<第二章:ソロモン・グランディ> 【01】
<第二章:ソロモン・グランディ>
【01】
「断る」
『………………は?』
俺の返答に、コルバはやたら人間臭い声を上げた。
「いや、断るって。キヌカも同じ意見だよな?」
「同じ」
はい決定。今回はなし。
「そういうことだ。パス」
『人類の危機です。OD社の規約にある通り、拒否権はありません』
「規約なんざ読んじゃいないが、俺たち二人も“人類”だぞ。その危機は無視なのか?」
『リターンに見合ったリスクです。契約を無視するのですか?』
そういうことを言っているんじゃない。
「キヌカ、水と食料の残りは?」
「切り詰めて二日てとこ」
「俺たちは、ここがフォーセップだと予定して動いていた。今すぐにでも動かないと干からびる。大体、階層と階層の間に補給地点を用意するのは、会社の仕事だろ」
『フォーセップは用意されていました。【ソロモン・グランディ】の影響で破壊されましたが』
「コルバ、話を聞け」
『聞いていますが何か?』
「“補給がない”って言っているんだよ」
『“用意しない”とは言っていませんが』
普段の倍腹が立つ。
それは俺に、余裕がないからか?
『【ソロモン・グランディ】と戦闘するにあたり、ボイド・シーカーは一時的に三段階昇格され。デルタクラスの戦闘要員と同等の権限を得られます』
「それが?」
『物資輸送を要請できます。補給問題は解消されますね』
本当なら一時的とはいえ、かなりの………いやまてよ?
「無料だよな?」
『物資輸送の投下ポッドは、一つ『三億円』で要請できます。ポッド内の物資は、幅82センチ×奥行66センチ×高さ42センチ。最大重量500キログラムに収まるようにしてください』
「高過ぎる」
俺とキヌカの端末には、三十億近く入っている。だからといって、一つ三億もする輸送物資をポンポンと呼べるか。
「てか、中の物資くらい無料だよな?」
『別料金です』
「絶対にやらない。赤字じゃないか」
アホらしい。誰がやるか。
『前回のような功績を残せば、また昇格の――――――』
「仮に、その【ソロモン・グランディ】を倒したとする。報酬は?」
『規定通り、S4ボイドは観測データで二千万円、封印措置で四千万円、破壊方法の確立は一億二千万円となります』
「だから赤字だ。話を聞け」
『あなた方の端末には、輸送を申請できる十分な金額が入っています。問題はないかと』
人の金だからって勝手な。
「今回は、お前らOD社の都合に付き合わされている。特別料金、もしくは費用経費はそっちが持て」
『ボイド・シーカーに、そのような権限はありません。その規定が書かれた契約書に、あなたはサインをしました。もう一度言います、拒否権はありません』
「強制力もないだろ。それともコルバ、お前がここに降りてきて、俺たちを無理やり戦わせるか?」
『拒否するのなら、あなたはOD社の全サービスを利用できなくなります。よろしいですか?』
「てめっ」
完全に切り捨てるつもりか。
「ねぇ、コルバ。色々聞きたいのだけど」
キヌカは、俺の背中を叩いて話し出す。
そういえば、交渉は彼女の仕事だった。
「“ボイド・シーカーに、そのような権限はありません”って言ったわよね? あ、費用経費の話ね」
『はい』
「経費とかって、どの程度昇格すれば会社が持ってくれるの?」
『ガンマクラスの戦闘要員なら、社のサービスは無償利用できます』
「【ソロモン・グランディ】と戦えば、三段階昇格してデルタ。ギリシャ文字的に、ガンマはその次?」
『はい』
「昇格権を買う。一段階分ね」
「キヌカ、その昇格権ってなんだ?」
初めて聞く商品の名前だ。
「一時的だけど、お金で昇格できるのよ。黒峰の一味が、無駄金だったってわめいていたのを聞いた」
「へぇ」
金で買える階級か。それも一時的。
まあ、この会社らしいな。
『確認します。カヌチ・キヌカ。一段階の昇格を購入するのですね? 価格は二億円。購入してから24時間後、この階級は失効されます』
「買う」
「ちょっ」
俺が止める間もなく、キヌカは二億を使用した。彼女の端末のディスプレイに、マイナス2億と表示される。
「これで物資の補給はオーケー」
「あのボイドと戦うならな」
「え、やらないの?」
俺が乗る気じゃない理由は、金の他にもある。
「S4ボイドだ」
「S4って確か………………」
『S4ボイドは、物質として存在していないもの。特異な事象。気候。伝播する異常な思想や、信仰、思想病原体を指します』
聞いてもいないのにコルバが答えた。
