<第一章:悪性図書館> 【04】


【04】


「文学的に興味があったから、偶然手に取ったのよ」

「興味があったから、偶然手に取ったんだな」

「いや、おかしいでしょ」

「お前の言葉だぞ」

「別に興味はなかったけど、偶然手に取ったの」

「本棚の本を、偶然手に取るってのも苦しいな」

「不思議な力が働いたの」

「エロイ力の間違いだろ」

「エロじゃないですぅー! エロって言う方がエロなんですぅぅー!」

「はいはい、俺はエロイエロイ」

「そこ否定しないの? キモッ」

「そのキモイ男におぶわれているのは誰なのやら」

「しょーがないでしょ! 腰に力が入らないの!」

 だから、キックと言いつつ足首をとりにきたのか。

 何をされるか気になって、抵抗しなかったから見事に決められた。割とまだ痛い。

「どこで覚えた、あんな関節技」

「アンクルホールド。痴漢にあった時にって、知り合いが教えてくれたの」

 どういう知り合いだ。

「てかな、男は全員エロイ。むしろ、エロイ方が健全だ」

「それじゃ、男は全員痴漢ってこと?」

「人に迷惑かけた時点でエロは関係ない。ただの犯罪者だ」

「じゃ、女がエロイのは健全なの?」

「個人差はあると思います」

 童貞に聞くな。

「何言ってんのよ。てか、さっきの忘れた?」

「忘れた忘れた。お前の緊縛姿は忘れた」

「忘れろぉぉぉ!」

 キヌカが首を絞めてくる。

 わちゃわちゃしてうちに、受付に戻ってきた。

 誰もいない。

 だが、受付のカウンターには、【出口】の本が置いてあった。メモが添えられており、『またのご利用お待ちしております』とある。

「これで全然関係のない本だったら、この図書館を破壊する」

「そうね。ホントろくでもない場所だわ」

 キヌカは根に持っていた。

 彼女をカウンターに座らせ、俺はテントを片付ける。めっちゃ細かい指示が飛んできてやり辛かった。

 バックパックにテントとキャンプ用品をしまい、ついでに棍棒のボイドも吊り下げ、キヌカに背負わせる。そして彼女を俺が背負う。

【出口】の本を床に捨てる。

 すると、ページがひとりでに捲れ入り口が出現した。

 長いトンネルの入り口だ。

 遠い先には光。それ以外は何も見えない。床すらないようかに思える。

「飛龍、ゴーゴー」

「行くか」

 キヌカに急かされ、入り口を潜る。

 硬い地面の感触。床はあるようで、ひとまず安心した。

 何を踏んでも反応できるように、何も踏まなくても対応できるように、一歩一歩、慌てず、急がず、正確に進む。

 ほどなくして、背後の明かりが消えた。

「キヌカ、もしかしなくても入り口が消えたか?」

「消えたわよ」

 戻れなくなった。

「罠臭いな」

「今更戻れないし、いいんじゃない? 罠なら壊せば進めるわよ」

「そういう考えもあるか」

 進み続ける。

 知らず知らずに早足になっていた。背中で感じるキヌカの鼓動も早い。

 暗闇のせいで時間の感覚が曖昧だ。五分しか経ってないようにも、一時間が経過したようにも思える。


 どちらにせよ、一向に光には近付けない。確かに進んでいるはずなのに。

 このまま一生たどり着けない、そんな弱気が湧く。

「アタシも歩く?」

「いや、このままで頼む」

 この暗闇の中では、背中の温もりだけが確かだ。それを失くしたら一歩も進めない気がする。

「歌でも歌う?」

「歌えるのか?」

「歌えないわよ」

 何故言ったし。

「でも、『どーしても』って言うなら歌ってあげなくもないけど?」

「今はいいや」

 歌を聴いている余裕はない。

「あ………うん、ごめん」

 シュンとなるキヌカ。

 選択肢を間違った気がする。話題、話題を変えねば、何かないかと思考を巡らせ、出てきたのは、

「長いトンネルの抜けるとそこは………………なんだっけ?」

 何かで観た台詞を、中途半端に口にする。

「ああ、アレね。読書感想文で無理やり読まされたわ」

「俺は読んだことない」

「じゃ、なんで知ってるのよ?」

