の毒だ。左腕が治り次第、さっさと戻ってもらいたい。
「飛龍、エッチなことはダメだからね?」
「しないってばさ」
しても、デカイ胸を一揉みする程度だ。
俺は、気を抜いていた。
気配の察知に遅れた。
戦闘後に合わせ、コルバの話を信用したせいでもある。
接近してきた奴に全く気付かなかった。
「名前か、我にも欲しい。くれください」
急に現れた白い物体が言う。
投下ポッドが歩いてきたのかと思った。白く、円柱型で、エリンギに短い手足を付けたような姿形。細い眼はあるが、口は見当たらない。だが喋れるようだ。
『誰?』
俺とキヌカは声を揃えた。
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