<第一章:悪性図書館> 【03】


【03】


 受付に行って、キュレーターの持つ【出口】の本を奪おうとする。

 が、

「お客様~困ります~」

 のんびりした声。

 パンツスーツの異様な女が、本棚の奥から現れた。

 身長は180くらい。不自然なほど大きい胸に、異常にくびれた腰、太い腿に対して細い足、昔のカートゥーンみたいな体型。そして頭部には、冒険小説に出てきそうな古い潜水服のヘルメット。

「当館で窃盗は困ります~」

「どういうペナルティがあるんだ?」

 ここは法のない場所だ。そこでルールに従えというなら、力か損得で縛るしかない。

「殺します~」

「あ、そういう」

 わかりやすい。

「あんたら、キュレーターは何体いる?」

「秘密です~」

 キヌカに本を投げつけられた。

「飛龍、その戦ってみたいって顔やめて」

「顔に出ていたか」

 受け取った本を地面に捨てた。

「しょうがない。本の片づけを続けよう」

 キヌカは、ボイドの使用を止める。その一瞬に、俺は剣を取り返した。

「おお、停止とは貴重な体験をさせていただきました」

「仕事に戻ります~」

 止まってたキュレーターは何だか喜び、もう一体は奥に消えていった。

 俺たちは本の処理を再開する。

 やることは同じ。本から出てきたモノを俺が倒す。時々現れる搦め手のモノは、キヌカが止めて対策を考える。

 キュレーターからの視線を感じた。

 受付の奴は目がないのに、奥にいる奴は目が隠れているのに、なんか視線を感じた。左腕のボイドがバレたのだろうか? 面倒にならなきゃいいが。

 やりづらさに耐えつつも、食事休憩とキヌカの仮眠を挟み、全部の本を大人しくした。

「久々にバイトした気がする」

「これバイトなの? それじゃアタシ初めてのバイトかも」

「ボイド・シーカーはバイトじゃないのか?」

「ボイド・シーカーは募兵みたいなもんでしょ」

「そう言われたら違う気もする」

 一番近いのは傭兵な気も。

「本はアタシが棚に戻すから、あんたは休んでて」

「二人で半分ずつやりゃ早いだろ」

「いいから休んで。あんたずっと戦ってたんだから、休まないとまた倒れるわよ」

「ありゃ睡眠が原因だ」

「いいから!」

 キヌカはテントに戻り、水とエナジーバーを取って俺に寄越す。

「はいこれ、休む!」

「へぇへぇ」

 そう剣幕で言われたら、従わざるを得ない。

 キヌカは、大量の本を抱えて本棚に向かって行った。俺は、受付に腰を掛けてエナジーバーを齧り出す。

 女を働かせて食う飯は、微妙な味だ。

「………………」

 キュレーターが何か言いたそうである。

「やらないぞ」

「いえ結構でございます」

「じゃあ、なんだ?」

「一つ、よろしいでしょうか?」

「断る」

「その左手のボイドは、何というのでしょう? 飛龍様」

 エナジーバーを食べ尽くした後、水を飲んで一服。

「ふぅ」

「“ふぅ”というのですね」

「そんなわけあるか」

「ではなんと?」

「正体不明の怪しい奴に、言うわけないだろ」

「これは失礼。お連れの方に名乗ったので失念しておりました」

 キュレーターはお辞儀をして言う。

「悪性図書館キュレーター、カルツール・カイツール・ヒルヘアト・ベルゼゴールと申します」

「あ、はい」

 特に知りたくもない情報だ。

「ちなみに悪性図書館とは、『創造性を危険性に』をモットーに集う同盟であり。あなた方、OD社の言葉を借りれば、ボイドを『隠蔽』『変成』『蒐集』する組織と言われております」

「お前ら………OD社の敵か?」

 てことは、俺たちの敵でもある。

「一方的に敵対されておりますが、当館は敵とも思っておりません。私たちは皆、人類を愛していますので」

「愛ときたか。うさんくせぇ」

「はっはっはっ、楽しいお方だ。まるで猿に退化した人類と話しているようです」

「ハハッ」

 やっぱやるか。

「して、飛龍様のボイドの名は?」

「答えなくちゃいけない理由はあるのか?」

「こちらは、名乗ったではないですか」

「名乗っても怪しい奴には変わりない。俺に得はない」

「損得勘定。俗世のつまらない価値観でございますね」

「てめぇみたいな人外にはわからんだろう。生きるためには損を切り、得を得ないと死ぬんだよ。人間はな」

「ご冗談を、飛龍様。そんなボイドを持っていて、まだ人間のおつもりで?」

 何言ってんだ、こいつ。

「俺は人だ。他に何がある? いいや、ないね」

「ありますよ。相互性でございますね。あなたを、あなたと、定義して信仰している人間が傍にいる限り、あなたは人であり続ける。つまり、彼女はあなたの傘であり、枷。ふむ、排除してみましょう。そうすれば、あなたは自――――――」