「なんでだっけな? CMで観たのかな。何かの映像で観たのは確かだ。どんな内容なんだ?」

「妻子持ちの男が、芸者と不倫する話」

 興味でてきた。

「しかも、女とイチャイチャしながら『不倫はしてませんよ?』みたいな空気だして、最低の男だったわよ」

「日常じゃできないことやるから、創作なんだろ」

「日常的に不倫してる男はいるでしょ」

「いるだろうな」

 実際会ったことはないが、女遊びを自慢する男は多い。

「最後はなんか人が死ぬし、意味わかんない話だった」

 まとめると、不倫した男が最後に死ぬ話なのかな?

「それでキヌカは、どんな読書感想文を書いたんだ?」

 正直、そっちの方が気になる。

「一言、『不倫はよくないです』って。教師にやり直せって言われた」

「そりゃ酷いな」

 そもそも、そんな本を読書感想文に選ぶなよ。

「なーにが『思ったことを書きなさい』『作者の気持ちを考えなさい』よ。知ったこっちゃないわよ。作家なんて、運良く世間に認められただけの偏執病患者よ。あの女と一緒の。病人の考えなんて医者に聞けばいいの、学生に聞かないでよ」

 あーなるほど、キヌカの母親ってそういう系だったか。

「で、飛龍は?」

「え、俺?」

「飛龍はどんな読書感想文を書いたことあるの?」

「白紙だ」

「………ええ」

「読まされた本の感想が、全部『何とも思わない』だったから白紙で出した」

「それで通ったの?」

「二か月くらい毎日居残りしてたら、教師が根負けした。内申は酷かっただろうな」

「あんたって、昔からそんな感じなのね」

 キヌカはあきれていた。

 だって、書けないものは書けないのだから仕方ない。

「他のクラスメイトは、ネットの文章パクったり、他人にやらせたりしてたんだぞ」

「あーいたいた。こずるい奴」

「俺の正直な部分を、学校は評価すべきだった」

「正直って、評価されるものなの?」

 言われてみれば。

「ないな」

「ずるい方がいいよね」

「楽に生きたいのならな」

「ところで、これ何の話だっけ?」

「長いトンネルを抜けると、の続きだ」

「温泉街に到着した」

「いや、それは違うだろ」

「でも温泉街よ。舞台は」

「もうちょっと綺麗な響きだったような」

「なによー読んでもないくせに」

「お前も読んだのなら覚えていろよ」

「トンネルを抜けるとそこは遊園地だった。はいこれ」

 適当になっていた。

「絶対に違う。古い本だよな?」

「古くても遊園地くらいあるでしょ。それじゃ、プラネタリウム」

「おいおい」

「もう、草原でいいわよ」

「適当な」

「あそこ行ってみたい。熱帯ドーム? 植物園みたいなとこ」

「もう遊びに行きたい場所じゃないか」

「あんたは行きたい場所ないの?」

「映画館」

「いつも映画観てるんでしょ?」

「家でな。映画館は行ったことがない」

 人の多い場所には、一人で行く気になれないのだ。

「しょーがないわね。アタシが――――――」

 眩い光に目が眩む。

 トンネルを抜けた。

 まだまだ光は遠かったはずなのに、急に外に出た。もしかして言葉がトリガーだったのか?

「ここなに?」

 キヌカが辺りを見渡して声を上げた。

 長いトンネルを抜けるとそこは草原であり、青い空にはドーム状のガラス天井があり、更に上には薄く星々が見える。少し離れた場所には遊園地の廃墟、更に遠くには散らばった座席と傾いた巨大スクリーン。

 無茶苦茶な場所だ。

 さっき俺とキヌカが適当に口にした場所が出現している。

 と、急に腕の端末が警報を鳴らし始めた。ミサイルでも飛んで来るような警報だ。


『緊急警報、緊急警報、悪性新生物大災害を検知しました。この警報を受け取った全てのボイド・シーカーは、現在進行中の全ての業務を中断し、この大災害の原因たるボイドの破壊に努めてください』


 コルバは続ける。


『ボイドの名は、V-400-S4【ソロモン・グランディ】。人類に与えられた七つの試練です』

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