<第二章:ソロモン・グランディ> 【04】
【04】
「その“誰”を定義するために名前が必要なのだ」
と、エリンギは言った。
「ちょっと待て」
俺は、キヌカを連れて少し離れる。間にユルルを立たせて、エリンギを近づかせないようにした。
「見てくれはともかく、あれ【ソロモン・グランディ】の二段階目だよな」
「なのかな? でも襲ってこないよね」
「コルバが言うに、俺の回復待ちなんだそうな」
「なにその武士道」
たぶん、それは違う。
「万全な俺の力を取り込みたいのか、学習したいのか、真似したいのか。どうせボイドの特性だ。理屈なんてないのかもな」
「で、どうするの?」
「名前を付けてやろうと思う」
「敵でしょ? なんかの罠かも」
「敵だ。でも、名前を付けて存在を固定化できれば、実体のないS4ボイドでもヘル・イーターで喰らえるかもしれない」
「へぇ~いけるかも」
キヌカは、驚き喜ぶ表情を見せる。
こういう表情もできるのだな。
「あくまでも、“かもしれない”だぞ」
「でも、そういうの良いね。あんたって、いつも、いっつも、ぶっつけ本番で体当たりばっかりしてるから」
そういう敵ばっかりなのが原因だ。俺だって、考えれば考えられる。たぶん。
エリンギの元に戻る。
「お前に名前をくれてやる」
俺は腕を組んでクソ偉そうに言った。何故か、隣のユルルも腕を組む。
「………………キヌカ、何かあるか?」
「ないの?」
「いや、見たまんまの『エリンギ』くらいしか浮かばない」
「エリンギでいいんじゃないの? 似てるし」
ユルルの時と違って、いい加減だ。
所詮は敵だし、適当でいい気もする。
「じゃ、エリンギで決定。お前はエリンギだ。伏して喜べ」
「なるほど、我はエリンギなのだな」
ソロモン・グランディ改め、エリンギは自分の名前に納得した。
さてどうするか。
左腕の完治には、まだ時間がかかる。剣も出せない。もちろん、近くに敵を置くつもりはない。
「ユルル、エリンギを投げ飛ばせ」
ユルルは、エリンギを片手で掴んで投げ飛ばした。放物線を描いてエリンギは飛ぶ、着地すると草原をゴロゴロと転がり、見えなくなった。
坂道を転がるチーズを見るようだ。いや、おにぎりか?
「投げる必要あった!?」
なんだかキヌカに怒られた。
「傍にいても鬱陶しい」
「ないわぁ、あんたの行動で今回のが一番ないわぁ」
「マジか」
これが一番とか、一番驚きだ。覚えておこう。
「まあいいや、アタシは物資をまとめる。ユルル借りるわよ。力ありそうだし」
「いいぞ。あ、ちょっと待て。ユルル」
ユルルを引き寄せ、キヌカに聞こえないよう耳打ちする。
(万が一の時は、俺じゃなくてキヌカを守れ。わかったな?)
ユルルは頷かず、数秒停止した後キヌカについって行った。
やはり、自我があるのは面倒だ。
意思を奪う術は――――――考えかけて即止める。流石の俺でも、最低限やっちゃいけないことはある。意思がある生き物でお人形さん遊びをするのは、悪趣味の極みだ。
気分が下がり、怪我の治療に集中することにした。
草原に寝っ転がり、穏やかな青空を見る。
外と変わりない景色だ。
けれども、広い空を飛ぶ鳥はおらず、草原に潜む虫もいない。緑や土の匂いはするものの、全てが本物のように見えるだけの偽物だろう。
もしくは、俺の脳がそう見ているだけの別物。
見れば見るほど、感じれば感じるほど、歪さを覚える。
落ち着かない。休めない。下手をしたら、ここが何かの胃の中の可能性もある。
「まいったね」
元々、切り替えが苦手な人間だったが、ダンジョンに潜ってからは更に酷くなっている。休める時に休まなきゃいけないのに、不器用な人間だ俺は。
まあ、死んだら永遠に休めるか。
大量の物資を担いだユルルが通り過ぎる。戦った時にも思ったが、こいつ結構な怪力だよな。あまり強くないのは、宿主を守るという特性故か、もしくは………………あ、一個思い付いた。後で試してみるか。