 キュレーターを刺した。

 また指で止められたが、力押しで胸を貫いて壁に刺し止める。

「ヘル・イーター。起きろ、寝ぼけた刃」

 腕から双剣を取り出し、透明な刃でキュレーターの首、両肩、両腿、腰、腹を斬る。

「見たか? 聞いたか? 知ったな」

「お、おお、これはまるで」

「じゃ死ね」

 シャンッと双剣の刃を擦る。

 キュレーターはバラバラになった。剣を抜いて、残った部分を床に捨てる。

「なんだこりゃ」

 キュレーターの頭部は、醜い芋虫に変化していた。

「気色悪っ、そりゃ隠したくもなるか」

「困りますな」

【出口】の本を手に取ろうとしたら、また変なのに声をかけられる。

 三つ揃えのスーツ姿、スマートな体型。だが、頭はロバの被り物だ。やたら哀愁のある無情な顔をしたロバである。

「ここの連中は、コスプレ集団か?」

「いえ、私は館長です」

「はい、そうですか」

 受付から降りて剣を構える。

「で、何が困るって?」

「本を盗らないでいただきたい」

「そっちか。バラバラにした件は良いのか?」

「構いません。欲求を抑えられず、お客様を挑発するなど醜悪極まる。しかも、油断して解体されるなど恥さらしの極み」

「へー」

 芋虫に止めを刺そうと、受付を覗く。奴は消えていた。

 ロバを見ると、肩に芋虫が載っていた。ついでに、【出口】の本もロバの手に移動していた。

 いつの間に、全然知覚できなかったぞ。

「キュレーターが失礼をした、という自覚があるなら無料で本を寄越せ」

「断ります。失礼程度で、大事な本を渡すつもりはない」

「だったら」

 剣で奪うか。

「そもそも、もう少しでお連れ様の仕事が終わります。無為に戦う必要はないかと」

「それはそうだ。その通りだな」

 キヌカの働きを無駄にしたくない。

 だが別に、

「その本、本当に【出口】なんだろうな?」

「この階層から出る、という意味でなら【出口】ですが」

「他の意味は?」

「別の地獄の【入り口】という意味です」

「さいですか」

「地獄と言えば、あなたの左腕【ヘル・イーター】とは大そうな名前ですね」

 静かに深呼吸を一つ。

 自然と言葉が湧く。

「知るな、呼ぶな、考えるな。………忘れろ」

「生憎、忘れることはできません」

「仕方ない」

 ならばこいつも、


「飛龍! 助けっ」


 キヌカの悲鳴が聞こえた。ロバを無視して走り出す。

 声の方向へ。本棚の森を駆け抜け、すぐさまキヌカの元に辿り着く。

「えーと」

 辿り着いて困惑した。

「んー!」

 キヌカは蜘蛛の巣にかかっていた………かのように見えたのだが、張り巡らされたのは蜘蛛の糸ではなく麻縄だ。

 口には猿ぐつわ。手足は伸ばす形で縛られ、体にも縄が食い込んでいる。小さくても強調すれば胸は形になるのだなぁ、と感心。後、下半身のエライ食い込みは、目を逸らして横目でガン見した。

 何縛りっていうのだろうか? 芸術点が高い。

「これはエッチだな」

「んんー!」

 猿ぐつわ越しに怒鳴られる。キヌカの顔は真っ赤であった。

 と、視界の隅に人影。

 首らしき部分を刎ねると、影と一緒に巣は消えた。

 残念ながら発生源だったようだ。

「ふぅーふぅー」

 両膝をついて、キヌカは肩で息をする。

 彼女の傍に本が転がっていた。知っているタイトルだ。倒錯した男女が出てくるミステリー。しかしこの本、さっき戦った中にはなかったはずだ。

 なぜならば、この本の映画版を観たことがあるからだ。さっきの本の中にあったのなら気付くはず。

 本を手に取り、周囲を見回すと、この本が入るべき棚の隙間を見つけた。てか、本の作者のコーナーがある。

 興味があって手に取った、的なことでいいのかな? なんとなく内容を知っていて。

「………………ろ」

「ん?」

「忘れろキック!」

 キヌカに関節技をかけられ、俺は忘れた。

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