<第二章:ソロモン・グランディ> 【02】


【02】


 体が飛ぶ。

 景色が恐ろしい速度で流れる。

 矢だ。左腕を貫いた矢に引きずり振り回されている。草原に叩きつけられ、高い高い天井に弾かれ、また落ちて土に体を削られる。

 衝撃で何度か気を失い、削られる痛みで即覚醒する。

 このままだと腕が千切れる。もしくは体がすり身になる。

「く、そ――――――がっ!」

 剣で矢を斬る。

 一撃では折れなかった。無理な体勢で三度剣を振るい、やっと矢をへし折り解放された。

 草原をゴロゴロと転がる。

 酔うほど転がって、少しばかり回転が弱くなった瞬間、剣で地面を突き刺し、そこから更に五メートル後退、ようやく勢いを殺せた。

 遠く、射かけてきた敵を睨み付ける。米粒のようなサイズだが、相手の肌色まで知覚できた。

 敵は、馬上で弓を構えている。

 斑のある白い馬。騎手は裸体で、骨と皮しかないようなガリガリの体を晒している。肌は蝋のような白。瞳はなく眼窩には闇があるだけ。髪のない頭部には、大量の短剣が刺さっており、それが王冠のようにも見えた。

 性別を表す器官は見当たらない。だからか、人形にも見える。

 騎手は、次の矢を弓に番えた。

 俺は、ボタボタと血を流す左腕を突き出す。

「ヘル・イーター」

 大口が開かない。矢の傷が原因だろう。傷は塞がりつつあるが、回復にはまだ時間がかかる。

 矢が放たれた。

 影すら残さない矢の速度。狙いは狡猾で執拗。威力は、銃弾を遥かに超えるだろう。

 ならば、肉と骨で止める。

 矢が左の掌を貫いた。右肩を貫いた。また俺を引きずり回そうと動く。

 踏ん張って耐えた。

 一秒でも、二秒でもいい。正確に狙える時間を作る。

 矢が………止まった。ほんのわずかな静止、腰のホルスターから拳銃を取り出す。

 銃の名は、【ラストリゾート】。

 左手で掴んだ物体を、銃弾として撃ち出すボイドだ。

「返すぞ」

 引き金を引く。矢は消え、一発の銃弾となり騎手に迫る。

 火花が散った。

 銃弾は騎手の頭に直撃した。練習したかいがあった。

『飛龍やったの?』

 端末からキヌカの声がする。通信機能も追加されたのか?

「ヘッドショットをかました」

『怪我は?』

「左腕がしばらく使えない。ボイドも………………なんだこれ」

 左手がざわつく。

 大口が勝手に開いていた。呼び出してもいないのにボイドが飛び出てくる。

 現れたのは、蛇体の巨人。

 俺は飛び退く。退かなければ、巨人の尾に叩き潰されていた。

「おい!」

「シャァァァァァァ!」

 髪を振り乱して巨人が吠えた。様子がおかしい。勝手に動くというより、何かに操られている。まさか、矢が原因か?

「キヌカ、クルトンの準備! 緑だ!」

『すぐ用意する!』

 掴みかかってくる巨人を躱し、ポケットからクルトンを取り出す。蛍光ペンで緑色に塗ったクルトン。

『できた!』

 クルトンを捨て踏む。

 一瞬、景色がズレる。近くにキヌカが出現していた。違う、俺が転移したのだ。300メートル先では巨人が暴れている。思っていた通り目が悪い。これだけ距離を離せば見つからないだろう。