「物質として存在していない、それって俺のボイドで喰えるのか?」
『不可能でしょう』
「だろうな。雨粒は飲めても、雨そのものは飲めない。つまりだ。最高の結果を出してもマイナス八千万でしかない。得るものが何もない」
『ですので昇格するチャンスが』
「曖昧なんだよ。チャンスじゃなくて、昇格を約束しろ」
『不可能です』
こいつ。
「アタシのお金よ? 別にいいじゃない」
「コルバ、俺の端末からキヌカに二億送れ」
『了解』
「ちょ! コルバ、アタシの端末から飛龍に二億送って!」
『了解』
「コルバ、送り返せ」
「コルバ、戻して!」
『りょ』
「もう、キヌカに四億送れ」
「じゃ、アタシは六億!」
「次は全部送り付けるぞ!」
「やってみなさいよ! アタシに財布握らせたら何すると思う?」
「何するんだ?」
「………………今と特に変わんないわよ!」
なんで怒ったし。
「それじゃこうしよう。俺も一億払う。そうすれば、負担も四千万ずつだ」
『何も変わっていませんが?』
コルバは無視した。
「でも、昇格するのアタシだけよ?」
「どーせ制限時間あるし、生活面は任せろって言っただろ」
「まあ、それはそうだけど。それでいっか」
俺とキヌカの意見はまとまる。
仕方ない。乗る気は全くないが、やるか。
『茶番は終わりですか? では、最終確認です。【ソロモン・グランディ】と戦いますね?』
「ちっ、戦いまーす」
俺は心底嫌そうに、かつ滅茶苦茶態度悪く答える。
「やりまーす」
キヌカは呑気に答えた。
『三段階の昇格を認めます。カヌチ・キヌカをガンマクラスに昇格。セオ・飛龍をデルタクラスに昇格。尚、この昇格は一時的なものであり。【ソロモン・グランディ】の終了と同時に降格されます』
「へぇへぇ」
適当に頷く俺、の近くに赤いレーザーポインターの点が出た。
なんだこれ?
『昇格に伴い、各種装備の支給、端末のアップグレードを行います。投下ポッドの落着まで5、4、3――――――』
空が割れる音がした。
見上げると、何かが高速で落ちてくる。咄嗟にキヌカを抱えて飛び退く。
衝撃と爆発、舞い上がった土埃が晴れると、そこには円柱が突き刺さっていた。植物を思わせる白い装甲、そのせいか巨大な杭に見える。
円柱の装甲が傘のように開き、中の物資をせり出す。
俺とキヌカは、おっかなびっくり近づき。中の物資を手に取った。新しい腕時計型の端末と、巻物のように丸められた軟素材のタブレットだ。
「銃とかないのか」
『ボイドに通常の火器は意味を成しません』
「通常じゃない火器をくれよ」
『一時的な昇格では、兵装を入手する権限は――――――』
「あーはいはい。それでこれの使い方は?」
コルバの『ないない』発言を止めて、使用方法を聞く。
『新しい端末に各種パーソナルデータを移動しました。旧端末は廃棄してください。降格後もこの端末は利用できます』
「へぇー珍しく太っ腹。で、何ができるんだ?」
『コルバを通さなくとも、時間がわかります。それから、カレンダー、ストップウォッチ、アラーム、気圧計、湿度計、ライト、が標準装備されています』
「普通の時計か!」
『標準的な支給品ですが?』
なにか? みたいな返答だ。腹立つ。やっぱ今日のこいつは普段の三倍不愉快だ。
古い端末を捨て、新しい端末を腕に巻く。
「………………」
うん、時間とカレンダーがデジタル表示されている。横に追加されたボタンを押すと、他の機能に切り替わる。アラームの設定が、死ぬほど使いにくい仕様だった。
後、ライトの明かりがショボい。
「うわ、飛龍すごいよこれ!」
キヌカは、軟素材のタブレットを触りながら歓声を上げた。
「生鮮食品も要請できる! 全部無料で!」
「それは良かった」
二億かかったことは、もう言わないでおこう。
『搭載限界まで物資を選んだ後は、タブレットを地面に置くなどして水平にしてください。ポッドの投下可能地帯が、地図と共に表示されるので、任意の箇所を三秒以上タッチ。それで投下要請は終了です』
「了解。思ったよりも簡単ね」
キヌカは凄い早さで物質を選んでいる。そして、地面にタブレットを置いて早速物資を要請しようとして、
「あれ、コルバ? 地図のここ。急に見えなくなったんだけど」
『はい、補給機構を守るため、ボイドの影響が濃い地点には、投下物資は落とせません』
「おい、つまりッ」
『もう、始まっています』
俺は剣を抜くが、飛んできた矢に左腕を貫かれた。
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