物資を運ぶユルルが三往復すると、同じく物資を持ったキヌカが一往復する。物資の小山ができた辺りで、キヌカはユルルの尾に乗って移動していた。
しかし、大量だな。
こんなにあっても次の階層に持ち込めないぞ。
トンテンカン、と金槌の音が響きだす。
ユルルとキヌカは、DIYをやりだした。
作業が気になって休むどころではなくなる。楽しそうだから俺も参加したい。参加しようとしたら『休め』と止められて凹む。
やや、ふてくされて作業を見守り小一時間経過。
なんということでしょう。
家が出来ていた。
豆腐のような四角形だ。支柱は頑丈そうな鋼材、壁は船のマストのような布材、入口はテントのものを流用している。
「ど、どーよ」
「おお、凄いな」
素直に感心。しかしキヌカは自信なさげ。
靴を脱いで中に入る。
広さは六畳ほど、床はプラスチックみたいな素材で滑りそうになる。家具はなく、毛布が二つ置いてある。
「ほら、くつろいで」
言われて俺は腰を下ろした。ベルトを緩め、上着は適当に捨てた。楽な服装になったキヌカが、隣にちょこんと座る。上着とタイツは外で脱いだようだ。
「風通しがいいな」
「材料足りなくて。通気考えたら、まあいっかって」
天井は半分しかなかった。その空いた部分からユルルがぬるりと入って来た。俺とキヌカを囲む形でとぐろを巻く。
「狭っ」
一気にみっちりした。
「あーユルルが入って来るのは計算してなかったわ」
「外に出そう」
「ダメ。かわいそうでしょ」
早くも情が移っていた。そういや、俺の時もそうだったな。
「じゃ、あんたも寝て」
「たぶん眠れん」
「と思って、アタシは秘策を用意していたのでしたー」
じゃーん、とキヌカが取り出したのは枕だった。低反発の高そうなやつ。
「いやいや、そんなもんで眠れるわけが」
「ものは試し。ほらほら」
足を広げたキヌカは、何故だか枕を自分の腹に置く。
その位置でよいのだろうか?
「お前、前も俺の頭を腹に置いていたけど、苦しくないのか?」
「お腹に丸いもの置くと落ち着くの。家じゃバスケットボール抱えて寝てた。でも、スイカが一番落ち着くのよねぇ」
「俺の首、取らないでくれよ」
「どうしよっかな~」
冗談を聞き流し、体を横に、枕に頭を置く。
枕の感触はよくわからない。良いのか悪いのかさっぱりだ。
枕越しの感触はよくわかった。肋骨と柔らかい内臓の感触。
「飛龍、硬い」
「え、マジすまん」
「肩と首がガチガチよ」
焦った。もっと下かと思った。
「ほら、リラックス、リラックス」
キヌカの小さい手が俺の肩を揉む。なかなか気持ちいい。揉まれてというより、体温に触れられる気持ちよさ。
足を延ばして、ユルルの尾の上に置いた。
「眠れそう?」
「んー」
心地好い。気分は落ち着いた。しかし、眠れない。
腕の端末で時間を確認。この階層に到着してから7時間が経過した。前に図書館で眠ってから、大体16時間近く眠っていない。普通なら眠るべきだ。
しかしまあ、
「キヌカ、悪い無理そうだ」
全く眠れない。眠れる気配すらない。
「?」
返事はなかった。代わりに小さな寝息が響く。
本当にこんな状態が落ち着くのか。変わった女だ。
悪い気分ではないので、キヌカの体温を感じながら、天井の端にある青空を眺めていた。
「んんー」
キヌカが寝返りをうった。はずみで枕はどこかに行く。俺の頭にまとわりつく形だ。彼女の生足が、ちょっと微妙なところに当たる。
余計に眠れないやつ。
と、俺の視界が塞がれる。ユルルがキヌカに毛布をかけたのだ。当然、俺の頭部はすっぽりと毛布に覆われる。
遮光素材なのか光を全く感じない。感じるのは、キヌカの体温と息遣い。それに、俺たちを守るボイドの存在。
「おい、ユルル。任せたぞ」
返事は聞こえない。
聞く暇もなく、俺は眠りに落ちた。
闇の中で子守唄を聴いた気がした。
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