「どうしたの?」

「あの蛇が操られた。たぶん、さっきの矢が原因だ」

「ウッソ」

「これだからS3ボイドは、コルバさっきの奴は倒したよな?」

『不明』

「はぁ!?」

 風音を捉える。振り返り様に剣を振るい、迫る何かを弾いた。

 草原に矢が突き刺さる。

「ちっ」

 騎手を見ると、半壊した頭部で弓を構えていた。威力は大分落ちているが、まだ死んでいない。落ちた矢を拾い、もう一度引き金を引く。

 拳銃が震え、弾が出ない。

「こいつもかッ」

 銃を捨てる。左腕に激痛。

 マズい。また意思とは関係なく、口が開こうとしている。他のボイドも操られる。絶対にマズい。奥にしまったアレが出てきたら、何もかも終わりだ。

 キヌカが俺の左腕を見て言う。

「もしかして、ボイドを支配するボイドなの?」

「まるで、俺の上位互換だ」

「でもあれ、割と死にそうじゃない?」

 手で双眼鏡を作って、彼女は敵を覗く。

「どちらにせよ、このままだと俺らは終わりだ」

「んー」

 キヌカは首を傾げる。

 逃げ場はない。戦う手段もない。ボイドをこんな形で無力化されるとは思ってもみなかった。

 終わり、終わりか? いや全然だな。

「キヌカ」

「飛龍」

 あ、先にどーぞと俺は促す。

 と、また矢を弾いた。

「こういうのはどう?」

 キヌカの案を聞きながら了承した。

「それで行こう」

「あんたの案は?」

「近寄って斬る。以上」

「あ、うん。それよりはアタシのが作戦だわ」

 キヌカと手を合わせ、俺は風のように走り出す。

 敵に向かって真っ直ぐと、ただ速く、正確に、確実に、邪魔なものは全て斬り払い、喉笛に食らい付くことだけを考える。

 獣のように純粋で、人間性など欠片もいらない戦い。一番自分らしい瞬間、最高に楽しいと思える恍惚。

 矢を弾く度、左腕の痛みが激烈になる。

 敵に近づくにつれ左腕が使えなくなる。

 彼我の距離を100メートルに詰めた時、左腕が全く動かなくなった。

 だからといって足が止まるわけではない。遅くなるわけでもない。両足と片手が使えるのだ。まだまだ戦ってやる。何なら、最後は本当に嚙みついてやる。

 走りながら、また矢を弾く。

 衝撃が骨に響く。内臓を震わせる。

「なかなかどうして」

 段々と矢の威力が戻ってきた。下手な受け方をすれば衝撃で体が退く。

 ああでも、残り30メートルだ。

 もうすぐこの時間が終わってしまう。ならば、下手や上手など考えずやりたいようにやろう。

 脳天を狙ってきた矢を、剣で叩き潰す。

 片腕にしては、自己最高の一撃。

 次の矢は、初撃に近い威力と速度。それを、もう一度力押しで潰した。

 弾くなんて小手先の技は使わない。ここからは、全部力押しで潰してやる。

 進む。

 矢の威力は更に上がる。

 叩き潰す度、俺の血が散り、肉が裂け、骨が鈍い音を上げた。痛みのような信号が全身を駆け巡る。

 だが、心は折れない。

 むしろ、“もっと”と燃え上がる。

 楽しいなぁ。今、確実に俺は生きている。凄く良いところだ。だというのに、剣が砕けた。

 バランスを崩して草原に倒れる。

 砕けた刃が傍に突き刺さった。スポンジのように穴があいてグズグズになっている。こっちも支配されたのか? クソッたれ、こずるい技を。

 急に熱が冷めた。

 すると貯めていた痛みに襲われる。左手だけじゃなく右手も痛い。てか、全身が痛い。体がバラバラになりそう。後ついでに、頭痛も酷い。

 ゆっくりと弓を構える騎手が見えた。

 彼我距離は11メートル。ここまで近ければ外す方が難しい。

『飛龍! 落着まで三秒!』

 キヌカの声を聞いて、俺はクルトンを騎手に投げ付けた。コン、と微小な音を立ててクルトンは騎手の頭に当たる。

 空の割れる音。何かが落ちてくる音が響く。

「俺たちの勝ちだ」

 もう一つクルトンを置いて、俺は転がった。そのクルトンに、投下ポッドが落着。ポッドは、騎手の頭上に転移。落下速度そのまま、騎手と共に地面に突き刺さる。

 土埃の高い柱ができた。

 最初の投下ポッドより威力がありそうだ。

「キヌカ、何を要請したんだ?」

『高そうな缶詰沢山』

 そりゃ強そうだ。

 土埃が消える。

 投下ポッドの下には、馬と胴体を潰された騎手がいた。

 動けないようだが、まだ死んでいない。俺の剣も出ない。まだ支配されたままのようだ。

 痛む体を引きずって騎手の元に行く。

 少しだけ迷って、騎手の頭を踏み潰した。

「?」

 変な感触だった。

 固い風船、中身のない卵? そんな感じ。それも当然、脳みそがなかった。目玉も歯もない。靴底が汚れなくて良かったが、ボイドのように消えもしない。

 なんだこりゃ?

「コルバ、勝ったぞ」

 ヒヤッとした瞬間はあったが、終わってみれば偽黒峰の方が大変だったな。あんなのがポンポン出てきても困るけど。

 あ、ヤバ。

 こんな早く倒したら、降格して物資が要請できなくなるじゃないか。しまったな。

『おめでとうございます。残りの異常事象は“六つ”。引き続き業務に従事してください』

「なん、だと?」

 先は長かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る